陰謀のブルースカイ

住原かなえ

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「あそこ、何か出てくるぞ!」
隼人がいち早く危険を察知する。

「妙だな、この時間はヘリコプターは出てこない筈だぞ。とりあえず一旦隠れよう」
熊に促され、一時物陰に潜む。

中からはプロペラの音がする。
「中で何かがあったのかもしれない。この時間帯は捕獲チームは外にいるし、その他の奴らが出てくることは考えられない」

「問題でもあったのか。いや、ちょっと待ってくれ。あれは…」
ガレージから悠然と現れたのは、黒い超合金のヘリコプターであった。しかし、その車体には、馴染みがあった。

「スロットだ」

「例のヘリか。しかしあれをわざわざ使うのも妙だな」
スロットは上陸の為の手段であって、内からは風の扉がある。

「時間もヘリコプターも妙だ。追ってみれば何か分かるかもしれない。行こう」
熊に促され、上空を舞うヘリコプターを視界に捉える。

追いながら、隼人はふと思い出す。確かスロットは普通のパイロットには運転できない技術がいる。運転できるのは川崎か、渡辺。運転席には渡辺がいるのだろう。
渡辺はまだ生きているという事実に、ひとまず胸を撫で下ろす。しかし何故だ。渡辺にまだ用事があるというのか。

「おいあのヘリ、動きがおかしいぞ!」
走るのに夢中になり、目線から外れていたヘリコプターが、突如大きく前のめりになって車体を傾けていた。
平行とは程遠い、歪んだ車体。

「バランスを崩したのか?」
熊が言うが、そのようには見えない。どちらかといえば、自らその姿勢に動かしている様だ。
あの渡辺に限って、こんな極端な運転ミスは有り得ない。
みるみる高度が下がっていく。
このままだと一直線に突き刺さる。

「なんだあのヘリ、串刺しになりたいのか?もう落ちるぞ!」
鋭力を失ったヘリコプターが、ほぼ直角に落下していく。

「おいおい正気か!?」
凄まじい角度とスピードで、ヘリコプターは気付けば隼人の真上にいた。

「上だ!危ない!」
熊に咄嗟に抱きかかえられ、木々を滑り抜ける。


あっと目を瞑ると、背後からの爆音。そして、衝撃波のような風圧。隼人は押し潰されそうになった。僅か数メートルの背後に、ヘリコプターが突き刺さったのだ。

「ありがとう…助かった…」
隼人はまた熊に助けられてしまった。

「いいんだ。それより、何を考えているんだ。このヘリコプターは。間違いなく自殺行為だ」
このヘリコプターの運転手は渡辺だ。ほうけている場合ではない。

「渡辺さん!大丈夫ですか!?」
轟轟と煙があがり、無惨に砕け散ったヘリコプターの瓦礫を掻き分けていく。

「待て!こんな強烈な音がしたら誰か来るぞ。いいのか?」
熊が制するが、隼人は止まらず渡辺を捜す。

夢中で探していると、足下に何かがあたる。慌てて確認すると、それは渡辺であった。
だが、隣に稲葉も思しき人物も横たわっていた。何故稲葉がヘリコプターに乗っていたかは定かではないが、ひと目で稲葉は息絶えていると理解出来た。

幸い、渡辺はお腹に黒い物が刺さっているが、息はあると確認できた。 
「渡辺さん?大丈夫ですか!?」

「に、西角くん…ゲホッ!」
苦悶の末、渡辺が血を吐き出す。

「この島に、いたの、か…すまん…そうと知っていたら、スロ…ットは潰さ、なかった…」
今にも消えそうな声で西角が言う。

「無理しないでください、渡辺さん!」
どのような了見があって、スロットを墜落させたのかは定かではないが、渡辺の生命活動は今にも止まりそうだ。

「俺のこと、は、もうい、い…この、島は、いずれ、大変、なことをよ、ぶ…悪、が、悪につな、がる…」
言い切ると、渡辺は静かに黒目を収めていった。魂が抜けたように、顔からは血が溢れていた。

「渡辺さん…」
隼人は目頭がかあっと熱くなった。零れ落ちた雫が、血と混ざった。

渡辺は、この島の悪に取り込まれて死んだ。川崎も。大切な人物を二人も失ったのだ。この島の悪によって。この島の悪の連鎖は、決して止まらない。誰かがこの島により命を落とし、大切な人を失う。
悪が悪を呼び、尊大な人の生を奪う。その流れは、とめどない。


隼人は、この島が憎かった。


隼人の涙に呼応するように、地面が大きく揺さぶられる。
嗚咽を漏らす隼人の背をゆったりと撫でていた熊が、手を止める。

「まさかこの揺れ…まずいことになった…ここは聖域だ…」

「聖、域……?」

「説明は後だ。よりにもよってここにヘリコプターを落とすとは…やってくれるな。早く逃げよう、今からこの島は大変なことになるぞ」
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