44 / 53
43.咆哮
しおりを挟む
夜の闇を引き裂く声が聞こえた。それが獣の咆吼にも似た声だと気づくモノはいなかった。山の奥から聞こえるその声に、村の人々はただ、獣が遠吠えでもしているのだろうと片づけた。誰も真実を知らぬまま、咆吼が闇夜を引き裂いていく。
連日魔力の薄い地帯を歩き続けた所為で消耗した邪神は、瞑想という名の浅い睡眠状態に陥っていた。山の頂にある風の祭壇を目指す最中の事である。山の中腹辺りで野宿をする事になった彼等は、勇者が眠りにつき邪神が瞑想を初め、陽が落ちるよりも先に視界を閉ざしていた。
その夜、闇を引き裂く咆吼が響いていた。浅い睡眠にも似ていながら、瞑想中の邪神の耳に、外部の音は聞こえる事はなかった。だが、その精神の琴線に触れる何かがあった。呼ばれているような錯覚を邪神は覚え、うっすらと目を開ける。
意識が急速に覚醒する仲で、彼は理解した。それは声だった。獣の咆吼に良く似た、人間の声だ。誰の声だと考えるより先に、視界の片隅に主を持たぬ寝袋が見えた。まだ霞みがかっていた邪神の意識が、完全に目覚める。
荷物が置いてある事を確認して、邪神は洞窟を出た。声が、風に乗って四方八方へと広がっている。しかし邪神はその中から中心を探し出し、声の主の元へと急いだ。
泣いているような声だった。感情のすべてをぶつけるような声だった。人間らしい洗練されたモノがない。全ての感情を混ぜ合わせた、複雑に混ざり合った声だった。だからこそそれは、獣の咆哮にも似ているのだ。
「フーア!」
強すぎる風に負けぬように叫んだ邪神の声は、勇者には届かない。大地に膝をつき、天を仰ぎ、感情のすべてを声に変えて、何かに向けて叫び続けている。それは言葉ではなく、声だった。声と言うよりはむしろ、音だった。
人間性の欠落。人間としての何かを失った歪さ。それが目の前に広げられている。何がこれ程までに勇者の心を乱しているのか。世界救済まで後一歩のところで、何を取り乱すのか。邪神には、何一つ解らなかった。
ゆっくりと、邪神は勇者に歩み寄った。膝をついた状態の少年の肩に、掌を置く。しばらく、彼は邪神に気づけなかった。ようやっと自我が戻ってきたのか、ゆっくりと背後を振り返る。視界を満たした白銀の輝きに、勇者は目を見張る。
「……アズル?」
「こんな夜中にお前は何をしている。」
「…………あ、いや……。少し……不安で……。」
「…………不安?」
「解りきってる事だった。だから、良いんだ。だけど、少し不安で、怖くて、俺は……。」
ぽつりと呟かれた言葉の意味を、邪神は理解できなかった。何が、この勇者を追いつめているのか。世界全てを支配できるだけの強さを持っている、勇者。その彼が、一体何に怯えるのか、邪神には解らなかった。
ぎこちなく、勇者は笑った。もう大丈夫だと、信憑性に欠ける笑みで笑った。だが、邪神はその言葉を信じるしかなかった。信じている振りをする事しか、できなかった。
そうでなければ、この勇者は傷つくのだ。決して長いわけではない付き合いのウチで、邪神はそれに気付いていた。本心を言えば、何をふざけた事をという気持ちでいっぱいだったが。それでも彼は、あえて信じた振りをした。
迫り来る終わりの時に勇者は怯え、邪神は何も知らず、だからこそ決断の時は、無情にも訪れるのであった…………。
連日魔力の薄い地帯を歩き続けた所為で消耗した邪神は、瞑想という名の浅い睡眠状態に陥っていた。山の頂にある風の祭壇を目指す最中の事である。山の中腹辺りで野宿をする事になった彼等は、勇者が眠りにつき邪神が瞑想を初め、陽が落ちるよりも先に視界を閉ざしていた。
その夜、闇を引き裂く咆吼が響いていた。浅い睡眠にも似ていながら、瞑想中の邪神の耳に、外部の音は聞こえる事はなかった。だが、その精神の琴線に触れる何かがあった。呼ばれているような錯覚を邪神は覚え、うっすらと目を開ける。
意識が急速に覚醒する仲で、彼は理解した。それは声だった。獣の咆吼に良く似た、人間の声だ。誰の声だと考えるより先に、視界の片隅に主を持たぬ寝袋が見えた。まだ霞みがかっていた邪神の意識が、完全に目覚める。
荷物が置いてある事を確認して、邪神は洞窟を出た。声が、風に乗って四方八方へと広がっている。しかし邪神はその中から中心を探し出し、声の主の元へと急いだ。
泣いているような声だった。感情のすべてをぶつけるような声だった。人間らしい洗練されたモノがない。全ての感情を混ぜ合わせた、複雑に混ざり合った声だった。だからこそそれは、獣の咆哮にも似ているのだ。
「フーア!」
強すぎる風に負けぬように叫んだ邪神の声は、勇者には届かない。大地に膝をつき、天を仰ぎ、感情のすべてを声に変えて、何かに向けて叫び続けている。それは言葉ではなく、声だった。声と言うよりはむしろ、音だった。
人間性の欠落。人間としての何かを失った歪さ。それが目の前に広げられている。何がこれ程までに勇者の心を乱しているのか。世界救済まで後一歩のところで、何を取り乱すのか。邪神には、何一つ解らなかった。
ゆっくりと、邪神は勇者に歩み寄った。膝をついた状態の少年の肩に、掌を置く。しばらく、彼は邪神に気づけなかった。ようやっと自我が戻ってきたのか、ゆっくりと背後を振り返る。視界を満たした白銀の輝きに、勇者は目を見張る。
「……アズル?」
「こんな夜中にお前は何をしている。」
「…………あ、いや……。少し……不安で……。」
「…………不安?」
「解りきってる事だった。だから、良いんだ。だけど、少し不安で、怖くて、俺は……。」
ぽつりと呟かれた言葉の意味を、邪神は理解できなかった。何が、この勇者を追いつめているのか。世界全てを支配できるだけの強さを持っている、勇者。その彼が、一体何に怯えるのか、邪神には解らなかった。
ぎこちなく、勇者は笑った。もう大丈夫だと、信憑性に欠ける笑みで笑った。だが、邪神はその言葉を信じるしかなかった。信じている振りをする事しか、できなかった。
そうでなければ、この勇者は傷つくのだ。決して長いわけではない付き合いのウチで、邪神はそれに気付いていた。本心を言えば、何をふざけた事をという気持ちでいっぱいだったが。それでも彼は、あえて信じた振りをした。
迫り来る終わりの時に勇者は怯え、邪神は何も知らず、だからこそ決断の時は、無情にも訪れるのであった…………。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
王家も我が家を馬鹿にしてますわよね
章槻雅希
ファンタジー
よくある婚約者が護衛対象の王女を優先して婚約破棄になるパターンのお話。あの手の話を読んで、『なんで王家は王女の醜聞になりかねない噂を放置してるんだろう』『てか、これ、王家が婚約者の家蔑ろにしてるよね?』と思った結果できた話。ひそかなサブタイは『うちも王家を馬鹿にしてますけど』かもしれません。
『小説家になろう』『アルファポリス』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる