仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん

文字の大きさ
39 / 58

39 向き合うとき

しおりを挟む



 助手席の窓の外は、どこまでも白い世界だった。
 降り続く雪が、視界と音をゆっくり奪っていく。
 街道沿いの木々も、田んぼも、屋根の上の瓦さえも、まるで息を潜めるように雪をまとっている。

(……帰ってきたんだ)

 都会では感じなかった湿り気を含んだ空気が、懐かしさと不安を同時に連れてくる。
 見慣れたはずの景色なのに、胸の奥がきゅっと締めつけられた。

 仕事納め直後の休暇で、私は利仁さんと一緒に、私の地元へ向かっていた。
 両親に、彼を紹介するためだ。

 フロントガラスに落ちる雪の粒を、ぼんやりと目で追う。
 その反射の向こうで、幼いころの記憶がゆらゆら浮かんでは消えた。

(父さんと……向き合うときが来たのね)

 心の中で、そっとつぶやく。

 本当は、倫太郎と別れたことも、すぐに伝えるべきだった。
 でも、地元を離れるとき、私は両親に反対されながらも「彼を支えたい」と言って上京した。

 それが今さら――“浮気されて別れました”なんて、言えるはずもなかった。

(利仁さんとのこと、認めてくれるかな……)

 また反対されることを想像すると、指先が少し震えてしまう。
 私の選択が、父と母にどう思われるか。
 そのことばかり気にしてしまう。


 ――両親が大好きだからこそ、怖い。


 高速を降りたところで、車がゆっくり停まった。
 休憩だと思っていると、利仁さんが私の手をそっと握る。


「……すみません。僕が婚約を急かしたせいで、悩ませてしまって」

「えっ、」


 指先には確かな力が込められていた。


「西橋の言葉なんて、気にしなくていい。そう思っていたはずなのに……。紬さんが、“僕に恋人のふりをしてもらってるだけ”なんて思われるのが、嫌で……。だから僕は、はっきり形にしたかったんです。僕の想いを、この世のすべての人に、ちゃんとわかってほしかった」

「っ、」


 その言葉に、息が止まる。
 利仁さんから、深い愛情が伝わってくる。
 それはきっと、私が想像していた以上の強い想いだった。


「婚約を急いだのは、僕のわがままです。でも、これで紬さんが自信を持ってくれるなら、それでいいと思ったんです」


 利仁さんはゆっくり、確かめるように続ける。


「だから、今不安に思っていることを……僕に教えてくれませんか?」

「っ……」


 まるで、私の心の奥を覗き込むようだった。
 張り詰めていたものが、すこし溶けていく。


「お母さんは、私が幸せならそれでいいっていう人なんです。利仁さんのことは、あたたかく迎えてくれると思います。でも、父は……」


 私は過去をすべて話した。
 父との関係がぎくしゃくしていること。
 倫太郎を支えるために家を出たのに、別の人と未来を選ぶことが認めてもらえるか不安なこと。
 子どもの頃のように、もう一度父と仲良くしたいこと――。

 全てを話すと、利仁さんは静かに頷いた。


「きっとお父様も、同じ気持ちだと思いますよ。うまく言葉にできないだけで……。そこは僕も一緒に、話を聞けたらと思っています」


 心強い言葉で胸の奥がいっぱいになり、私は思わず利仁さんに抱きついた。


「……利仁さん、ありがとうございますっ」


 優しく髪を撫でられ、心地よくて目を伏せる。


「……甘える紬さんも、可愛いな」

「ッ!!」


 耳元で囁かれた声に、心臓が跳ねる。
 何度触れ合っても慣れない。
 でも離れたくなくて、私はしばらくその温もりに身を預けた。



 ◇ ◇ ◇



「ただいま」

「紬! おかえりーっ!」


 玄関の扉を開けると、母は笑顔で迎えてくれた。
 実家に帰ること、恋人を紹介したいことは、事前に母へ連絡していた。
 けれど――利仁さんを見た瞬間、母はぴたりと動きを止めた。


「母さん?」

「あっ、ごめんなさい……。俳優さんかと思って」


 そわそわしだした母の様子に、思わず小さく笑ってしまう。
 イケメンに弱いのは昔からだ。


「わざわざこんな田舎まで来てくださって……。遠かったでしょう。さあ、入って入って!」


 張り切ってキッチンへ向かう母。
 その奥で、父がコーヒーを淹れていた。
 視線が合う。
 けれど、その目はどこかぎこちない。


「……帰ってきたか」

「うん。……ただいま」


 それきり、言葉は続かなかった。

 ――“男のために、人生を狂わせるな”

 過去の父の言葉が、胸の奥で鈍く響く。
 心配をかけるのも、失望させるのも怖くて。
 私は自分から距離を置いてしまった。

 けれど父もまた、何か言いたげなのに、言葉を探しているようだった。












しおりを挟む
感想 82

あなたにおすすめの小説

私を裏切った夫が、後悔しているようですが知りません

藤原遊
恋愛
政略結婚として、公爵家に嫁いだ私は 愛のない夫婦関係を「仕事」だと思い、正妻の役目を果たしてきた。 夫が愛人を持つことも、 その子を屋敷に迎え入れることも、黙って受け入れてきた。 けれど―― 跡取りを、正妻の子ではなく愛人の子にする。 その言葉を、人前で軽く口にした瞬間。 私は悟ったのだ。 この家では、息子を守れないと。 元々、実家との間には 「嫡子以外の子は実家の跡取りにする」という取り決めがあった。 ならば話は簡単だ。 役目を終えた私は、離縁を選ぶ。 息子と共に、この家を去るだけ。 後悔しているようですが―― もう、私の知るところではありません。

悪役令嬢なので最初から愛されないことはわかっていましたが、これはさすがに想定外でした。

ふまさ
恋愛
 ──こうなることがわかっていれば、はじめから好きになんてならなかったのに。  彩香だったときの思いが、ふと蘇り、フェリシアはくすりと笑ってしまった。  ありがとう、前世の記憶。おかげでわたしは、クライブ殿下を好きにならずにすんだわ。  だからあるのは、呆れと、怒りだけだった。 ※『乙女ゲームのヒロインの顔が、わたしから好きな人を奪い続けた幼なじみとそっくりでした』の、ifストーリーです。重なる文章があるため、前作は非公開とさせていただきました。読んでくれたみなさま、ありがとうございました。

八年間の恋を捨てて結婚します

abang
恋愛
八年間愛した婚約者との婚約解消の書類を紛れ込ませた。 無関心な彼はサインしたことにも気づかなかった。 そして、アルベルトはずっと婚約者だった筈のルージュの婚約パーティーの記事で気付く。 彼女がアルベルトの元を去ったことをーー。 八年もの間ずっと自分だけを盲目的に愛していたはずのルージュ。 なのに彼女はもうすぐ別の男と婚約する。 正式な結婚の日取りまで記された記事にアルベルトは憤る。 「今度はそうやって気を引くつもりか!?」

【番外編も完結】で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?

Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。 簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。 一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。 ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。 そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。 オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。 オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。 「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」 「はい?」 ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。 *--*--* 覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾ ★2/17 番外編を投稿することになりました。→完結しました! ★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓ このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。 第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」 第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」 第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」 どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ もしよかったら宜しくお願いしますね!

完結 貴方が忘れたと言うのなら私も全て忘却しましょう

音爽(ネソウ)
恋愛
商談に出立した恋人で婚約者、だが出向いた地で事故が発生。 幸い大怪我は負わなかったが頭を強打したせいで記憶を失ったという。 事故前はあれほど愛しいと言っていた容姿までバカにしてくる恋人に深く傷つく。 しかし、それはすべて大嘘だった。商談の失敗を隠蔽し、愛人を侍らせる為に偽りを語ったのだ。 己の事も婚約者の事も忘れ去った振りをして彼は甲斐甲斐しく世話をする愛人に愛を囁く。 修復不可能と判断した恋人は別れを決断した。

白い結婚で結構ですわ。愛人持ちの夫に興味はありません

鍛高譚
恋愛
公爵令嬢ルチアーナは、王太子アルベルトとの政略結婚を命じられた。だが彼にはすでに愛する女性がいた。そこでルチアーナは、夫婦の義務を果たさない“白い結婚”を提案し、お互いに干渉しない関係を築くことに成功する。 「夫婦としての役目を求めないでくださいませ。その代わり、わたくしも自由にさせていただきますわ」 そうして始まった王太子妃としての優雅な生活。社交界では完璧な妃を演じつつ、裏では趣味の読書やお茶会を存分に楽しみ、面倒ごととは距離を置くつもりだった。 ——だが、夫は次第にルチアーナを気にし始める。 「最近、おまえが気になるんだ」 「もっと夫婦としての時間を持たないか?」 今さらそんなことを言われても、もう遅いのですわ。 愛人を優先しておいて、後になって本妻に興味を持つなんて、そんな都合の良い話はお断り。 わたくしは、自由を守るために、今日も紅茶を嗜みながら優雅に過ごしますわ——。 政略結婚から始まる痛快ざまぁ! 夫の後悔なんて知りませんわ “白い結婚”を謳歌する令嬢の、自由気ままなラブ&ざまぁストーリー!

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

処理中です...