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こちら転生管理局記録課!

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 異世界転生。
 その言葉に夢を膨らませる若者は、とある世界には多数いるのかも知れない。ありとあらゆる夢を詰め込んだと思う者も多いかも知れない。だがしかし、実はそんな異世界転生を管理する、転生管理局なんていう場所があることを知っている者は、実際に転生を経験した者の中でも一部だろう。
 転生管理局とは、その名前の通り、転生を管理する場所だ。本来ならば転生とはその世界において循環するものであり、管理局など存在しなくとも、世界と魂の相互干渉によって速やかに行われる。ならば何故転生管理局が存在するのか。それは実に単純だ。転生管理局は、サポートするための部署なのだから。

「醤油取ってー」
「何でコロッケに醤油かけようとすんだよ。コロッケにはソースだろ」
「個人の好みに文句言ってるんじゃ無いわよ。あと、コロッケはそのままでも味があるでしょ」
「俺は醤油かけたいの。取って」
「へいへい」

 さて、その転生管理局において、通称《窓際》などと呼ばれている部署がある。それがここ、転生管理局記録課だった。
 現在暢気に昼食タイムを楽しんでいる男女が数名。彼らがこの転生管理局記録課に勤務する職員の、ほんの一部だった。記録課は、《窓際》と言われていることから察していただけるように、立身出世とはほど遠い部署だった。特に張り切るような仕事もなく、日々ルーチンワークをこなすだけの、のんびりとした部署だ。それ故に上昇志向の強いエリート達には不人気だ。
 ……一応ここだって、転生管理局というお役所系の中ではハイパーエリート扱いされる場所の一つではあるのだが。
 とはいえ、周りが《窓際》と貶んでいるからと言って、働いている者達がそう思っているかと言えば、そうでもない。面倒くさい出世街道も、上司へのご機嫌伺いも、身を粉にして残業で必死に働くのも、全部面倒くさいと思うメンツにとっては、ここはある意味天国だった。微妙にブラックな部分のある転生管理局において、ほぼ唯一レベルで福利厚生が完璧過ぎる部署なのだ。
 まず、勤務は一日8時間で、週休2日。ただしこの部署は24時間365日休むことが許されないので、シフト制だ。その代わり、絶対に規定通りの休日を入れなければならない。そして残業は殆どない。存在しない。何故ならば、シフト制の利点をフル活用して、常に人員に余裕がある状態で回しているからだ。時間が来たら交代して退社。それだけだ。

 また、勤務自体も難しくはない。

 転生管理局はその名の通り異世界転生を司る役所だが、お迎え課や引き渡し課、調整課などの直接転生者本人と出会って、そのサポートを甲斐甲斐しく行う花形部署と違って、彼らの仕事は記録。日がな一日、モニターに映し出される転生者の日常を眺め、大きなイベントのあった場合のみ記録するという、大変簡単なお仕事。……つまり、彼らは毎日リアルタイムのラノベを見て、特徴的な部分だけ抜き出して記録するという、とても羨ましいお仕事をしていた。
 それを出世に役立たない《窓際》と言われてしまうのだが、彼らは気にしない。気にする必要は無い。何故ならば、彼らは日々を楽しんで生きているからだ。

「そうそう、昨日から視てる奴なんだけど、結構面白いぞ」
「どの辺が?」
「チート補正無しでサバゲーのノリ満載な世界に放り込まれた女の子」
「うわ、それ結構可哀想じゃないの?生きてる?」
「生きてる、生きてる。何か、重火器マニア?だったみたいで、すっげー勢いで重火器の扱い覚えて、「リトル」って呼ばれてめっちゃ恐れられてる」
「……何で恐れられてるのにあだ名が「リトル」……」
「転生前は10代後半だったけど、転生後は10歳児だったから」
「「理解した」」

 可愛い見た目で重火器ぶっ放し、並み居る敵兵をぶっ飛ばしまくる10歳児。サバゲーノリと言っていることから、その世界で重火器で攻撃されても死なないそうだが、死なないからってそれでもアレだろう。なお、死なない理由は、バトルフィールドには特殊な地場が発生するので、そこで負った傷は外に出れば無かったことになるのだとか。異世界は何でもありなので、細かいことは気にしてはいけない。
 最近の女の子は強いわねぇ、と呟く声が相次いだ。異世界転生して、武器満載の世界に放り込まれても、それに適応できるというのは素晴らしい。……中には適応できずに、そのまま即座に死んでしまうような人物も多いのだ。

「適応と言えば、地球系の人間は適応が早いよな」
「言えてる。それは本当に思うわ」
「特にえーっと、地球系の日本人?は適応率が異常に高いよね。どの世界から来ても」
「「それな」」

 ビッと箸やフォーク、ナイフなどの使っていた道具で宙を指すような仕草をする一同。まさにその通りだった。地球系と言われる、太陽系第三惑星地球を母星とする世界の面々は、割と異世界転生をあっさりと受け入れてしまう。科学が発達した世界、戦争が起った世界、起きなかった世界、様々な差違はあっても、とりあえず、地球系とくくられる世界からやってくる面々は、異世界転生への適応率が物凄く高かった。
 更に言えば、日本人と呼ばれる存在はそれが顕著だった。世界によってはジャポネとかジパング人とか色々だが、とりあえず、極東の島国を出身地とする黄色人種達は、何か解らないが異世界転生への理解が早い。早すぎて、別の意味で怖い。

「でも、あいつら適応率高すぎて、お迎え課が困ってたぞ」
「お迎え課はまだ良いだろ。「○○な世界への転生お願いします!」ぐらいですむし」
「そうそう。大変なのは調整課じゃない~?」
「あいつら花形部署なのに、最近、「地球系の日本人の相手は疲れる」ってぼやいてたもんな」
「知識があると、こちらに要求する情報も多いからでしょうねぇ」
「「流石日本人」」
 
 褒めてるのか褒めていないのか、彼らはうんうんとうなずき合っていた。なお、彼らは地球系の日本人が大好きだ。彼らはラノベのテンプレとも言える異世界転生が好きで、その世界で上手に適応して、人によってははっちゃけて生きてくれる。モニターを見ている彼らとしても、地味な人生より大変楽しい。一種の娯楽扱いしているが、彼らにとって仕事は娯楽なので仕方ない。
 とはいえ、地球系日本人の転生時における適応能力の高さは、お迎えに行った瞬間とか、転生前の調整作業の時とかに既に発揮されているパターンが多いらしく、担当を大いに泣かせているのだ。普通、混乱のまっただ中にあるはずなのに、的確に自分に必要なアレソレを求めてきたりしない。



――なるほど。異世界転生ですか。では、いただけるスキル一覧などありましたらカタログ下さい。



 とか言い出して、スキル一覧とにらめっこしたあげく、隅っこに隠されていた最強チート系を発見して、とても素敵な笑顔で「一つだけというなら、是非ともこのスキルを」とか言っちゃう系もいるらしい。何で見つけたと問いかけたかったとは担当した調整課職員の嘆きである。
 ……そのスキル、普通の人間に付けるようなのじゃないし、それ持って行かれると転生した先の異世界でパワーバランスめっちゃ壊れると嘆きまくっていたが、当人は意気揚々と転生していったそうな。なお、そのおかげかチートスキルで無双でヒャッハー系のお話として、記録課では大変楽しませて貰っている。



――どうせなら、転生先の種族や身分を選ぶことは出来ますか?衣食住の保証や、その後の身の安全が確保できるのが望ましいのですが。



 言っていることは慎ましやかだが、その要求する水準が色々オカシイのはお約束だ。というか、地球系日本人は豊かで安全で生活水準が高度な世界に住んでいる場合が多いので、求めてくる「普通の生活」が異世界基準ではかなりハイスペックになることが多い。
 ……気づいて欲しい。例えば、中世風ファンタジー世界でいうなら、水道とか風呂とかがあるのは金持ちぐらいだ。
 結果として、それなりの身分とか、身体能力が元々高い種族とかに転生していくらしいが、元と違いすぎるところへ転生させるのは、魂を調整する必要があるので、やっぱり調整課の職員が泣いている。おかしい。彼らは花形部署だったはずなのに、地球系日本人のせいで、哀れな中間管理職とかにしか見えない。
 ちなみに、そうやって必要最低限の生活水準を確保した彼らは、より豊かな生活を求めて現代知識や自分の欲求の赴くままに色々改革していくので、記録課はたいへん楽しんでいる。彼らの存在で、文明レベルがぽっぽこ変動していくのだ。楽しい以外の何でも無い。だって記録課は視ているだけで良いのだから。

 ちなみに、調整課の職員を1番泣かせているのは、そんなフリーダムな地球系日本人ではない。

 彼らを1番泣かせているのは、「あ、この魂気に入ったからうちに転生させるね!」と正規の手順を踏まずに、上位管理者権限でちゃっちゃと連れて行っちゃう超次元生命体、いわゆる神様達だった。職員達は高次元生命体であるが、そのさらに上の存在である超次元生命体、通称・神様に勝てるわけが無いので、泣く泣くその尻ぬぐいをしているのだ。
 ……アレ?おかしいな。転生管理局はエリートの集まりで、お迎え課や調整課はその中でも花形の筈なのに、実態を紐解いていくと、何だかちょっと可哀想な姿しか出てこない。何故だろうか。
 多分、全部神様が悪いのだ。神様が心優しいなんて誰が決めた。彼らには下位の存在の感情や感覚などわからないので、良かれと思って暴走するのはお約束だ。よく考えよう。一神教だと自分を認めない系はぶちのめすし、多神教だと人間より人間味溢れてて面倒くさい。それが神様だ。
 そして、この記録課の面々は、そんなことは百も承知で、神様達の暴走すら含めて楽しんでいる。彼らにとっては全てが楽しい娯楽のスパイスだ。あぁ、何てフリーダムな職員達だろうか。他人が《窓際》と呼ぶ部署で、彼らは今日も生き生きと生活している。……自由すぎるぞ、記録課職員。

「個人的に思うのだけど、地球系日本には、転生者がいるんじゃないかしら?」
「んー?」
「あまりにも、転生に詳しいじゃない?アレが全て想像の産物だとしたら、凄いわよ」
「いや、俺は逆に、全部想像の産物でも不思議じゃ無いと思う」
「「何で?」」

 大真面目な顔で呟いた同僚に皆の視線が集中する。そんな同僚達を見ながら、彼はきっぱりと言い切った。物凄くきっぱりと。



「あの民族の魔改造レベルなら、想像力はたくましそうだ」




「……あ、どうしよう。否定できない」
「同じく」
「凄いよなぁ。異世界でも魔改造しまくるもんなぁ」

 もっとも、それで楽しませて貰っている彼らなので、何一つ問題は無いのだけれど。ただ時々、その魔改造が暴走して、すっごいものを作り上げたりしちゃうと、記録を取らなければいけなくなって、仕事が増えるだけだ。まぁ、楽しませてもらっているから良いか、と彼らはさっくり割り切った。
 ……割り切ってしまえるから、この部署で働けるのだ。

「そういえば、愉快な話が一つ」
「愉快?」
「とある転生者のお嬢ちゃんが、うちで働きたいって言い出した、らしい」
「「はぁ?」」

 あまりにも想定外の情報に、彼らは思わずぽかんとした。大抵のことは笑って流せる図太い面々が、思わず呆気に取られてしまう事案であった。何を言っているのか解らなかった。
 転生者が、この部署で、働きたい?単語で区切って考えて見ても、理解不能だった。詳しい説明をしろと視線を向けられた人物は、こくりと頷くと、コロッケを咀嚼してから口を開いた。

「この間やってきた転生者のお嬢ちゃんがさ、「転生先に融通をしていただけるなら、むしろこちらで働かせていただきたいのですが」って言ってきたらしい」
「そんな希望通るのかよ」
「彼女の場合は、通る」
「え?」
「通っちゃうんだよ。…………どっかの神様がうっかりポカやらかした巻き込まれで死亡してからの転生だから」
「「うわぁ……」」

 どうやら、たまにある、「神様のうっかり」に巻き込まれたケースだったらしい。次元の狭間に落ちてきたとか、迷い込んだとか、そういうのならまだ事故と言えるのだ。だがしかし、超次元生命体の神様達は、それだけに大雑把な人もいて、時々こうやって「本来なら死なないはずの人間が死ぬ」という最悪のケースを引っ張り出す。
 そして、「それならうちの世界で責任持って転生させてあげるよ☆チートも付けて☆」とかやっちゃう系神様が多いのも事実だった。調整課とか管理課とかが泣きを見るのだが、記録課は知ったこっちゃない。彼らにとってはやっぱりそれも楽しいことだ。
 だがしかし、今回はちょっと毛色が違った。ここで働きたいとはいかに?である。

「何でも、うちにどんな部署があるかを丁寧に説明したらしいんだよ、お迎え課が」
「何で」
「神様に、彼女の質問にはなるべく答えてやってくれって言われたらしい」
「……お迎え課、最近マジで可哀想じゃね?ちなみに、その彼女ももしかして」
「ご明察。地球系日本人だ。しかも、ラノベで異世界転生モノが溢れてる世界からのお越しだぞ~」
「「うわぁ」」

 ご愁傷様、と彼らは不憫なお迎え課や調整課を拝んだ。彼ら記録課は他人事ですんでいるが、実際に転生者の直接的な管理に携わる者達はたまったものでは無いだろう。……花形部署だったはずなのになぁ、と彼らは遠い目をした。流石にちょっと可哀想だ。
 
「つっても、その彼女は人間だろ?うちの職員になるには、高次元生命体にならんとダメだろうがよ」
「だから、その適性があるか調べるらしい」
「もう何でもありだな」
「神様が絡んだら、仕方ないわ」
「……確かに」

 超次元生命体と言う名の神様達は、彼ら役所の職員にとっては、どうやったって頭が上がらない上司みたいなものだ。言うならば役員様とでも言うべきか。そのご意向に逆らえる存在などいない。いるとしたら同じ超次元生命体の皆様だろうが、今回の事案の場合は、神様側の不手際が大きすぎるので、彼女の要望が通るだろうと誰もが思った。
 しかもその彼女は、転生管理局の様々な部署の説明を聞いたあげく、記録課を希望したのだ。何でやねん、と彼らは思う。そこは花形部署ではないのか、と。だがしかし、彼女にしてみれば、記録課は願っても無い職場だったらしい。

「彼女の言い分は「そちらの不手際で殺された為に、私は今後一切、楽しみにしていたラノベを読めなくなりました。それでしたら、現実で転生者の生活を観察できる記録課に配属してもらって、そこでリアルラノベを拝見するのが望みです」ってことらしい。手にした情報からそこまで読み解くとか、凄いよな」
「……うちは《窓際》だって説明あったんだろ?」
「それでも、彼女にはうちが楽しい部署に見えたんだろう」
「いやまぁ、楽しいけど」

 彼らにとっては楽しいけれど、一般的に見てどうなんだろう。そんなことを思ったが、少なくとも、ラノベ大好きな彼女にとっては、記録課が新天地に見えたのだろう。んでもって、神様のポカのせいなので、なるべく彼女の希望に添うように動いているのだろう。色々とあり得ないのだが、細かいことは気にしないようにしよう。気にしたら負けだ。
 そして、記録課の面々は細かいことを気にしないタイプばかりだった。

「んじゃあ、その適正評価が可だった場合、彼女は高次元生命体に格上げされて、俺らの同僚になるわけ?」
「なるんじゃね?」
「ちなみに、希望はどのジャンルなんだろうな」
「あぁ、それ大事。彼女に割り振れる仕事探そう」

 記録課の職員達は、マイペースで割り切るのが早かった。新しい人員が出てくるのならば、回せる仕事は回そうと考えてしまう程度には、彼らはマイペースだった。
 ちなみに、彼らの言うジャンルとは、お察しだろうが、転生先の世界の雰囲気とか、その転生者が歩んでいる生活に基づいて決められている。きっと、ラノベに親しんでいた彼女ならば、一瞬で内容を把握してくれるだろう。

「女性なら、恋愛系に興味ないかしら~?」
「乙女ゲーム系?」
「悪役令嬢転生系とか?」
「その辺は女性でも合わない人いるだろ」
「逆ハーレムも、女性だから平気ってわけでもないしなー」

 それぞれ、自分が知っている限りの情報を引っ張り出して、あーでもない、こーでもないと言い合っている。別に仕事を押しつけあいたいわけではない。どうせなら、楽しく仕事がしたいので、興味があるジャンルの場合は適宜交代しているだけだ。どうせなら自分が好きなものが見たい彼らだった。
 そんな風に暢気に、彼らは笑っていた。……件の彼女に関する事案で、調整課や管理課などがてんやわんやしているなんて、全然知らずに。まぁ、知っていても「よ、花形部署は大変だね!」ぐらいの対応しかしなかっただろうが。……ダメだこいつら、早く何とかしないと。


 かくしてそれからしばらく後に、転生管理局記録課には、やる気満々の新人少女が配属されることになるのであった。


FIN
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