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アイデンティティ・ナンバー
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「おはようございます、それではみなさん、今日も元気に過ごしましょう」
そう言った担任の先生の顔を、僕はいつまで経っても覚えられない。
隣のクラスの担任とも、そのもう一つ先の担任とも、同じ顔をしているからだ。
区別がつくのは、胸元に書かれた、2-4という、僕のいるクラスの番号が書かれているから。
あのジャージを脱がれてしまっては、僕はきっと街中ですれ違っても気付くことはたぶんない。
僕はそっと、机に目を落とした。
「7173、前を向きなさい」
ビクッ、と思わず、僕は肩を揺らす。
そっと顔をあげると、何対もの大きな目が、僕を振り返っていた。
みんな同じ顔だ。僕は背筋がヒヤリとし、鳥肌が経つのを感じた。
厳密に言えば、みんな顔の造形の細部はちがうのだけど、髪型も服装も、浮かべる表情も感情も、同じように見えたのだ。
僕はすみません、と言うと、周りと同じ顔で、前を向いた。
周囲の目は、何事もなかったかのように、ぐりん、と先生に注がれた。
「テストを返却します。7164から順番に前に来なさい」
教室の端の席から、子どもたちは順番に立ち上がり、紙を受け取っていく。
テストの左上には与えられたナンバーが。そして右上には、評価を示すアルファベットが記されている。
僕も受け取りに、席を立つ。
机の合間を通る際に盗み見た、7169のテストは、最高ランクのSだったが、7169は特に喜ぶ様子もなく、ただただ背筋を伸ばし、前を向いていた。
僕の評価はAA。上から三つ目の評価だ。平均がAからBBBだろうから、まずまずだ。僕はこっそり、安堵のため息を吐いた。
「7173、早く席に戻りなさい」
担任は、僕を冷たい目で見下ろし、そう言った。
僕は喉元に詰まった恐怖を隠すように、目を伏せて感情を殺し、黙って席に戻る。
あの担任は気付き始めているのだ。僕の中の違和感に。
バレてはいけない。バレれば僕は、問題児として教育委員会の特別施設に送られる。
噂によると、そこは学校よりも、徹底的に教育されると聞いた。時には薬物投与も辞さずに、教育が行われるとも。
僕は隠していた。マイノリティーな思考を持っていることを理解していた。それはこの学校、いや、この社会において、異端とされるものであることを理解していたのが幸いだった。
「それでは、道徳の授業です。本日はこちらのビデオを見ましょう」
教室の電気がぱっと消えた。
スクリーンだけが闇に白く浮かび上がる。
僕は道徳の授業が、一番嫌いだった。
本当なら目を背けて、耳を塞ぎたい。だけどそれは許されない。
スクリーンの中で、マイクを持った政治家が、何かを叫ぶ。この政治家の名前も知らない。だってみんな、同じ人間に見える。
『いいですか、我が国の未来において、優秀な人材というのは欠かせないものなのです。
少子高齢化が進む中、我が国が機能するために、子どもの教育には最も力を入れるべきだ。
如何に知識力が、思考能力が、運動能力が、精神力が優れているかが、鍵となるのです。
そこに、個性や個人の感情といったものは、成長の妨げにしかならないのです。
みなさん、我が国の未来のために、教育現場に改革を起こそうではありませんか』
何度も繰り返し見させられた街頭演説。
スクリーンの中で拍手喝采が起きるも、教室の子どもたちは拍手もせず、ただじっと、スクリーンを見つめていた。
同じ思考、同じ評価、同じ感情、同じ表情を得るためにありとあらゆる規則が定められたこの学校で、誰が僕と同じように違和感を感じているだろうか。
個性を排除する人材育成。
国にとって優秀な人材を輩出してきたこの学校の、僕は29回生だ。
この学校を卒業した人達は、たしかに色々な分野で、名を上げている。
だけど僕はそんな先輩たちの顔を、誰一人も覚えられない。
名前は知っていても、ロボットのように同じ顔をした彼らは、テロップで名前を入れてもらわないと、僕には区別がつかなかった。
僕も、他の人から見たら、あの人たちと変わらないのだろうか。
曇天にくすむ窓ガラスの向こう側で、表情のない顔がこちらを見ていた。
あれが僕の顔。そう思えている間はまだ、僕は僕のままでいられているのだと、思う。
いつまで僕は僕でいられるだろう。
僕の名前が、7173になる日が来ることが恐ろしくてたまらなかった。
だけどその日は、足音も立てずに後ろから僕の目を塞ごうと、手を伸ばしているのだ。
そう言った担任の先生の顔を、僕はいつまで経っても覚えられない。
隣のクラスの担任とも、そのもう一つ先の担任とも、同じ顔をしているからだ。
区別がつくのは、胸元に書かれた、2-4という、僕のいるクラスの番号が書かれているから。
あのジャージを脱がれてしまっては、僕はきっと街中ですれ違っても気付くことはたぶんない。
僕はそっと、机に目を落とした。
「7173、前を向きなさい」
ビクッ、と思わず、僕は肩を揺らす。
そっと顔をあげると、何対もの大きな目が、僕を振り返っていた。
みんな同じ顔だ。僕は背筋がヒヤリとし、鳥肌が経つのを感じた。
厳密に言えば、みんな顔の造形の細部はちがうのだけど、髪型も服装も、浮かべる表情も感情も、同じように見えたのだ。
僕はすみません、と言うと、周りと同じ顔で、前を向いた。
周囲の目は、何事もなかったかのように、ぐりん、と先生に注がれた。
「テストを返却します。7164から順番に前に来なさい」
教室の端の席から、子どもたちは順番に立ち上がり、紙を受け取っていく。
テストの左上には与えられたナンバーが。そして右上には、評価を示すアルファベットが記されている。
僕も受け取りに、席を立つ。
机の合間を通る際に盗み見た、7169のテストは、最高ランクのSだったが、7169は特に喜ぶ様子もなく、ただただ背筋を伸ばし、前を向いていた。
僕の評価はAA。上から三つ目の評価だ。平均がAからBBBだろうから、まずまずだ。僕はこっそり、安堵のため息を吐いた。
「7173、早く席に戻りなさい」
担任は、僕を冷たい目で見下ろし、そう言った。
僕は喉元に詰まった恐怖を隠すように、目を伏せて感情を殺し、黙って席に戻る。
あの担任は気付き始めているのだ。僕の中の違和感に。
バレてはいけない。バレれば僕は、問題児として教育委員会の特別施設に送られる。
噂によると、そこは学校よりも、徹底的に教育されると聞いた。時には薬物投与も辞さずに、教育が行われるとも。
僕は隠していた。マイノリティーな思考を持っていることを理解していた。それはこの学校、いや、この社会において、異端とされるものであることを理解していたのが幸いだった。
「それでは、道徳の授業です。本日はこちらのビデオを見ましょう」
教室の電気がぱっと消えた。
スクリーンだけが闇に白く浮かび上がる。
僕は道徳の授業が、一番嫌いだった。
本当なら目を背けて、耳を塞ぎたい。だけどそれは許されない。
スクリーンの中で、マイクを持った政治家が、何かを叫ぶ。この政治家の名前も知らない。だってみんな、同じ人間に見える。
『いいですか、我が国の未来において、優秀な人材というのは欠かせないものなのです。
少子高齢化が進む中、我が国が機能するために、子どもの教育には最も力を入れるべきだ。
如何に知識力が、思考能力が、運動能力が、精神力が優れているかが、鍵となるのです。
そこに、個性や個人の感情といったものは、成長の妨げにしかならないのです。
みなさん、我が国の未来のために、教育現場に改革を起こそうではありませんか』
何度も繰り返し見させられた街頭演説。
スクリーンの中で拍手喝采が起きるも、教室の子どもたちは拍手もせず、ただじっと、スクリーンを見つめていた。
同じ思考、同じ評価、同じ感情、同じ表情を得るためにありとあらゆる規則が定められたこの学校で、誰が僕と同じように違和感を感じているだろうか。
個性を排除する人材育成。
国にとって優秀な人材を輩出してきたこの学校の、僕は29回生だ。
この学校を卒業した人達は、たしかに色々な分野で、名を上げている。
だけど僕はそんな先輩たちの顔を、誰一人も覚えられない。
名前は知っていても、ロボットのように同じ顔をした彼らは、テロップで名前を入れてもらわないと、僕には区別がつかなかった。
僕も、他の人から見たら、あの人たちと変わらないのだろうか。
曇天にくすむ窓ガラスの向こう側で、表情のない顔がこちらを見ていた。
あれが僕の顔。そう思えている間はまだ、僕は僕のままでいられているのだと、思う。
いつまで僕は僕でいられるだろう。
僕の名前が、7173になる日が来ることが恐ろしくてたまらなかった。
だけどその日は、足音も立てずに後ろから僕の目を塞ごうと、手を伸ばしているのだ。
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