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さよなら、私。
しおりを挟む本当は効率とか、生き延びることとか、そういうことを考えるなら迷彩服を選ぶべきなのだ。
それでも私が選んだのは、真っ黒のセーラー服だった。
「各自、好きな武器を取れ」
教官に案内された武器庫で、私の周りの生徒達はわぁ、と歓声を上げた。
これまでの訓練は武器を指定されていたから、扱いにくいものの訓練日は、みんなうんざりしていた。でもそれは致し方なかった。どんな武器でも扱える者が、結局戦場で勝つ可能性が高い。時には敵から武器を奪うことも、仲間だった子の武器を受け継ぐこともあるからだ。
まず誰もがこぞって取りに行ったのが、M416という武器。
対中近距離用のアサルトライフル。グリップとかのアタッチメントをすべてつければ、銃に慣れないものでも扱いやすい。
その中で、私はみんなが寄り付かない、部屋の隅にひっそりと立て掛けられた武器を手に取った。
AWM。この武器庫にある中で、もっとも殺傷能力の高い、スナイパーライフル。対遠距離の武器。
誰もがスナイパーライフルに寄り付かないのは、段速と距離の計算をしながら動く的に当てることが、非常に難しいからだ。
私はもう一つの武器として、AKMというアサルトライフルを選ぶ。殺傷能力が高いが、撃った時の反動が大きく扱いにくいから、他に選ぶ人間はいなかった。
「本当にその二つでいいのか」
一人部屋の隅で弾薬を手に取る私に、教官が声をかける。
私はじっとそのサングラスの下の瞳を覗いて、こくりと一つ頷いた。
「お前は銃の才能が他より抜きんでているからな。期待してるぞ」
教官は、私の肩を大きな手のひらで叩くと、未だM416に群がる生徒達へと踵を返した。
あの人は、一体何を期待しているんだろう。
私は銃二丁と、弾薬を持って、武器庫からひっそりと自室に帰った。
「ねぇ、決起会には行かないの?」
同室のその子は言った。
机の上で銃を分解し、手入れをする手を止めずに、私は首を振る。
「気分が悪いって言っといて」
「しっかり手入れしてるくせに、何言ってんのさ。まぁ、同室のよしみで上手く言っといてあげるけどさ」
そう言うと彼女は、あっさりと部屋を去った。
食堂に向かったのだ。明日は私たちの、初めての戦場だった。
私は油で黒くなった布を手に、目の前のばらばらにした銃を見つめる。
明日、何人の人間が死ぬのだろう。
何人の人間を、殺すのだろう。
私は胸の奥に詰まった鉛を落とそうと、唾を呑み込んだ。鉛は微塵も動かない。
ジジッと、机の隅のランプが音を立てた。
今決起会をしている子たちは、たぶん、明日自分が人を殺すということをあまり考えていない。
恐らくそう考えないように、私たちは的やシュミレーションでしか、訓練をされてきていなかったのだ。
私は磨き終えたパーツを一つずつ、組み立て始める。
カシャン、と金属が連結する音だけが、部屋に響く。
相手も人間だ。
私と同じように感情があって、生きてきた記憶があって、遠いどこかに家族とか、好きな人とかがきっといて。
武器を取りたくて取ったわけじゃないのかもしれないのに。
でもそんなことを確かめる方法もない。
目が合った時に、引き金を躊躇った方が死ぬのだから。
ああ、どうして相手が機械じゃないんだろう。それなら躊躇う必要も、ないのに。
ガシャン、と一際大きな音を立てて、銃はあるべき姿に戻った。
私はスコープ越しに、窓の外を見る。丸い視界の中、三日月が嗤っている。
重たい銃を置いて、壁にかかっている迷彩服を見た。
きっと明日は、みんなこの迷彩服に身を包む。自分の身を隠すには、迷彩服が一番良い、分かっている。
私は、今着ている真っ黒なセーラー服に目を落とした。
感情を捨てろ。
恐怖を捨てろ。
迷いを捨てろ。
生き延びるのに、それらは不要なものだ。
弾薬を見つめる。.300マグナム弾と7.62mm弾。
殺傷能力の強いこの二つは、きっと相手を苦しませることなく、見送ることを手伝ってくれる。
私にはそれを出来る腕がある。私は生徒たちの中で一番、銃の扱いに関して成績がよかった。
私は胸に残る鉛を消すために、深く深く息を吸い込んだ。
明日私は、誰になんと言われようと、この黒いセーラー服で戦場に赴こう。
生き延びようと、そうでなかろうと、私にはそれが必要なことなのだ。
明日私が奪う命も、奪われた命も、もしかしたら止まるかもしれないこの心臓にも。
これから消えゆくすべての命の喪に服す。
そのために、この黒いセーラー服でなければいけない。
すべてが終わった時に、それだけが、きっと私が人間だったと、ただの一人の女子高生だったという、証になってくれる。
「……長い夜だ」
遠くで、祝杯を願う笑い声が聞こえた気がした。
無意識に頬を伝う雫を、私はこの部屋に落としていくと決めた。
雨が止んだ。胸の鉛は消えていた。
焦点の上手く合わない瞳で見た鏡には、私を殺した私がいた。
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