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第二章
20 死罪
しおりを挟む屋根裏部屋で星空を眺め、広い寝台でぐっすりと休んだ翌朝、パンの焼けるいい香りで目が覚めた。
一瞬、寝坊してしまったのかと焦ったけれど、暖かな広い室内を見て、ほっと息を吐く。
(もう僕は、母様の召使いじゃなくなったんだった……)
これまで、母様と一緒にいるためになりふりかまわず生きてきた。
でも、今はもう母様との繋がりはないから、頑張る必要もない。
そう考えると、なんとも言えない気持ちになった。
のそのそと体を起こしたと同時に、コン、ココンと軽やかなノックの音がする。
「セティ様、おはようございます。朝食をお持ちしました。入ってもよろしいでしょうか」
「…………この声は、ギルミアさん!?」
開かれた扉の先には、執事のような黒地のスーツを着た男性が立っていた。
ニコニコ笑顔のギルミアさんが「大正解ー!」と、出来立ての料理を乗せたカートを押して入って来る。
長いミントグリーンの髪を後ろでまとめていて、朝からとても爽やかだ。
「セティ様の専属使用人として、正式に採用していただきました!」
「ええっ! 本当ですか!?」
嬉しさのあまり寝台から飛び降りた僕は、ギルミアさんに駆け寄った。
互いに手を握り合う。
僕がぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでいると、ギルミアさんはどうしてか少しだけ泣きそうな顔で微笑んでいた。
「これからは、セティ様の身の回りのお世話はすべてオレが行いますので、ご安心を。特に、料理はおまかせあれ」
早速、朝食にしようと席に着き、てきぱきと動くギルミアさんからトレイを受け取る。
メインのふわふわの白パンには、分厚いベーコンと目玉焼きが挟んであり、香ばしい匂いに刺激され、僕のお腹がぐうっと鳴った。
「フヘヘ、あたたかいうちにどうぞ」
微笑ましい顔をしたギルミアさんに促され、出来立ての料理を、たっぷりと時間をかけて味わう。
湯気の立つコーンクリームスープと瑞々しいサラダ、フルーツの盛り合わせまで用意してあり、朝から気分は最高潮だ。
「こんなに幸せな時間は、いつぶりだろう」
王宮にいる時は、人目ばかり気にして、ゆっくりする時間なんてなかった。
あたたかなご飯を食べたのも、遠い記憶の彼方だ。
(母様とふたりで暮らしていた、あの頃も……ここみたいな素朴であたたかな家だったような……)
古い記憶を思い起こしていると、すんと鼻を啜った音がした。
「……普通の朝食なのに……こんなに感動してくださるとは……」
隣を見上げれば、ギルミアさんが泣きそうになっていた。
以前まで、ギルミアさんと言葉を交わしたことはなかったけれど、きっと僕が冷遇されていたことは知っているだろう。
ミントグリーンの瞳が潤んでいることに気づき、僕はしんみりとした空気を変えるように笑った。
「朝早くから準備してくださり、ありがとうございます。ギルミアさんはもう食べましたか?」
「はい、味見と称してつまみ食いを少々。珍しいものから新鮮な食材までたくさん用意されていたので、興奮してしまって、つい……」
「ふふっ、そうだったんですね! ご飯の時間が楽しみになりました!」
照れ臭そうに頬を掻くギルミアさんは、すでに晩御飯の下準備まで終わらせているそうだ。
仕事が早い。
でも、他にもやることがあって忙しいはずなのに、僕の食事を見守る時間は無駄ではないだろうか。
そう思った僕は、ある提案をすることにした。
「ギルミアさんさえよければ、明日から一緒に食事をしませんか? その方が、僕も嬉しいです」
「っ……」
マナーも気にせず、楽しく食べたいと言えば、ギルミアさんには信じられないと言わんばかりの顔で凝視されてしまった。
「そんなことを言われたのは、初めてです。……なにせ、食事中は……特に醜い、ですから」
ギルミアさんが唇を噛み締める。
なにかを呟いたギルミアさんの声はよく聞こえなかったけれど、なんだか辛そうに見えた。
(他に使用人もいないようだし、もしかしたらギルミアさんは、僕に同情して残ってくれたのかも……)
閉鎖的なインネサイト国の人々が、そう易々と他国の人間を受け入れるはずがない。
だから、僕の世話係になりたいと思う人もいなかったのだろう。
そのことは、容易に想像できた。
「ギルミアさんがそばにいてくれて、とても心強いです。でも、僕は身の回りのことは一通り自分でできますし、仕事を辞めたいと思った時はすぐに話してくださいね? 僕はひとりでも大丈夫ですから」
本当はずっと一緒にいてほしい。
でも、ギルミアさんを僕の事情に巻き込むわけにはいかない。
だから、いつでも逃げていいのだと話したけれど、パッと顔を上げたギルミアさんの表情は、引き締まっていた。
「セティ様の使用人は、オレだけです。でもそれは、決してセティ様が蔑ろにされているとか、そういった理由ではありません。閣下の採用基準に満たしたのが、オレだけだったんです」
「……えっ? 採用基準?」
「はい、非常に厳しいものでした。でも、使用人はオレひとりの方が、都合がいいと思います。大公閣下のことは信頼していますが、現段階ではインネサイト国の人間を信用できないからです。食事に毒を盛られる可能性だってあります」
僕が口にするものは誰にも触れさせないと、ギルミアさんが息巻く。
王子たちのイタズラで毒を盛られていたことを、ギルミアさんは知っていたのかもしれない。
僕を守ろうと、ひとり立ち上がったギルミアさんの存在が、どれほど心強いことか。
僕は涙を我慢するのに必死だった。
「今日からずっとオレがそばにいると思いますけど、もし、ひとりの時に誰かが訪ねてきても、絶対に関わってはいけません。セティ様の身に何かあれば、大公閣下が怒り狂うと思います」
「い、怒り狂うって……。そんなことないと思いますけど……」
「いいや、オレにはわかります。あの人、身内には優しいですけど、キレたらヤバイタイプの人です。オレがセティ様の使用人になる時の契約書も、とんでもない量だったし……」
なにかを思い出しているのか、ギルミアさんが遠い目をする。
「とにかく、『セティ様を裏切ったら死罪、悲しませても死罪』っていう、本当に極端なんですよ」
「っ、」
衝撃的な言葉が脳内で繰り返される。
(裏切りならともかく、僕を悲しませたら許さない、だなんて……)
まるで、レオルカ様に大切にされているような気分になってしまった。
「もちろん署名しましたよ? オレはセティ様を裏切ったり、悲しませたりすることは、ぜーったいにありませんから! だから、オレのことは信用してくださって大丈夫ですからね? オレは愛する恋人と結婚して、我が子を抱くっていう長年の夢がありますので、まだ死ぬわけにはいかないんです」
「わわわ、わかりました! ありがとうございます、ギルミアさん! 末永くよろしくお願いします!」
早口で捲し立てるギルミアさんの勢いに押されて、僕は何度も頷いた。
「話には聞いていたが、随分と仲がいいんだな」
第三者の声に驚いて振り向けば、両手に荷物を持ったレオルカ様が気配なく立っていた。
今日も、顔の上半分を隠した銀の仮面をつけてくれている。
「レオルカ様! おはようございます」
「ああ、おはよう。調子はどうだ? 食事は?」
きちんと食べたのかと確認を取るレオルカ様に、僕はにこりと微笑んだ。
「おかげさまで、昨日はぐっすり眠ることができました。ギルミアさんの作るご飯も、最高に美味しかったです。ギルミアさんを雇ってくださり、本当にありがとうございます」
それならよかったと、レオルカ様が目を細める。
いろんな食材を用意してくれていたことにもお礼を伝えたかったけど、嬉しそうに微笑む口元に目を奪われる僕は、感謝の気持ちの半分も伝えられなかった。
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