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「現在時点でのめぐちゃんと私。」・其の五

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「あぁ…。まあ、…あの祥太朗先輩だったらやりかねないよねえ…。
あのさ、めぐちゃん、そういう場合は、本当に…全力で止めてやってね?ぶん殴ってくれても…」

「……違う、そういうことが言いたいんじゃない…!」


突然のめぐちゃんの大声に、その場に居合わせた人間が、
「ざあぁっ…」
と、まるで小豆を盛大にぶちまけるような音を立てる感じで、一斉にこちらに注目するのが分かる。

「…ちょっと、めぐちゃん…!」

慌てて抑えに掛かる私を、
めぐちゃんは大きな眼を最大限に吊り上げて睨み付けて来る。

これは、…理由は判明しないが、ともかく彼女が本気で怒ってるという証拠だ。

何だか…仔猫が総身の毛を逆立てて唸ってるみたいで、ある意味、これまた見ていて非常に可愛いのだけれども。


だがしかし。

ここでうっかり
「めぐちゃん、怒っても可愛い…」
などと言うと、ますます事態が拗れるのは目に見えている。


何しろ、この手の状況で、
ご機嫌取りのつもりかは知らないけれど、

迂闊にも「梅津さんは怒り顔も可愛いなあ…」なんぞとニヤけ面を浮べたがために、

めぐちゃんから音を立てて心のシャッターを閉ざされた上に、
そこに鋼鉄製の錠前を取り付けられて、絶対に開閉できないように固定され、

以後、最低限の伝達事項以外は一切口を利いてもらえず、
話し掛けても、少なくとも当分は、常に明ら様に無視される相手と化した面々(主に野郎共)を、
私は軽く片手の指に余る程に知っている。

本当に、そういう対応しちゃ駄目なのだ、こういう場合は。


他人の…少なくとも大事な相手の、
その辺りの機微を全く理解しない、
…正確には、「地雷」と決め付けて、端から理解を放棄する人間は、

いっそ一生不犯の誓いでも立てて、
「特別な関係」は一切持たない方が、結局お互いのためなんじゃないだろうか…と、

…大っぴらには言わないけれども、内心密かにそう思っている。

(実際は、そういった「無神経な相手」からの「被害」に遭った相手の方が、
傷付いた余りに、以降の他人との「特別な関わり」を一切拒絶する…というパターンの方が、
恐らく絶対的に多いのだろうから)



「わかった、わかったよ。私、きちんとめぐちゃんの話聞くから…。だから、とりあえず落ち着こう。ね?
ここ、…大声出すと、他の人の迷惑だしさ…」

「…うん…」


渋々…という感じで、
への字口…と言うよりは、まるで遠見の富士のような形の口元になって黙り込んだめぐちゃんに、

私はすかさずバッグの中の飴ポーチから、パイン飴をふたつ取り出して、
ひとつをめぐちゃんに「まあおひとつ」と差し出す。


とりあえず、当座の精神安定には甘い物が効く。



「……ごめん、今ダイエット中…」

「ええー?そうなんだ。ごめんね?
いやさあ、…一人で飴食べてるの何だか寂しいからさ、めぐちゃんも付き合ってくれると嬉しいなー、なんて思って。
…あ、ノンシュガーののど飴もあるよ?」

「…じゃあ、…ノンシュガーののど飴、もらう…」


暫しの間、お互いに無言のまま、かりこりと飴を舐める。

何やら昔…私達の小中高生時分にも、こういうことがたびたびあったような気がした。
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