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第8章:王国決戦編

報酬

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 ヘルト達は街の郊外の森の中に隠された実験施設に案内された。彼らが現在いる部屋の中は薄暗く、耳をそばだてると人々の啜り泣く声や叫び声が聞こえてくる。そんな状況のため、流石にウェネー、アリーネ、エリミスとセルトは怯えた表情を浮かべているが、ヘルトは興味なさそうに爪の間に挟まったゴミをいじりながらディマンに尋ねた。

「まず、報酬ってぇのは何なんだ? 人か? だが別に人にゃ困っちゃいねぇ」

 実験施設には多くの人が檻に入れられているのをこの部屋に来る途中に彼は確認していた。しかし、彼にとってその辺にいる人間は、殺したくなれば殺せばいい、その程度の存在だった。

「お前にとって、本当に壊したい存在がいないか?」

 その言葉にヘルトはチラリとセルトの方を見る。その視線に気がついてセルトが身震いする。

「そいつがいたとして、お前に何が出来る?」

「あくまでも、未完成であり、そこに魂は存在しないが、もちろん可能性として今後十分あり得る事だし、その検証は既に済ませているが……」

「だから、さっさと言えよ」

 一向に話す様子が無いため、ヘルトはイラついて声を荒げる。ディマンは目を丸くすると、咳払いをしてパチンと指を鳴らした。すると扉が開いてゾロゾロと人が入ってきた。その数はざっと10人はいる

「紹介しよう。我が娘達だ」

 感情のない20の眼が一斉にヘルトを見つめる。

「こいつは……姉妹? いや……」

「嘘っ!? もしかしてこれって複製体!?」

 女性を見て興奮したようにウェネーが叫ぶ。

「複製体?」

 ヘルトが疑問の声をあげる。

「複製体とはその名の通り、人間丸々その存在を複製するという外法によって誕生させた、いわばオリジナルのある偽物の存在だ」

「へぇ」

 ディマンの言葉にヘルトは目を細める。

「まだ完全に魂を生み出すという結果を出せてはいないが、ある程度の命令は実行できるように調整してある。どうだ。興味はないか?」

「……それは誰でも作れるのか?」

「ああ、少々肉体の情報、まあ、いくらか血をもらえれば作る事は出来る」

「……人間のように反応するわけではねぇんだよな?」

「ああ、魂がないからな」

 しかし、ヘルトにとって、壊したいのに壊せない存在の代替物を、いくらでも殺せるという提案は非常に魅力的だった。

「そうか。なら、今回の頼みを聞いたとして、何体作ってもらえんだ?」

「そうだな。5体ほどでどうだろう?」

「いや、10体だ。10体は欲しい。ただし、何かあればまた手伝ってやると約束してやるよ。と言いたい所だが、まずは依頼内容の確認が先だな。それで、頼みたい事てぇのはなんだ?」

「まあ、引っ張っても意味はないな。頼みたい事は一つ。ある青年にちょっかいをかけて欲しいのだ」

「ちょっかい? 殺すんじゃなくて?」

「ああ、ちょっかいだ。彼には最高の絶望というものを味わってほしくてね」

 ディマンの言葉に、ヘルトは面倒臭そうな顔を浮かべる。

「殺す方が楽じゃねぇか。面倒臭ぇな」

「契約が履行されない場合は、お前の望む報酬はやれないな」

「チッ、いいだろう。ただし約束は守ってもらうぞ」

「もちろん。それで、誰を作ればいい?」

 ヘルトはもう一度セルトをチラリと見る。それでディマンはヘルトが何を考えているのか理解した。

「では、その少女を複製するとしよう。我が娘達よ。彼女を丁重に第3実験室に運びなさい」

 ディマンの言葉に一斉にナギの複製体達は動き出す。彼女らに囲まれたセルトは恐怖で体を震わせる。

「に、兄さん! やだ、助けて!」

 縋るように叫ぶ彼女を一瞥するも、ヘルトは興味を示さずにディマンと話を続けることにした。

「そうだ。一人、お前達と共に戦う者を紹介し忘れていた。来なさい」

 ディマンがそう言うと、いつの間にか彼の後ろには8歳程の少年が立っていた。

「そいつは?」

「私とある女性の遺伝子、簡単に言うと生命の設計図のようなモノだ。それを組み合わせ、さらに魔物の因子を掛け合わせた我が息子だ。名前をシンラという」

「へぇ、魔物ねぇ。変化しねぇのか?」

「ああ、この子は他の兄弟と違って、唯一、人の容姿を保っている。魔人と比較すると能力が十全ではないので、私はこの子が、魔物と魔人の中間存在であると考えているよ」

「まあ、それはどうでもいいけど、こいつは暴走とかしねぇのか?」

「少しハメを外しすぎることもあるが、基本的には素直ないい子だよ」

「フゥン、そんじゃあよろしく頼むぜ、坊主」

 ヘルトが笑いかけると、シンラはコクンと頷いだ。

「態度が悪いのは気にしないで欲しい。この前母親をその青年に殺されてね。悲しんでいるんだ。それはさておき、ちょっかいをかけて欲しい青年についてだが、彼はここに、ある少女を取り返しにくるはずだ。その際、門番として彼と戦ってほしい。それで構わないか?」

「ああ、別にいいぜ。それで、ある少女ってのはどんなやつだ?」

「おお、気になるか? それならせっかく来たんだ。紹介しよう」

 ディマンは今まで人に自分の成果を見せる事が無かったため、少々舞い上がっていた。鼻歌を歌い始めそうな勢いで、彼はヘルトを、扉に第一実験室と書かれた部屋に連れて行った。

「残念ながら、今彼女に接近する事は出来ないが、その青年は必ず彼女を取り戻しにくる」

 部屋の中には、何かの薬物でも使われたのか、虚な表情を浮かべて、口元から涎を垂らしながら椅子に拘束されたまま天井を眺めている美少女がいた。彼女は泣きすぎたのか涙と鼻水で顔をグシャグシャにしていた。さらに爪を剥がされたのか、両手足の指先から血が流れている。その上所々、皮を剥がされており、両手足の腱は逃げられないようにするためか、切断されている。どう見ても拷問が行われた後だった。また失禁もしているのか椅子の下には水溜りが出来ていた。

「随分楽しそうな様子だが、一体何をしたんだ?」

 ヘルトは不思議そうに尋ねる。

「なに、私の目的は人工的に魔人を作る事でね、魔人化する時に耐えられるよう肉体にいくつかの薬物の投与をしたのと、少々疑問があったので、深層意識に問いかけるために幻覚剤を投与しただけだよ。ああ、あとは少しだけ痛めつけたか」

「疑問?」

「ああ、彼女の思いが本当に彼女自身の物なのか、というね」

「フゥン、よく分かんねぇが、死なねぇのか? パッと見やばそうだが」

「そこはギリギリ大丈夫な所を攻めている。それに魔人になれば、肉体が作り変わるはずだから、あの傷もなくなるはずだからな」

「へぇ、まぁ、いいや。そんで、さっきの話だが、いつ頃その男が来るんだ?」

「さあな、ただ早ければ明日、遅くても数日以内には探し当ててくれるはずだ」

「なるほど、そんじゃあ一先ず休める部屋に案内してくれ。いい加減疲れてんだ」

「いいだろう。付いて来い」

「あ、複製体はいつ頃できるんだ?」

「10体だと……そうだな、5日程あれば作れるはずだ」

「そんなに早くか!? すげぇな」

 素直にヘルトは感心する。目の前にいる男もまた、ネジの外れた天才である事を彼は確信した。

~~~~~~~~~~

「ジン様! 落ち着いてくだされ! 少し休みましょう!」

 ハンゾーがジンの肩を掴むが、彼はそれを無視して走り出そうとする。既に丸3日も寝ずにシオンを探し続けていた。もはや足は棒のようで、本人は走っているつもりでもその動きはひどく緩慢だ。いつ倒れてもおかしくない。

「放せ! あいつを、シオンを見つけないと!」

「だからこそ、だからこそです。今の状態では、もし彼女を見つけたとしても、敵と戦闘になった時、勝つ事は出来ません。そしてそれは彼女をさらに辛い状況に追いやるでしょう。だからこそ、ここは儂らに任せて、ジン様はしばし休憩を取られて下さい!」

「うるせぇ! 放せ! 放せぇぇぇぇ!」

 ジンがハンゾーに殴りかかろうとするも、あまりにもキレがなく、ハンゾーはそれを容易く回避した。そして、ジンの背後に回ると、その首元に手刀を叩き込み、一瞬で彼の意識を刈り取る。

「申し訳ありません。しかし、ここは来る戦いの為に英気を養って下され。ゴウテン」

「はい」

「宿にジン様を連れて行ってくれ」

「ハンゾー様は?」

「儂はこのまま捜索を続ける。街とこの近辺にはいなかった。あと有り得そうなのは、近くの森だけだ。あそこを重点的に調査する」

「分かりました。こいつを置いてきたら、俺も手伝います」

「うむ」

 そうしてゴウテンと別れると、ハンゾーは一人、森の中に入った。

「さてと、少し疲れるが仕方ない」

 そう言うと、ハンゾーは意識を集中させて、周囲の闘気を探り始める。ハンゾーは闘気の扱いに精通しているとはいえ、その最大観測値は精々半径200メートルほどの円でしかない。その中に対象がいなければ、また移動して探す、という地道な作業を行い続けた。

 しかしようやくその行いの成果が実った。森の中で調査を始めてから、さらに数時間が経ち、ようやく微かではあるが、シオンの闘気を発見したのだ。しかし、それはひどく弱々しく、今まさに命を落としかけているのではないかと思うほどだった。

「ジン様に伝えなければ」

 ハンゾーはそう呟くと、目印をつけながら元来た道を折り返して、ジンを呼びに向かった。

=========================
後書きとして
時間軸的には、
シンラがシオンを誘拐してから
2日後
ディマンがヘルトに接触
その1日後
ジンがオリジンに戻る
さらにその3日後
ハンゾーがシオンを発見
というように、シオンは1週間近くディマンに囚われている感じです。
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