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43.咆哮
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夜の闇を引き裂く声が聞こえた。それが獣の咆吼にも似た声だと気づくモノはいなかった。山の奥から聞こえるその声に、村の人々はただ、獣が遠吠えでもしているのだろうと片づけた。誰も真実を知らぬまま、咆吼が闇夜を引き裂いていく。
連日魔力の薄い地帯を歩き続けた所為で消耗した邪神は、瞑想という名の浅い睡眠状態に陥っていた。山の頂にある風の祭壇を目指す最中の事である。山の中腹辺りで野宿をする事になった彼等は、勇者が眠りにつき邪神が瞑想を初め、陽が落ちるよりも先に視界を閉ざしていた。
その夜、闇を引き裂く咆吼が響いていた。浅い睡眠にも似ていながら、瞑想中の邪神の耳に、外部の音は聞こえる事はなかった。だが、その精神の琴線に触れる何かがあった。呼ばれているような錯覚を邪神は覚え、うっすらと目を開ける。
意識が急速に覚醒する仲で、彼は理解した。それは声だった。獣の咆吼に良く似た、人間の声だ。誰の声だと考えるより先に、視界の片隅に主を持たぬ寝袋が見えた。まだ霞みがかっていた邪神の意識が、完全に目覚める。
荷物が置いてある事を確認して、邪神は洞窟を出た。声が、風に乗って四方八方へと広がっている。しかし邪神はその中から中心を探し出し、声の主の元へと急いだ。
泣いているような声だった。感情のすべてをぶつけるような声だった。人間らしい洗練されたモノがない。全ての感情を混ぜ合わせた、複雑に混ざり合った声だった。だからこそそれは、獣の咆哮にも似ているのだ。
「フーア!」
強すぎる風に負けぬように叫んだ邪神の声は、勇者には届かない。大地に膝をつき、天を仰ぎ、感情のすべてを声に変えて、何かに向けて叫び続けている。それは言葉ではなく、声だった。声と言うよりはむしろ、音だった。
人間性の欠落。人間としての何かを失った歪さ。それが目の前に広げられている。何がこれ程までに勇者の心を乱しているのか。世界救済まで後一歩のところで、何を取り乱すのか。邪神には、何一つ解らなかった。
ゆっくりと、邪神は勇者に歩み寄った。膝をついた状態の少年の肩に、掌を置く。しばらく、彼は邪神に気づけなかった。ようやっと自我が戻ってきたのか、ゆっくりと背後を振り返る。視界を満たした白銀の輝きに、勇者は目を見張る。
「……アズル?」
「こんな夜中にお前は何をしている。」
「…………あ、いや……。少し……不安で……。」
「…………不安?」
「解りきってる事だった。だから、良いんだ。だけど、少し不安で、怖くて、俺は……。」
ぽつりと呟かれた言葉の意味を、邪神は理解できなかった。何が、この勇者を追いつめているのか。世界全てを支配できるだけの強さを持っている、勇者。その彼が、一体何に怯えるのか、邪神には解らなかった。
ぎこちなく、勇者は笑った。もう大丈夫だと、信憑性に欠ける笑みで笑った。だが、邪神はその言葉を信じるしかなかった。信じている振りをする事しか、できなかった。
そうでなければ、この勇者は傷つくのだ。決して長いわけではない付き合いのウチで、邪神はそれに気付いていた。本心を言えば、何をふざけた事をという気持ちでいっぱいだったが。それでも彼は、あえて信じた振りをした。
迫り来る終わりの時に勇者は怯え、邪神は何も知らず、だからこそ決断の時は、無情にも訪れるのであった…………。
連日魔力の薄い地帯を歩き続けた所為で消耗した邪神は、瞑想という名の浅い睡眠状態に陥っていた。山の頂にある風の祭壇を目指す最中の事である。山の中腹辺りで野宿をする事になった彼等は、勇者が眠りにつき邪神が瞑想を初め、陽が落ちるよりも先に視界を閉ざしていた。
その夜、闇を引き裂く咆吼が響いていた。浅い睡眠にも似ていながら、瞑想中の邪神の耳に、外部の音は聞こえる事はなかった。だが、その精神の琴線に触れる何かがあった。呼ばれているような錯覚を邪神は覚え、うっすらと目を開ける。
意識が急速に覚醒する仲で、彼は理解した。それは声だった。獣の咆吼に良く似た、人間の声だ。誰の声だと考えるより先に、視界の片隅に主を持たぬ寝袋が見えた。まだ霞みがかっていた邪神の意識が、完全に目覚める。
荷物が置いてある事を確認して、邪神は洞窟を出た。声が、風に乗って四方八方へと広がっている。しかし邪神はその中から中心を探し出し、声の主の元へと急いだ。
泣いているような声だった。感情のすべてをぶつけるような声だった。人間らしい洗練されたモノがない。全ての感情を混ぜ合わせた、複雑に混ざり合った声だった。だからこそそれは、獣の咆哮にも似ているのだ。
「フーア!」
強すぎる風に負けぬように叫んだ邪神の声は、勇者には届かない。大地に膝をつき、天を仰ぎ、感情のすべてを声に変えて、何かに向けて叫び続けている。それは言葉ではなく、声だった。声と言うよりはむしろ、音だった。
人間性の欠落。人間としての何かを失った歪さ。それが目の前に広げられている。何がこれ程までに勇者の心を乱しているのか。世界救済まで後一歩のところで、何を取り乱すのか。邪神には、何一つ解らなかった。
ゆっくりと、邪神は勇者に歩み寄った。膝をついた状態の少年の肩に、掌を置く。しばらく、彼は邪神に気づけなかった。ようやっと自我が戻ってきたのか、ゆっくりと背後を振り返る。視界を満たした白銀の輝きに、勇者は目を見張る。
「……アズル?」
「こんな夜中にお前は何をしている。」
「…………あ、いや……。少し……不安で……。」
「…………不安?」
「解りきってる事だった。だから、良いんだ。だけど、少し不安で、怖くて、俺は……。」
ぽつりと呟かれた言葉の意味を、邪神は理解できなかった。何が、この勇者を追いつめているのか。世界全てを支配できるだけの強さを持っている、勇者。その彼が、一体何に怯えるのか、邪神には解らなかった。
ぎこちなく、勇者は笑った。もう大丈夫だと、信憑性に欠ける笑みで笑った。だが、邪神はその言葉を信じるしかなかった。信じている振りをする事しか、できなかった。
そうでなければ、この勇者は傷つくのだ。決して長いわけではない付き合いのウチで、邪神はそれに気付いていた。本心を言えば、何をふざけた事をという気持ちでいっぱいだったが。それでも彼は、あえて信じた振りをした。
迫り来る終わりの時に勇者は怯え、邪神は何も知らず、だからこそ決断の時は、無情にも訪れるのであった…………。
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