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第6章:ギルド編

魔人という存在

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 モガルは目の前の光景の悲惨さに思わず顔を背け、目を瞑る。分かっていた事とはいえ、残酷すぎる。彼らに死ねと命じたのが自分であるという後悔と、それでももっと多くの人間を救わなければならないという責任に彼は板挟みにあっていた。

「すまねえ……てめえら! 手ぇ止めてんじゃねえ! 死にたくねえなら、相手に大技ガンガン使わせろ!」

 今は一刻も早く、相手の力が弱まることを願うばかりだ。いくら魔人といえども、限界は必ずある。しかしそれがどのくらいなのか、いつになるのか、彼には全くわからなかった。ただ、いつまた魔人が融合するかわからない以上、彼にはそう指示する以外に他はなかった。モガルにも、誰にも、魔人が分裂した理由など知る由もなかったのだから。分裂したのならば再融合すると考えるのも当然である。

 現状で最悪なのは騎士団が到着してから再融合されることだった。そうなれば、たとえ彼らが合流しても勝てる見込みがほとんどなくなる。それほどまでに融合体は格が違う。もし騎士団の中にアレキウス・ビルストや、サリカ・ネロ、ウィリアム・ハントのような使徒が含まれているならば話は違ってくる。彼らはまさに一騎当千の戦士であり、全員が全員、魔人を単独で討伐した傑物たちである。だが融合体が発生したとはいえ、彼らがすぐに来てくれるわけではない。世界はそんなに都合よくできてはいないのだ。

「早く来てくれ!」

 モガルは心から祈るように呟いた。目の前でまた幾人もの冒険者たちが死んでいった。

~~~~~~~~~~~~

「ジン様、ジン様!」

「起きてください!」

「大丈夫~?」

 三者三様に悶え苦しみ、気絶したジンの顔を覗き込む。ハンゾーは跪いてジンの頬を軽く叩き、クロウも同様に跪いて側で彼の手を握り、ミコトは上から覗き込むようにして、彼の様子を眺めている。

「かはっ」

「ジン様!」

 息を吐き出し、ジンが目を開ける。体を少し動かしただけで酷い痛みが走った。

「うぎっ!?」

「ジン様、ゆっくり、ゆっくりとお動きください」

 ハンゾーがジンが起き上がれるように手を貸した。

「やっぱそうなるよね~」

「姫様何を呑気な!」

 呑気なミコトの言葉にクロウが眉を吊り上げた。

「ひ、1つ聞きたいんだけど、これってなんでこんなに痛いんだ?」

「それは、体の内から肉体を作り変えているからだよ」

「は?」

 ミコトの言葉にジンは理解が追いつかない。

「だから、万能薬は劇薬に近いんで、服用者の肉体を強引に吸収できる体に変化させるの。で、その際に悪いものも全部治癒するんだよ。まさに良薬口に苦しだね」

「上手くねえし先に言えよ!」

「だから、ごめんってば。でも傷はもう完全に治ってるはずだよ」

 ミコトに言われた通り、背中にも傷跡はなく、体全身も徐々に痛みが引いてくると、先ほどよりもむしろ調子がいいくらいだ。ジンは立ち上がってから自分の体のあちこちを確認した。

「……まあいい。今の状況は?」

「モガルたちが奮闘しているとはいえ、あまり芳しくありません。先ほども大技で数十人がやられました」

 離れたところから怒号や破裂音が響いてくる。

「なるほどな。相手の様子は?」

「今の所、融合するそぶりはありません。ただ若干ではありますが疲れが現れ始めたように感じます」

「じゃあ、やるとするか」

 ジンの言葉に3人が頷くと、それを確認した彼は遠くを見据えた。

~~~~~~~~~~~~~

「『炎星群』!」

 空中に人の頭ほどの炎の塊が無数に現れ、冒険者達に目掛けて降りかかってきた。悲鳴が至る所から上がるが、もうその数もだいぶ少なくなっている。アイザックとアイラの目の前には多くの死体が転がっていた。数百人はいた冒険者達も、今や半分以下である。低い階級の者はもはやほとんど残っていない。

「アイラ、大丈夫か?」

「う、うん。そっちもさっきがら大技ばっかり使ってるから大丈夫?」

「まあ、流石に疲れたよ。でもあと少しだ。それに奴を殺すまでは甘えたこと言っていられないさ」

「そっか。でもあんまり無理しないでね」

「そっちもな」

 2人で微笑み合う。その光景だけ見れば若い恋人達が仲睦まじく、お互いを思い合っているように見える。モガルはそんな彼らを見て、不快感とともに違和感を覚える。あまりにも行動が人間らしすぎるのだ。かつて見た魔人はもっと化け物然としていた。

「おいおい、化け物のくせに随分人間らしいじゃねえか」

 モガルの投げかけた言葉に、ビクリとアイラが肩を震わせ、それを見たアイザックの目に怒りが灯った。確かに自分はもう化け物だと彼は理解している。もはや人間は彼にとって餌にしか思えない。しかしアイラは違う。彼女は魔人となった自分をまだ受け入れられていない。嫌悪すら覚えているだろう。そんな彼女に吐かれた暴言を容易に受け流すことなど、彼には出来なかった。

「殺す」

 次の瞬間、数十メートル近くあった距離を一瞬で詰めて、モガルの眼前にアイザックが現れた。そしてそのまま右手の爪を立てて、心臓を抉り取ろうとするかのように手を伸ばしてきた。

「くっ!」

 咄嗟にその動きに反応したモガルは、大剣を自分の体の前に立てて、防ごうとする。しかし魔人であるアイザックにとって硬度の高い金属で作製された剣であろうとも、紙に等しかった。たやすく剣を砕くとモガルの左胸に爪が刺さりかけた。だが突如頭上から現れた1つの影がアイザックのその伸びきった右腕を半ばから切断した。

「————————————————!!!」

 吠えるような悲鳴をあげたアイザックは痛みに顔を歪ませながらも追撃とばかりに迫ってきた3つの影に向かって残った左腕を薙ぐように動かした。

 その動きに沿って彼らの間に炎が巻き起こり、続けて相手を囲うかのように岩の壁が円状に隆起してきた。3つの影は素早くその場から移動し、武器を構えた。後退したアイザックに慌てて駆け寄ってきたアイラが彼の治療を始める。どうやら回復力は落ちているようだった。

「よう、アイザック」

「ジン・アカツキ!」

 憎しみと怒りの感情を表情に滲ませながら、アイザックが吠える。

「殺してやる。殺してやるぞ!」

 言葉の奥に隠れている深い絶望と悲しみ、そして諦念にジンは気がついた。たとえ憤怒と怨嗟から紡がれた言葉であったとしても、その奥にある感情を完全には隠せていなかった。それに気がつき、そしてモガルとのやり取りや今までのアイザックの不合理な行動を見たジンは、彼の姉であり、アイザックと同じく魔人になってしまったナギのことも思い出し、唐突に理解した。

『魔人こそが最も哀れな犠牲者であるということを』

 魔物として人の心を失うこともできず、さりとて人間として生きていくこともできない。どっちつかずの化け物。それが魔人の本質だ。

 仲間はおらず、人間を見つければ餌として認識してしまい、人間に見つかれば敵として排除される。生きていくためには人を喰らうしかなく、その度に心が壊れていく。

 もちろん例外もいるはずだ。例えばレヴィがそうだ。生まれた時から魔人として生きてきた。彼には人間的な感情は一切存在していない。あるのは享楽的な破壊衝動と捕食衝動、そして女神への忠誠心だけだ。

 しかしアイザックと彼の横にいるアイラという少女を見れば、嫌でも理解できる。彼らは人間としての感情を残し、それでも人間として生きることを諦めている。アイザックが融合体としての利点を捨ててでもアイラと分裂したのは、きっと人間として、愛する人と生きたいという願いが心のどこかにあったからなのだろう。

 ナギもそうだった。家族を喰い殺し、自分の意識が薄れていく中で、それでも最後はジンを救うために殺して欲しいと願ったのだ。人間として死ぬことを願ったのだ。

 だからこそ、ジンはアイザックを否定しなければならない。本当の意味で魔人になろうとしている彼を許してはならない。彼が人間として生きた誇りを護るために、絶対にだ。これはジンが勝手に思い込んでいることかもしれない。しかし、たった数日とはいえ仲間だった者として、今のアイザックにしてやれることはきっとそれだけだった。

「悪いな。俺はお前を救ってやることは出来ない。だけどお前を、お前たちを化け物としてじゃなくて、人間として殺してやる」

 悲しげな笑みを浮かべてジンが放った言葉の意味を一瞬考え、理解したアイザックの瞳から微かに憎しみの感情が薄れ、一瞬だけ自嘲したような表情を浮かべる。しかしすぐさまその表情は消え去り、迸るほどの憎しみと怒りの籠った瞳をジンに向け、天に向かって咆哮し、術を放った。
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