君と説く。

れい

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君と説く。

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文字を書く音と、ページを捲る音と、秒針の音。
時折涼しい風を出しながら低く唸り出すエアコン。
夏休み終了まで、あと一週間。

今日の僕と彼女はお家デート。ではない。
場所は確かに僕の部屋だ。でもデートだなんて甘い雰囲気は、生まれた時から幼馴染の僕らにはない。
向かい合って座っているけど、互いに顔も見ずに下を向いて、かれこれ一時間は何も話さず、宿題を消化していた。

消化していたんだけど。

カシャン、と彼女が白いシャーペンを落として、テキストの上に項垂れた。
彼女の長い髪が僕のテキストの端に被ったので、僕は左手でそれを払いのける。
こてん、と彼女が横を向いたので、不貞腐れたように膨らんだほっぺたが見えた。

「つまんない」

いつもより低い声で、彼女が呟く。
僕の視線は横一線に、数学の問題文を追う。

「宿題だから、しょうがないよね」

そう返すと、そうだけど、と彼女はため息を吐いた。
僕らにとって、夏休みの宿題は一緒にするのが毎年恒例だ。そして先に彼女が根を上げるのも、毎年恒例。
つーまーんーなーいー、とわざわざ一文字ずつ伸ばして、彼女はテキストに覆いかぶさったままの頭を揺らした。

「なんか面白いこと言って」

ピタッと頭を揺らすのを止めた彼女が、そう言った。
出た。女子特有の、謎の無茶振り。
彼女は顎をテキストの上に乗せて、こちらを覗き見る。
僕は一瞥だけくれてやると、すぐにまた目線を落として小さく息を吐いた。

「…”君”と掛けまして」

「おお?」

彼女が身体を起こす。少しわくわくしているのか、前のめりで僕を見る。

「”剪定”と説きます」

「その心は?」

僕は解いていた数式の答えを書いた。これで数学は半分終了。
テキストの真ん中にシャーペンを置いて、彼女を見た。

「どちらも、きがちる」

ビシっ、と額の真ん中にデコピンを喰らわすと、彼女は大袈裟に叫んで後ろに倒れ込んだ。
ゴン、と鈍い音がして再び、痛!、と叫んでいたが、二回目は僕のせいじゃない。
机を挟んで見やると、彼女は後頭部を抑えながら低く唸っていた。

「ひどくない?めっちゃ痛いし」

「本当のことを言っただけだよ。それに頭は僕のせいじゃないでしょ。
けどしょうがないから、アイスでも食べて冷やしに行こうか」

アイス、という単語に反応して、彼女は勢いよく起き上がった。
爛々と輝く目。さっきまで痛がっていたのはなんだったのか。彼女はいつも感情が忙しない。
早く早く、と僕の手を引いて部屋を出ると、彼女は上機嫌に階段へ向かった。
アイス、アイス、と言いながら、同じリズムでとんとん、と階段を下りていく。
僕はその後頭部を見下ろしながら、単純な奴、と思わず苦笑した。

「ねぇねぇ、私も考えた」

「何が?」

最後の一段をたん、と降りると、彼女はくるりと僕を振り返った。
白いスカートが円を描くように揺れる。
彼女は腰に手を当てると、僕の行く手を阻むように、階段の麓に立ちはだかった。

「”君”と掛けまして、」

「ああ」

謎かけね、と僕は呟いて続きを待った。
彼女はよく、僕を無視して話を続ける。だけどそんな自分勝手なところも、もう慣れっ子だ。

「”熱帯地域”と説きます!」

「その心は?」

僕が問いかけると、彼女はふふん、と自信満々な笑みを浮かべる。
そしてこれ以上ないドヤ顔で、ビシっ、と僕をまっすぐ指さした。

「どちらも、あきない!」

堂々と言い放った彼女に、僕はふむ、と顎に手を当てた。

確かに熱帯地域に秋はないけれど。

僕は残り数段だった階段を下りて、彼女の頭をぽん、と撫でた。

「”熱帯地域”だと”春”もないからダメ」

そう言って彼女の横をすり抜けて、僕はキッチンに向かう。
後ろで彼女が戸惑ったように、え、え、と言いながら、数瞬遅れて僕の背中を追ってきた。

「待って待って、ねぇ今のどういう意味!」

「さぁね。母さん、アイス二つもらうよ」

後ろで騒ぎ立てる彼女を無視して、僕は母さんに話しかけた。
リビングでテレビを見ていた母さんがソファーの向こうでひらひらと手を振る。
僕は冷凍庫からソーダ味のアイスを二本取り出して透明な袋を引っペ剥がすと、未だにねぇねぇ、と言い続ける彼女の口に片方のアイスを突っ込んだ。

「ふめはっ」

「おいしい?」

うんうん、と首を縦に振る彼女は、少し静かになった。
僕はぽんぽん、とその頭を撫でると、自室に戻ろうとまた彼女の横をすり抜ける。
彼女はアイスを片手に、ねぇねぇと、少し声のトーンを落としながら、また僕の背中を追ってきていた。

「ねぇってば、さっきのどういう意味?」

「早く食べないと溶けるよ」

そういうと彼女は、手元の垂れかけていた水色の滴を舐めた。
僕は繰り返し聞いてくる彼女を無視して一足先に部屋に戻る。

彼女は自分勝手だが、僕も大概だな。
小さな笑みが自然と溢れた。

似たもの同士の僕ら。
夏休み終了まであと一週間。僕らはまだ幼馴染。

さて、早く宿題を終わらせないと、デートにも誘えないな。

一人騒ぐ彼女を宥めながら、僕は隠している水族館のチケットをいつ出そうか考えていた。
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