24 / 28
駅前のカラオケルームにて(二十二)・河近家への「入城」
しおりを挟む
エレベーターが目的の五階に着くと、青司君は先に立って箱から降りて扉を押さえて、「どうぞー」って軽い口調で言いながら、私にも箱から降りるように促しました。促されるままに、私が箱からマンションの最上階の廊下に降り立つと、青司君は私の先に立って、エレベーターを出た廊下を左手に折れた一番奥、鉄線入りの大きなガラス窓の嵌まった、外に向かう非常口のある突き当たりの、その手前にある部屋のドアの前に立って、ダウンジャケットのポケットからもう一度、さっきの収納式のキーホルダーを出して、先程とは別の鍵を選り出すと、ドアの鍵を開け扉を開いて、少し離れて立っていた私に向かって、「立花サン、ようこそ我が家へ」って、執事の真似事みたいな身振りで、私に部屋の中に入るよう示しました。
お邪魔します、と、私が少し背を屈めながら中に入って、玄関のたたきで、学校指定の黒のローファーを脱いで上がり框に上がり、脱いだ靴を揃える間、青司君はずっと部屋の外の廊下に立って、ドアの取っ手に手を掛けて、扉を「『え』口」、…あ、半開き…って言うか、…例えば、お鍋におたまを入れたまま蓋をしたような状態のことを、祖母はそう呼んでいて、要するに、「中途半端に開いたままの状態」のことを、そういう風に表現するんですけれど、…ともかく、その「『え』口」の状態にしたまま、妙に緊張感を漂わせて、部屋の外を警戒している様子でした。私が無事上がり框に上がるのを横目で見届けてから、やっと玄関の中に入ってきましたけれど、怪訝な面持ちで自分の方を見ている私に気が付いたらしく、「大丈夫、何でもないよー。…立花サン、靴揃えるなんて偉いよね。やっぱ『お育ち』かなあ…」って、何だか、何かを誤魔化すように言いながら、自分もスニーカーを脱いで上がり框に上がりました。
青司君が、帽子と上着を脱いで、玄関先のハンガーに掛けながら、「アネさーん、お客様一名様、無事ご案内だぜー」って、部屋の廊下の奥の、どうやら、リビングダイニングにでも続くらしい、擦りガラス…じゃなくて、何と言えば良いのか、表面に細かい波の入ったガラスの嵌まったドアの方に向かって呼ばわると、ドアの向こうからは間髪を入れずに「グテイ!何だお客人の前で!?うちは居酒屋じゃねえ!!」…っていう、何と言うか、…ややのどかな雰囲気の青司君の口調とは対象的な、非常に威勢の良い若い女性の声が、ちょうど緩目のアンダーハンドを、バットの真芯で捉えて思い切り打ち返して来るような具合で返って来て、その、例の廊下の奥のドアが勢い良く開いたかと思うと、声の主と覚しきうら若い女性、…シャギーの入った黒髪セミロングに卵形の顔、やや切れ長の大きな眼、つんとした鼻に、幾分ぼってりした小振りの口元…っていう、少しばかり「ギャル入ってる」印象の、援助交際疑惑っていう「妄想」が生まれるのも宜なるかなと思われるような雰囲気を持つ、私と同学年は同学年ですけれど、少なくとも、当時の私よりはずっと大人びた容姿容貌の女の子が姿を現しました。
彼女が今さっき言ってた「グテイ」って、「愚弟」のこと?…って、ようやく思い当たって、その遠慮のない二人称に少しばかり毒気を抜かれて、ひたすらぽかんと廊下に突っ立っている私の姿を認めると、その、見るからに海外スポーツブランドの品物と解るジャージの上下の彼女、…話題の河近紅麗さんは、青司君と良く似た感じの「にっ」という笑い方に、弟さんよりも、更に華やかさという要素を大幅に加味した、ちょうど今、芍薬の花が開いたというかのような笑顔を、惜し気もなく私の方に向けてきました。私の方はと言うと、…青司君が悪戯好きの小鬼…って言うよりは、むしろ妖精、例えば『テンペスト』のエアリアルなら、こちらは、プロスペローの娘ミランダみたいな、その妖精を使役する、血筋の良い、実力派のうら若き美貌の魔女だな、…などと心の中で呟きながら、「…お邪魔します…」って軽く頭を下げてみせました。その時の自分の声は、初心者の鳴らす管楽器の音みたいに安定しない、我ながら情けない響きでしたし、無理矢理に浮かべたお愛想笑いも、きっと盛大に引き吊っていたこととは思いますけれど。
河近姉弟二人に護衛されるように前後を挟まれて、…先払いがお姉さんの河近紅麗さん、殿が弟さんの河近青司君という、…さすがに「下に、下に」という声は掛かりませんでしたけれど、その厳重な護衛の下で、私は河近家のリビングに無事入城しました。ただ…この「供揃い」は、私の気が変わって、回れ右して玄関から外に飛び出すのを阻止する役目もあるのでは、とも思われました。昔のお殿様も、きっと楽じゃなかったんだろうな、…と、見も知らない相手の苦労に思いを馳せて、ひとつ溜め息を吐こうとしたタイミングで、河近さん…河近姉弟の、姉の方の紅麗さんが、ひょいと私の方を振り向いたので、私はうっかりその溜め息を逆に飲み込んでしまい、思わず知らず、私の喉で「ひょっ…」という変な音が鳴りました。
お邪魔します、と、私が少し背を屈めながら中に入って、玄関のたたきで、学校指定の黒のローファーを脱いで上がり框に上がり、脱いだ靴を揃える間、青司君はずっと部屋の外の廊下に立って、ドアの取っ手に手を掛けて、扉を「『え』口」、…あ、半開き…って言うか、…例えば、お鍋におたまを入れたまま蓋をしたような状態のことを、祖母はそう呼んでいて、要するに、「中途半端に開いたままの状態」のことを、そういう風に表現するんですけれど、…ともかく、その「『え』口」の状態にしたまま、妙に緊張感を漂わせて、部屋の外を警戒している様子でした。私が無事上がり框に上がるのを横目で見届けてから、やっと玄関の中に入ってきましたけれど、怪訝な面持ちで自分の方を見ている私に気が付いたらしく、「大丈夫、何でもないよー。…立花サン、靴揃えるなんて偉いよね。やっぱ『お育ち』かなあ…」って、何だか、何かを誤魔化すように言いながら、自分もスニーカーを脱いで上がり框に上がりました。
青司君が、帽子と上着を脱いで、玄関先のハンガーに掛けながら、「アネさーん、お客様一名様、無事ご案内だぜー」って、部屋の廊下の奥の、どうやら、リビングダイニングにでも続くらしい、擦りガラス…じゃなくて、何と言えば良いのか、表面に細かい波の入ったガラスの嵌まったドアの方に向かって呼ばわると、ドアの向こうからは間髪を入れずに「グテイ!何だお客人の前で!?うちは居酒屋じゃねえ!!」…っていう、何と言うか、…ややのどかな雰囲気の青司君の口調とは対象的な、非常に威勢の良い若い女性の声が、ちょうど緩目のアンダーハンドを、バットの真芯で捉えて思い切り打ち返して来るような具合で返って来て、その、例の廊下の奥のドアが勢い良く開いたかと思うと、声の主と覚しきうら若い女性、…シャギーの入った黒髪セミロングに卵形の顔、やや切れ長の大きな眼、つんとした鼻に、幾分ぼってりした小振りの口元…っていう、少しばかり「ギャル入ってる」印象の、援助交際疑惑っていう「妄想」が生まれるのも宜なるかなと思われるような雰囲気を持つ、私と同学年は同学年ですけれど、少なくとも、当時の私よりはずっと大人びた容姿容貌の女の子が姿を現しました。
彼女が今さっき言ってた「グテイ」って、「愚弟」のこと?…って、ようやく思い当たって、その遠慮のない二人称に少しばかり毒気を抜かれて、ひたすらぽかんと廊下に突っ立っている私の姿を認めると、その、見るからに海外スポーツブランドの品物と解るジャージの上下の彼女、…話題の河近紅麗さんは、青司君と良く似た感じの「にっ」という笑い方に、弟さんよりも、更に華やかさという要素を大幅に加味した、ちょうど今、芍薬の花が開いたというかのような笑顔を、惜し気もなく私の方に向けてきました。私の方はと言うと、…青司君が悪戯好きの小鬼…って言うよりは、むしろ妖精、例えば『テンペスト』のエアリアルなら、こちらは、プロスペローの娘ミランダみたいな、その妖精を使役する、血筋の良い、実力派のうら若き美貌の魔女だな、…などと心の中で呟きながら、「…お邪魔します…」って軽く頭を下げてみせました。その時の自分の声は、初心者の鳴らす管楽器の音みたいに安定しない、我ながら情けない響きでしたし、無理矢理に浮かべたお愛想笑いも、きっと盛大に引き吊っていたこととは思いますけれど。
河近姉弟二人に護衛されるように前後を挟まれて、…先払いがお姉さんの河近紅麗さん、殿が弟さんの河近青司君という、…さすがに「下に、下に」という声は掛かりませんでしたけれど、その厳重な護衛の下で、私は河近家のリビングに無事入城しました。ただ…この「供揃い」は、私の気が変わって、回れ右して玄関から外に飛び出すのを阻止する役目もあるのでは、とも思われました。昔のお殿様も、きっと楽じゃなかったんだろうな、…と、見も知らない相手の苦労に思いを馳せて、ひとつ溜め息を吐こうとしたタイミングで、河近さん…河近姉弟の、姉の方の紅麗さんが、ひょいと私の方を振り向いたので、私はうっかりその溜め息を逆に飲み込んでしまい、思わず知らず、私の喉で「ひょっ…」という変な音が鳴りました。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
三年分の涙を飲み込んで離婚を決めた私に、今さら愛してると言わないでください
まさき
恋愛
「別れてください」
笑顔で、声を震わせずに、澄花はそう言った。
三年間、夫の隣に立ち続けた。残業続きの夫を待ち、不満を飲み込み、完璧な妻を演じた。幼なじみの麗奈が現れるまでは、それが愛だと信じていた。
嫉妬も、怒りも、とうに泣き尽くしていた。残ったのは、静かな決意だけだった。
離婚届を差し出した翌朝、夫・誠は初めて泣いた。
――遅すぎる。三年分、遅すぎる。
幼なじみに夫を奪われかけた妻が、すべてを手放す覚悟をしたとき、夫はようやく目を覚ます。泣き終わった女の強さと、取り戻せないものの重さを描く、夫婦の崩壊と再生の物語。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
さようなら、私の初恋
しょくぱん
恋愛
「さよなら、私の初恋。……もう、全部お返しします」
物心ついた時から、彼だけが世界のすべてだった。 幼馴染の騎士団長・レオンに捧げた、十数年の純粋な初恋。 彼が「無敵」でいられたのは、アリアが無自覚に与え続けた『治癒の加護』があったから。
だが婚約直前、アリアは知ってしまう。 彼にとって自分は、仲間内で競い合う「賭けの対象」でしかなかったことを。
「あんな女、落とすまでのゲームだよ」
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる