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第二章 ビアンカの物語 純愛

04 テオドラ

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 ビアンカの部屋は二人部屋で、同室の相手はガルダ村の出身だった。
 テオドラというこの娘は、ビアンカと同い年、少しそばかすがあるが、まぁまぁの美人さんである。

「ビアンカって綺麗ね、肌がすべすべ……」
「そんなに触らないでよ、テオドラは女が好きなの?」
「違うわよ、でもあんまりビアンカの肌が綺麗で……触ったら気持ちよさそう……」

 テオドラは少し百合がかかっていた。

「ねぇビアンカ、一緒に学校へ行きましょう!」
 テオドラはビアンカが気に入ったのか、いつもベッタリのひっつき虫。

 二人は百合の関係ではないが、危ないのは確か。

「テオドラ、卒業したら結婚するの?」
「これでも約束した殿方がいるのよ、あの方がいなければ、ビアンカの物になってもいいわ。」
「羨ましい……」

「私の殿方って、ガルダ村の宿屋の方なの、でね、その方が私を買ってくれたの。」
 テオドラがうれしそうに言った。

 エラムでは、売買婚は極めて普通である。
 庶民クラスでは好きな相手を選び、女からみれば選ばせ、結納代わりに娘を買うのである。

 勿論、身分が高ければ高いほど、自分の意思は通らなくなる。
 事実、アムリア帝国の第一皇女は売りに出されている。
 アナスタシアという、そのプリンセスはべらぼうに高い。

「私なんか買い手もいないのよ……」
 と、ビアンカがこぼすと、テオドラが、
「だから家庭婦人課程へ来たのでしょう?私も愛しい殿方の為に、ここに来たのよ。」
「でもビアンカは、必要ないと思うけど……」

 ビアンカはテオドラに話してみた。
 昔は山ほど縁談が来て、いい寄られたのに、今では不思議にモテないことを……

「馬鹿ね……それじゃあ殿方は逃げるわよ、殿方はプライドが高いのよ。」
「何が悪かったの?」

「ビアンカ、相手と話すとき、じっと見ているでしょう、好いても無い殿方に、それをしてはいけないのよ。」
「ビアンカは相手の話を真剣に聞いて、案外素直に感心しているでしょう。」
「それって美点なのだけれど、感心しながら殿方をじっと見ると、見られた殿方は勘違いするのよ。」

「ビアンカは綺麗なのよ、そんな綺麗な娘が、尊敬するように、じっと自分を見ている……」
「まず百発百中で、ビアンカが自分に恋しいてると、誤解するのよ、殿方って単純なのよ……」

「……そうなの……」
「そうなのよ、でもビアンカは恋などしていない、だから断るのだろうけど、ビアンカは何といって断ったの?」
「普通よ、『私は貴方を好きではないわ、別の女にしてね』って……」
 肩をすくめたテオドラでした。

「その殿方、プライドずたずたね……で、それはどこでいったの?」
「町の通りで……」
 はぁ……とテオドラが溜息をついていた。

「いけなかったの?」
「いけなくは無いけど……周りに人がいたでしょう?」
「そりゃあ大通りですもの。」
「私が殿方だったら、町中でそれを見たら、寄り付かないと思うわ……」

 ?

「つまりね、相手の殿方は、公衆の面前で女に振られるわけよ、『別の女にしてね』、ってのは、『貴方は私に似合わない、もっと手頃な女にしなさい』と取れるのよ。」
「そんな意味では……」

「そんな会話を聞いたら、聞いた殿方は『明日は我が身』と思うわよね。」
「……」

「とにかく袖にするにも、もう少しデリカシーがないとね。」
「デリカシー……ね。」

 ここに至って、ビアンカにも思い当たる節がある。

 ある若い衆がビアンカにぞっこんになった。
 ビアンカがその若い衆に、
「お魚取るのうまいのね……とても素敵な方ね……私、お魚好きなの……貴方といれば、毎日食べられるのね……」
 と、云ったのである。
 ビアンカに取っては、掛け値なしの本心、なにも他意はないのだが。

 その若い衆は以来、漁に精をだし、三日に一度は魚を持ってきた……
 ビアンカは怖くなった、その若い衆は、徐々にビアンカに対して、ぞんざいになってきたのだ。
 ある日、若い衆はこういった。
「ビアンカ、世帯を持つか?」

 なんで私が貴方と世帯を持つの?
 素直に声に出した……

「えっ……」
 と、若い衆は驚いた顔をした……
「俺が好きなのでは……ないのか?」
「私は貴方を好きではないわ、別の女にしてね……」

 一瞬、ものすごく怖い顔をした若い衆……
 でも、「そうか……」と、いっただけだった。

 テオドラに云われ、ビアンカは鮮明に思い出したのだ。
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