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第二章 ビアンカの物語 純愛

01 田舎町の可愛い娘

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【第二章 口上】

 大陸北岸の田舎町キリーに住むビアンカは、長老ミハエルのたった一人の孫娘。

 ぱっちりした目が印象的な、可愛いお嬢さんで、いつも明るく笑い優しい、絶対に人に嫌われない雰囲気がある。

 山ほどの求婚に見向きもしないのは、ミハエルの見る所、意外に高望み。
 つまりは夢見る夢子さん、そんなビアンカが生まれて初めて恋をした。

 ミハエルは何とかしてやりたいのだが、相手は得体のしれない他所者……

     * * * * *

 ビアンカは可愛い……しかし、ミハエルとしては、そんな孫娘が心配でもある。

 ぱっちりした目が印象的で、いつも明るく笑っているビアンカは、三色すみれのイメージといえばいい得ている。
 明らかに女性の雰囲気を漂わせて、色気というものが見える。

 なにせ、無意識に『しな』を作るのである。
 そしてこのお嬢さんは、これまた無意識に、男をコケにするのである。

 そこはかとない艶めかしさに、ついフラフラといい寄った男に、強烈な肘鉄を食らわすのだ。
 本人にはその認識がないのが、さらに悪いのだが……孫娘が可愛いミハエルは、つい猫可愛がりしてしまう。

 アムリア帝国の田舎町、キリーの長老である、ミハエルの権威はかなりのもので、事実、キリーが町として持続できているのは、このミハエルの力に負うことが大なのである。

 従って誰もが、このお嬢様の困った性癖に、気づきはしているが、ミハエルの手前もあり文句は出てない。

 もっともこの町は漁師町、しかも婿日照りでもあるので、肘鉄を食らった男でも、若い嫁に苦労することはない。
 むしろ手痛い目にあった男は、町の娘にとっては狙い目の男なのだ。

 落ち込んでいる所を、優しい声で誘惑するわけで、ホロッとした男は、それなりの娘でも可愛く思え、祝言をあげる、というわけである。
 気づいた時には手遅れ……でっかい尻にひかれて、息も絶え絶えとなるのである。

 エラムの風習は男尊女卑、女は財産なのだが、この町ではそうはいかない。
 キリーの女は、肝っ玉の据わった女どもである。
 その女を娶った亭主は、家では旗色が悪く、概ね恐妻家になる……

 さらに悲劇的な男は、多妻制ゆえに、その肝っ玉の据わった女を、二人三人と嫁にした男たちである。
 この町では、姉妹を妻にすることが多く、こうなったら男は、稼ぎを上納し、お小遣いをいただく身分と成り下がる。
 女房たちの尻にひかれて、ペラペラの座布団男の出来上がりとなるわけだ。

 変な理由ではあるが、ビアンカは町の女達にとっては、役にたつ女なのである?

 このキリーの町は、天然の要害によって守られている。
 キリーは海に浮かぶ沖合の島である、ほぼ四方を断崖に囲まれ、町に入るには方法は二つしかない。

 一つは海の玄関で、細長いクネクネと入り組んだ、フィヨルドの湾が島に食い込んでいる。
 このフィヨルドの先に港があるのだが、この湾には危ない怪物はいない。

 この湾の海水は真っ赤なのである、湾内に流れる川の流域には、タンニンを含んだ植物が群落する、湿原が果てなく広がり、その植物からのタンニンを、川が集めて湾に流れ込み、湾の海水の上に、比重の軽いタンニンの水が浮いているのである。

 この赤い水はかなりの層になっており、塩分がなく分厚い層になっている。
 ウミサソリキングは淡水生物ではない、しかも海水部分にはタンニン層のお陰で日が届かない。
 その為か、エラムの近海にウヨウヨする、巨大な海洋生物は此処にはいない。

 湾口は巾が50メートル程度しかなく、しかも小島や浅瀬、暗礁が点在し、湾を守っているのである。

 漁師たちは、この湾口で漁をしているのである。
 時々はキリーの沖を遊弋する、最大6mぐらいにもなる、テラでいうところのイクチオデクテス、通称『ブルドッグ・フィッシュ』に似ている、ここらでは『凶暴魚』と呼ばれる魚を釣り上げてくる。

 かなりでっかい顔で、これまたでっかい歯が並んでいる。
 極めて醜い魚ではあるが、これが案外にうまい。
 この『凶暴魚』の干物は高級品で、キリーの特産品なのである。

 まだまだキリーの沖には、危ない魚が泳いでいる、中でも最強は『帝王魚』と呼ばれる、テラでいうなればダンクルオステウス、最大9m、堅い甲羅で覆われた体で、銛も効かない、ただこいつは美味しくない。

 これらの化物魚たちは、このタンニン水を異常に嫌う、湾口から流れ出るタンニン水は海流にのり、かなりの沖合いまで川のように流れ出ている、それは化物魚の遊弋する海域を通り抜け、キリーにいたる海の道を形成しているわけだ、この細い海の道を抜けるためには、熟練の水先案内人が必要となる。

 もう一つの入り口は、陸に向かって開いている。
 キリーのある島は、砂洲で陸地とつながっており、その細長い砂洲を通る道がある。

 ただこの砂洲は、ウミサソリキングの生息地、そのため鉄の籠に、車輪をつけた物の中に入り、押しながら砂洲の道を通るのだ。
 この特別な車がなければ、ウミサソリキングを片付けながら通るしかないが、その様な者は伝説の中にも数えるしかいない。

 そんな地獄の様な砂洲を、涼しい顔で歩いてきた者がいた。
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