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呪われた第四学寮
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「聞いた?今度はさ、男が首吊ったって」
「また?つい先月、女がリスカして出て行ったばっかりじゃん」
ずずず、と私は学食のラーメンを啜った。
一杯350円の醤油ラーメンは特別美味しいわけではないが、家計が苦しい私には救世主だ。
スープをレンゲで掬いながら、私は隣で向かい合って座る、男子生徒二人組の会話に聞き耳を立てる。昼時の学食は超満員で、うん百という数の学生たちの勝手気ままに話す声はただの雑音だ。そこにプラスチック食器のぶつかる音とかが混ざるものだから、隣に座っていようと、聞き耳を立てなければ会話は遠く、聞こえない。
「あそこって絶対呪われてるよな」
「お前呪いとか信じてんの?だせぇなぁ」
「いやだってさ!偶然にしては頻繁すぎだろ」
バカにするような友人の声に、男は必死になる。
顔よりも大きな皿に乗ったカレーを食べながら、身振り手振りで話している。カレーの跡がついたスプーンが、蛍光灯の電気に鈍く光った。
「半年でもう三件目だぜ?二ヶ月に一回ペースだ。去年も五回、そんな事件があったんだぜ?
なんで閉鎖しないんだろうな」
「呪いなんて信憑性がまるでないからだろ。
後は需要があるからじゃね?事故物件でも、月二万で新品家具付きは俺でも住みたいね」
下を向いたまま、斜め向かいの男は味噌ラーメンを啜っている。私と同じ金欠なのだろうか。いや、同じラーメンを食べているだけで金欠は決めつけ過ぎだな。お金持ちだってたぶんラーメンを食べたくなるような日もあるだろう。
私はすっかり空になった器に、ご馳走様でした、と静かに両手を合わせた。
鳩尾らへんがとても熱を持っていて、眠たい。ラウンジで昼寝でもして、午後の講義に向かおうか。
ふぅ、と短く息を吐いて、私は席を立つ。入れ違いに、男女二人が私のいた席と、空いていた向かい側に座る。女の子顔は見えなかったが、男はなかなかイケメンだ。あまり見ない顔だな、と思った。学部が違うのだろう。
食器の返却口に並んでいると、さっき隣で話していた男子生徒二人がさらに私の後ろに並んだ。
もう食べ終わったのか、と思ったら、ラーメンのスープをほとんど飲んでいない。もったいない。スープだって350円に含まれているのに。
カレー皿をお盆に載せた男が、なぁなぁ、とさっきより少し高めの声で話し始めた。興奮しているように見えた。だが私は、彼の話よりカレーのお皿の方が、気になっていた。スプーンでかいた茶色跡がたくさん残っている。白米を寄せながら食べれば、もっと綺麗に食べれるのに。
「さっき隣に来たヤツら、あそこの新入りだよな」
「ほんっと、お前好きだなぁ、その話。お前も入寮すれば?すぐ空き出そうじゃん」
「おま、バカ言うなよ、殺す気かよ」
私は水の流れ出る返却口でラーメンの器を軽く濯ぐと、ご馳走様でした、とお盆を置いてその場を立ち去った。
自然とあくびが出た。涙目のまま学食を出て、ラウンジに向かう。学食の雑音は、ガラス戸一つ隔てるとかなり遠いものになった。
「いいじゃん、ロマンス荘。せめて隣のやつが可愛いといいな」
「だから、やめろって」
踊り場を過ぎた階段で、頭の上からそんな声が降ってくる。私はそのまま、下の階のラウンジのガラス戸を潜った。ラウンジはラウンジで、学生たちの雑音が、とても大きい。
「隣の部屋のやつを好きになるまではいいよ。マンガみたいで夢あるじゃん?
でもさ、それで自殺とか、ほんと無理」
ラウンジを閉めると、男子生徒の声は聞こえなくなった。
私はラウンジの角の空席に座る。
眠たい頭で、ぼんやりと考えていたのは、お金のことだった。
引越しは親に車を出してもらおう。そうすれば、食費があと今月5000円使えるし、欲しかったあの3800円の、可愛いサンダルが買える。
うつ伏せになると、雑音は一気に遠くなった。昨日もバイトだったし、とても眠たい。
今日のシフトも、23時までだ。眠ろう。
テスト勉強も、しなくてはいけないのだけど。
私はそっと、意識を手放した。
私の通う××大学には、付属の学生寮が幾つか存在する。低家賃のため学生たちが殺到するが、春でなくても空きが出れば、入寮が可能である。
テストが終わり、夏休みに入った。
バイト続きで寝不足続きだったが、単位はどうにか無事に取れそうだ。
夏休みの一週目、私は第四学生寮に入寮した。兼ねてから学生寮に応募していて、ようやく空きが出たのだ。
家賃がこれまでより15000円減った。これで家計が少し楽になる。後期はバイトを減らして、勉強に費やせそう。
新しく買った、3800円のお気に入りのサンダルを履いて、コンコン、と私は、右隣の人のドアを叩いた。引越しそばを渡すためだ。これからお世話になるのだから、第一印象は大事だ。
はーい、という声とともに、男の人が顔を出した。
お、なかなかイケメン。どこかで見た気もするが、あまり見ない顔だな、と思った。学部が違うのだろう。
「はじめまして、隣に越してきました。これ、つまらないものですが、どうぞ」
ありがとう、と言った男は、爽やかに笑った。イケメンは目の保養だ。この学生寮は、安いし隣はイケメンだし、いいこと尽くしだ。
私は浮き足つ思いで、自室に帰った。後期の大学生活が、楽しみだ。
××大学付属第四学生寮。
月が赤い夜、そこに住む誰かが一人、必ず自ら命を絶つ。
動機は、皆、叶わぬ隣人への片想いだった。
そんな噂から、ついたあだ名は呪われた第四学寮。
別称、呪われたロマンス荘。
「また?つい先月、女がリスカして出て行ったばっかりじゃん」
ずずず、と私は学食のラーメンを啜った。
一杯350円の醤油ラーメンは特別美味しいわけではないが、家計が苦しい私には救世主だ。
スープをレンゲで掬いながら、私は隣で向かい合って座る、男子生徒二人組の会話に聞き耳を立てる。昼時の学食は超満員で、うん百という数の学生たちの勝手気ままに話す声はただの雑音だ。そこにプラスチック食器のぶつかる音とかが混ざるものだから、隣に座っていようと、聞き耳を立てなければ会話は遠く、聞こえない。
「あそこって絶対呪われてるよな」
「お前呪いとか信じてんの?だせぇなぁ」
「いやだってさ!偶然にしては頻繁すぎだろ」
バカにするような友人の声に、男は必死になる。
顔よりも大きな皿に乗ったカレーを食べながら、身振り手振りで話している。カレーの跡がついたスプーンが、蛍光灯の電気に鈍く光った。
「半年でもう三件目だぜ?二ヶ月に一回ペースだ。去年も五回、そんな事件があったんだぜ?
なんで閉鎖しないんだろうな」
「呪いなんて信憑性がまるでないからだろ。
後は需要があるからじゃね?事故物件でも、月二万で新品家具付きは俺でも住みたいね」
下を向いたまま、斜め向かいの男は味噌ラーメンを啜っている。私と同じ金欠なのだろうか。いや、同じラーメンを食べているだけで金欠は決めつけ過ぎだな。お金持ちだってたぶんラーメンを食べたくなるような日もあるだろう。
私はすっかり空になった器に、ご馳走様でした、と静かに両手を合わせた。
鳩尾らへんがとても熱を持っていて、眠たい。ラウンジで昼寝でもして、午後の講義に向かおうか。
ふぅ、と短く息を吐いて、私は席を立つ。入れ違いに、男女二人が私のいた席と、空いていた向かい側に座る。女の子顔は見えなかったが、男はなかなかイケメンだ。あまり見ない顔だな、と思った。学部が違うのだろう。
食器の返却口に並んでいると、さっき隣で話していた男子生徒二人がさらに私の後ろに並んだ。
もう食べ終わったのか、と思ったら、ラーメンのスープをほとんど飲んでいない。もったいない。スープだって350円に含まれているのに。
カレー皿をお盆に載せた男が、なぁなぁ、とさっきより少し高めの声で話し始めた。興奮しているように見えた。だが私は、彼の話よりカレーのお皿の方が、気になっていた。スプーンでかいた茶色跡がたくさん残っている。白米を寄せながら食べれば、もっと綺麗に食べれるのに。
「さっき隣に来たヤツら、あそこの新入りだよな」
「ほんっと、お前好きだなぁ、その話。お前も入寮すれば?すぐ空き出そうじゃん」
「おま、バカ言うなよ、殺す気かよ」
私は水の流れ出る返却口でラーメンの器を軽く濯ぐと、ご馳走様でした、とお盆を置いてその場を立ち去った。
自然とあくびが出た。涙目のまま学食を出て、ラウンジに向かう。学食の雑音は、ガラス戸一つ隔てるとかなり遠いものになった。
「いいじゃん、ロマンス荘。せめて隣のやつが可愛いといいな」
「だから、やめろって」
踊り場を過ぎた階段で、頭の上からそんな声が降ってくる。私はそのまま、下の階のラウンジのガラス戸を潜った。ラウンジはラウンジで、学生たちの雑音が、とても大きい。
「隣の部屋のやつを好きになるまではいいよ。マンガみたいで夢あるじゃん?
でもさ、それで自殺とか、ほんと無理」
ラウンジを閉めると、男子生徒の声は聞こえなくなった。
私はラウンジの角の空席に座る。
眠たい頭で、ぼんやりと考えていたのは、お金のことだった。
引越しは親に車を出してもらおう。そうすれば、食費があと今月5000円使えるし、欲しかったあの3800円の、可愛いサンダルが買える。
うつ伏せになると、雑音は一気に遠くなった。昨日もバイトだったし、とても眠たい。
今日のシフトも、23時までだ。眠ろう。
テスト勉強も、しなくてはいけないのだけど。
私はそっと、意識を手放した。
私の通う××大学には、付属の学生寮が幾つか存在する。低家賃のため学生たちが殺到するが、春でなくても空きが出れば、入寮が可能である。
テストが終わり、夏休みに入った。
バイト続きで寝不足続きだったが、単位はどうにか無事に取れそうだ。
夏休みの一週目、私は第四学生寮に入寮した。兼ねてから学生寮に応募していて、ようやく空きが出たのだ。
家賃がこれまでより15000円減った。これで家計が少し楽になる。後期はバイトを減らして、勉強に費やせそう。
新しく買った、3800円のお気に入りのサンダルを履いて、コンコン、と私は、右隣の人のドアを叩いた。引越しそばを渡すためだ。これからお世話になるのだから、第一印象は大事だ。
はーい、という声とともに、男の人が顔を出した。
お、なかなかイケメン。どこかで見た気もするが、あまり見ない顔だな、と思った。学部が違うのだろう。
「はじめまして、隣に越してきました。これ、つまらないものですが、どうぞ」
ありがとう、と言った男は、爽やかに笑った。イケメンは目の保養だ。この学生寮は、安いし隣はイケメンだし、いいこと尽くしだ。
私は浮き足つ思いで、自室に帰った。後期の大学生活が、楽しみだ。
××大学付属第四学生寮。
月が赤い夜、そこに住む誰かが一人、必ず自ら命を絶つ。
動機は、皆、叶わぬ隣人への片想いだった。
そんな噂から、ついたあだ名は呪われた第四学寮。
別称、呪われたロマンス荘。
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