◆男嫌いのサメ姫は、愛の言葉を信じない◆

ナユタ

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◆第二章◆

★13★ 辛い酒も甘い夜。

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 昨日の諸々の事後処理と調査協力を終えた後、ジェルミーナ嬢に頼まれている情報を探して半日街中を歩き回る。二つほどそれらしき駆け落ち人の話を得られたが、片方は年格好が合わず、もう一方は有力な話だったものの途中で靄のように足取りが追えなくなってしまった。

 しかし明日の捜索範囲を決める程度の情報にはなったため、日が傾き始めて空が薄暗くなってきた頃に待ち合わせをした場所に向かう。

 すっかり室内の連中を戦闘意欲が零になるまで追い込んでから十分後。まるで制圧を見計らったかのように現れた応援の部隊は、簡単な事情聴取をしただけで、あの場ではあからさまに浮いていたアルバと見知らぬ子供へのお咎めはなかった。

 こちらとしては知り合いの起こした過剰防衛を見逃されたのだから構わないが、彼等の街の治安を維持するという役割から考えればあまり褒められる対処ではない。とはいえわざわざ管轄外のことに口を挟んで、後々の禍根を作ることもないだろう。

 それよりも問題はアルバだ。昨日は強引に食事に誘った自覚がある。一度姿を消したということは、もう関わるつもりはなかったのだろう。果たしてそんなアルバが待っているのか……それだけが気がかりだった。

 だがその心配は杞憂に終わり、昨日の少年と一緒に話し込んでいたアルバがこちらに気づいて頭上でグルリと手を振る。けれど、恐らく俺が見つけやすくするためにフードを脱いでおいてくれたのだろう。

 赤く燃えるような髪色は、薄暗くなり始めた街中に灯り始めたランプの光を反射し、アルバの身体の動きに合わせて本物の炎のように揺らめいた。

 手短に少年の紹介をされ、こちらも面倒事に巻き込まないよう身分は隠しつつ名乗る。最初はこの子供受けの悪い見た目を警戒してアルバの方ばかり窺っていたルカも、今夜の食事処に案内してくれる間に段々と打ち解けてくれた。

 二人に連れられて向かった先は、狭い道の両側が全て酒場という通りだ。通常であれば酒とそれに合う食事しか置かない店が多い中で、今夜アルバが案内してくれた店は、珍しく甘味なども手広く用意しているところだった。

 入店して食事の到着を待つ間に簡単に昨日の聴取をルカ相手にするも、本当は昨日の聴取だけで事足りている。少年には悪いが、どちらかというと今夜はただアルバと酒を飲みたかっただけなのかもしれない。

「どうしたルカ。まだ腹いっぱいになっていないだろう? 子供が変な遠慮をするな。ほら、分かったらこれも食べろ」

「え、えと……アルバさん、ボク、ほんとに、お腹、いっぱいです」

 そう言うアルバの目の前に積まれる空になった皿の枚数に、そういえばこいつが見た目によらず大食漢だったと思い出す。

 先程から目の前でアルバが甲斐甲斐しく昨日の少年の世話を焼いており、そうしている様はまるで仲の良い兄弟のようだが……。そろそろ止めに入らないと、ルカの腹が破れるかもしれない。

「まぁ待てアルバ。無理強いしても本人が食えんと言うなら、食事はもう良いのだろう。それなら食後の甘い物はどうだ? 以前アネーリオに甘味は別腹だと聞いたことがある」

 一瞬脳裏を掠めた部下の発言を思い出して口にすると、案の定アルバは目を丸くして全く思い至らなかったという風な表情になった。

 見かねて出してしまった助け船に余計なことをしたかと思ったが、ルカの表情からも妥当なところだったようだ。久々にこういうやり取りをしたなと思わないでもないが、一人で行動させるには若干の不安を覚えてしまうのは何故だろうな……。

「遠慮ではなくて、本当にもう満腹なのか……その発想はなかったな。だったらオズヴァルトの言うように何か適当なものを注文してみよう。ルカ、メニューの中で気になる物があったら読んでやるから選んでみろ」 

 酒が入って機嫌の良いアルバに頭を撫でられているルカが、くすぐったそうにはにかむ姿は微笑ましい。酒を飲みながら眺めていると、ようやくメニューから顔を上げた彼の指し示した文字を見て、アルバが読んでやる。

 どうやらブリュレに決めたらしい。店員を呼んだアルバが洋酒が使われているかを確かめているのを聞いて、不意にやたらと子守に慣れている印象を受けた。入っていないとの言葉に「じゃあこれを三つ頼む」と勝手に俺の分まで注文を済ませておきながら、こちらに視線を向けて「オマエも食べるだろ?」と悪びれずに笑う。

 その表情に苦笑を浮かべて頷けば、アルバはさらに「それと後は……種類は何でも良いから、辛くて強い酒を二つ頼む」と注文を重ねる。そして意外なことに、甘いものが苦手な俺でもブリュレと辛口で度数の高い酒との相性は良く、結局同じ物をもう一度注文した。

 甘いブリュレと辛い酒。その両者が合わさって舌先を滑らかにし、離れていた時間を感じさせないほど自然に言葉が口から零れ出る。

 まさかあんな再会の仕方をするとは思ってもいなかったから、あの場で技を返された時は懐かしい感覚に一瞬驚いたことを告げると、アルバは「お互い様だ」と笑った。

 俺と出逢った日のように槍を持ってこの地を訪れたのなら、さぞかし騒ぎになっただろうと訊ねれば槍は売り払ったという。

 記憶喪失のアルバにしてみると故郷の思い出が詰まっているだろうに……。随分と思い切ったことをすると訝しんだものの、当人がそれで良しとするならこちらもあまり深く気にしないことにする。

 アルバからは騎士団の同僚に関する質問が多く、中でも特に弟分のように可愛がっていたアネーリオの話題が多かった。

 俺のことに関しても鍛錬をサボってはいないか、仕事を押しつけられすぎたら断るようになどと、まるで歳下のように扱われる。

 記憶の断片話を訊いてみると、まだ思い出した内容に確信が持てないのか、しどろもどろという風に“女性にだらしない父親”の話や、暮らしていた場所の住環境の厳しさなどを教えてくれた。

 アルバからはここへ来た理由を熱心に訊ねられ、語るべきかだいぶ悩んだが、アルバに限って他言したりはしないだろうと、ジェルミーナ嬢の話を少しずつ語る。

 するとアルバは「相変わらずだなオマエは。相手が困っているからといって甘すぎるんじゃないか? もしその“女”が質の悪い奴だったらどうする。お人好しも大概にしておけよ」と、苦笑混じりに言うのだった。

 そんな尽きない話題で盛り上がるうちに、さっきまで辛うじて起きていた少年が遂に力尽きて眠ってしまった。アルバはその頭を膝に載せて寝かしつけてやりながら、視線だけで何か話をしろと催促する。

「そうだな……そう言えば、さっきからお前はエレオノーラ嬢のことを訊ねないが、何故だ? 付き合っていたのだろう?」

 そこでふと疑問に感じていたことながら、酒が回るまでなかなか訊き難かった内容を口にした――と。次の瞬間「ゴフッ!?」という音と共に、飲んでいた酒をあわやルカの上に噴き出しそうになったアルバが、凄まじい形相でこちらを睨んだ。

「いや、すまん。お前がそこまで動揺するとは思っていなかった。違ったのか?」

「この馬鹿、当たり前だ。オレと彼女は断じて付き合ってない。誰から得た偽情報だそれは。次にそいつに会うことがあればただじゃおかんぞ」

「そうなのか? 懇意にしていたようだったから、俺もてっきり……。少なくともアネーリオを筆頭にほぼ騎士団の連中は全員そう思っていたぞ」

 薄々期待していた通りの反応を返すアルバの姿に、何の別れの言葉もなく出て行った溜飲が少しだけ下りた。

 ブツブツと口の中で心当たりの噂好きな騎士団員達の名前を呟く様を見ながら、ブリュレを一匙口に運ぶ。舌の上で蕩ける甘みに眉根を寄せて酒の入ったグラスに手を伸ばすと、中身は気付かない間に飲んでしまったのか空だった。

 新しく酒を注文しようにも、すでに口に入れてしまったブリュレを飲み下せないで困っていると、それに気付いたアルバが「オマエなぁ……甘い物が苦手なくせに酒の残りを確認しないとか馬鹿なのか?」と苦笑して、まだ中身の残る自分のグラスを寄越してくれる。

 視線だけで礼を述べてグラスに口を付けると、カッと喉が焼けるような強い酒精が下の上に鎮座していたブリュレと絡まり、解けていく。そして軽く咳き込んだ俺を見つめる赤い双眸がニイッと笑みの形に細められ、こちらが提案を持ちかけるよりも早く――。

「よし、決めたぞオズヴァルト。オレも新たに記憶の断片が蘇るまで、お人好しなオマエが“ジェルミーナ”とか言う女に騙されていないか心配だから、その人捜しとやらに付き合ってやるぞ」

 まるでこちらの心を見透かすようにカラリと笑う、記憶の中と寸分違わぬ赤に彩られた友の姿に。ここ最近ずっと身に纏っていた緊張が、するりと剥がれ落ちる心地がした。
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