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第一の語り
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「ジャック!止めなさい!」
少年が静止するも、彼の愛犬は鳴きやまない。
街灯に照らされたジャックの顔は心なしか固まっている。尻尾を奮い立て、一点を威嚇するように吠える。最初は近くに犬がいるのかと思ったが、そうではないらしい。暗がりの空き地に向けて、ジャックは吠えているのだ。
少年はリードを引き、その場から動くように促すが、ジャックは座り込んでしまった。珍しいな、少年はそう思った。ジャックは家でこそ吠えるが、散歩中に吠えたりなどいうことは基本的にしないのだ。小さなことに怯えるような臆病な子ではないし、もしそうだとしたら、そもそも夜中に連れ出していない。
夕食を取り、完全に日が沈んだ頃に少年はジャックを連れて散歩に出掛ける。それが半年程前から始めた日課だった。少年は過去に、何か運動しようと思い立って朝や夕にジャックを連れて散歩に繰り出したが、それは長く続かなかった。少年は誰かに見られるのが好きではなかったのだ。日の明るいうちに外に出て、誰か顔見知りの人間と遭遇してしまうのではないか。そう考えるだけでもげんなりとして、思い立った翌日には既に、足が玄関から出なかった。だが、夜ならば一目につかないし、そもそも人の出が少ない。そうした環境が、彼の足を運ばせるのであった。
少年にとって夜は本当に快適であった。月明りと僅かばかりの街灯だけが地面を照らす、静かな世界。少年はこの夜の世界がたまらなく好きだった。少年はいつしか、毎日の散歩の時間が待ち遠しくなっていた。
ジャックは大人しくて物分かりも良い為、少年が苦に感じることは殆どない。普段ならばこのように無闇に吠えたりすることはありえない。しかも、小汚い看板が置かれただけの空き地に向かって、吠えているのだ。暗がりで見えないが、奥に猫でもいるのかもしれない。少年の散歩は基本的にジャックに合わせているが、うるさく吠えたてるとなると、夜だとはいえ目立ってしまう。少年にとって、それだけは避けなければならないことだった。
少年は持参していたジャックのおやつを取り出し、彼の意識を逸らす。
「ほらジャック、お食べ」
食べ終えると、ジャックは何事もなかったかのように歩き出した。
少年は安堵した。誰にも見られていないようだ。
少年は、後ろめたいことをしている訳でも、過去に何か事件を起こして、後ろ指を差されたくないというのも違う。単に、彼は意味もなく人と接触をしたくないのだ。
家に帰ると、そこにもまた暗闇が広がっているのであった。少年の母親は、少年が散歩に出ている間に帰宅し、朝が早い仕事であるため、既に寝室で眠っている。年もあって、すぐに疲れが溜まってしまうのだという。常に夜遅くに帰宅する父親の姿もない。彼は風呂に入り、誰の姿を見ることもなく、寝床につくのであった。朝も同じで、少年が起きた頃には既に両親は仕事に出ており、閑散としたリビングに朝食と夕食が置かれている。従って、彼は家でほとんど両親と会話をしないばかりか、そもそも姿を見かけることがない。
母親は一週間に一度くらいは仕事を早く切り上げて帰ってくるので、目にすることはあるが、父親は滅多にない。もういつから姿を見ていないだろうか。いつから会話をしていないだろうか。
血の繋がった家族が、シェアハウスをしている。そんな感覚だった。誰とも時間の合わない家族。家族で大きく揉めているとか、軋轢が生じているとかではなく、気が付いたらそうなっていたのだ。偶然にこうなってしまったのかもしれないし、全員が自然にお互いを避けているのかもしれない。少年は特段寂しい思いを抱くこともないし、寧ろこうした家族の在り方が理想的であるとさえ思えた。
何しろ、少年にはジャックという強い味方がいる。長毛のシングルコートで、神経質ながらも彼には心を開いてくれる賢いパピヨン。少年にとってジャックは、家での唯一の話相手だった。少年は悩み事があると、いつでもジャックに相談していた。返事こそしないが、ジャックに話すだけでも、心が安らぐのだった。
少年はおやすみ、とジャックに声を掛け、部屋の照明を落とした。
少年が静止するも、彼の愛犬は鳴きやまない。
街灯に照らされたジャックの顔は心なしか固まっている。尻尾を奮い立て、一点を威嚇するように吠える。最初は近くに犬がいるのかと思ったが、そうではないらしい。暗がりの空き地に向けて、ジャックは吠えているのだ。
少年はリードを引き、その場から動くように促すが、ジャックは座り込んでしまった。珍しいな、少年はそう思った。ジャックは家でこそ吠えるが、散歩中に吠えたりなどいうことは基本的にしないのだ。小さなことに怯えるような臆病な子ではないし、もしそうだとしたら、そもそも夜中に連れ出していない。
夕食を取り、完全に日が沈んだ頃に少年はジャックを連れて散歩に出掛ける。それが半年程前から始めた日課だった。少年は過去に、何か運動しようと思い立って朝や夕にジャックを連れて散歩に繰り出したが、それは長く続かなかった。少年は誰かに見られるのが好きではなかったのだ。日の明るいうちに外に出て、誰か顔見知りの人間と遭遇してしまうのではないか。そう考えるだけでもげんなりとして、思い立った翌日には既に、足が玄関から出なかった。だが、夜ならば一目につかないし、そもそも人の出が少ない。そうした環境が、彼の足を運ばせるのであった。
少年にとって夜は本当に快適であった。月明りと僅かばかりの街灯だけが地面を照らす、静かな世界。少年はこの夜の世界がたまらなく好きだった。少年はいつしか、毎日の散歩の時間が待ち遠しくなっていた。
ジャックは大人しくて物分かりも良い為、少年が苦に感じることは殆どない。普段ならばこのように無闇に吠えたりすることはありえない。しかも、小汚い看板が置かれただけの空き地に向かって、吠えているのだ。暗がりで見えないが、奥に猫でもいるのかもしれない。少年の散歩は基本的にジャックに合わせているが、うるさく吠えたてるとなると、夜だとはいえ目立ってしまう。少年にとって、それだけは避けなければならないことだった。
少年は持参していたジャックのおやつを取り出し、彼の意識を逸らす。
「ほらジャック、お食べ」
食べ終えると、ジャックは何事もなかったかのように歩き出した。
少年は安堵した。誰にも見られていないようだ。
少年は、後ろめたいことをしている訳でも、過去に何か事件を起こして、後ろ指を差されたくないというのも違う。単に、彼は意味もなく人と接触をしたくないのだ。
家に帰ると、そこにもまた暗闇が広がっているのであった。少年の母親は、少年が散歩に出ている間に帰宅し、朝が早い仕事であるため、既に寝室で眠っている。年もあって、すぐに疲れが溜まってしまうのだという。常に夜遅くに帰宅する父親の姿もない。彼は風呂に入り、誰の姿を見ることもなく、寝床につくのであった。朝も同じで、少年が起きた頃には既に両親は仕事に出ており、閑散としたリビングに朝食と夕食が置かれている。従って、彼は家でほとんど両親と会話をしないばかりか、そもそも姿を見かけることがない。
母親は一週間に一度くらいは仕事を早く切り上げて帰ってくるので、目にすることはあるが、父親は滅多にない。もういつから姿を見ていないだろうか。いつから会話をしていないだろうか。
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何しろ、少年にはジャックという強い味方がいる。長毛のシングルコートで、神経質ながらも彼には心を開いてくれる賢いパピヨン。少年にとってジャックは、家での唯一の話相手だった。少年は悩み事があると、いつでもジャックに相談していた。返事こそしないが、ジャックに話すだけでも、心が安らぐのだった。
少年はおやすみ、とジャックに声を掛け、部屋の照明を落とした。
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