暖をとる。

山の端さっど

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-06℃ 明るいくらい

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「なあクライ、今日」
「前から言ってんだろ。金曜夜は無理」
「ちぇー。つまんね」

 両眼の脇に泣きぼくろを持つ青年は、学友から「クライ」と呼ばれている。あだ名に似合わない明るさは広く人を惹きつけ、部活上がりの誘いを遮るように断ってもハブられない地位もある。
 しかしそんなものは誰しも被る仮面。

「また来週な」

 電車で30分、家路を揺られるうちにクライの瞳は沈んでいく。自室へたどり着く頃にはすっかり地味ともいえる雰囲気に変わり、逆に、瞳に煌めきが灯る。

(早く、早く)

 金曜は彼女が早く帰る日だ。
 クライはすぐに通信を繋ぎ、彼女の顔を映し出した。ごく普通のアパートの一室をやや斜め下から見るアングル。

『ただいまー』
「おかえり」
『今日はいい事あったなー。残業回避できたし』
「へー、良かったじゃん。ふふ、君ってそんな顔もするんだ」
『うん、今日はプチ贅沢しちゃおっと』

 登校中の電車で見かける程度の人だった。つまり一目惚れ。すぐに得意の陽気さで話しかける――わけにいかなかった。彼女の隣にはいつも、同じ電車で出勤する同僚女性がいたのだ。片方だけナンパすればトラブルの種。変な噂を呼ぶのも怖い。仕方なくクライは機会を狙っていた。
 クライが彼女へ向けて一歩踏み出すきっかけになったのは、たまたま繁華街で彼女を見かけた時だった。出会いから一年以上経ってはいるが、現状にどうにかこぎ着けてクライは満足している。

(……強いていうなら、もっと)



(音は正直要らないから、もっと高画質のカメラをもっと高い位置――実際の身長差に近い高さに置きたいけど)



 現状も悪くはない。顔がはっきりと映る高さにリアルタイムで観られる盗撮カメラ。ここまでこぎ着けるのは至難の業だった。
 調べた。調べた。調べた。勤める会社、住むアパートの部屋、交友関係、靴やバッグや化粧や柔軟剤の嗜好。今では自然に彼女の隣や背後に立ち、スマホを使って肩越しに情報を覗き見る技術もある。街で尾行して盗撮もした。どの顔も正面や斜めからの、表情が写る写真。彼女の表情こそが彼にとって全てだった。
 写真では満足できなくなった頃、クライは彼女のアパートに侵入できるチャンスを得てしまった。

『……最近電気代ちょっと高いから節約しよ』
「あの男と別れれば節約なんて要らなくなるのに」

 繁華街で見かけた、彼女につきまとう彼氏面の男。あれだけはまだクライが調べきれていない。調べがつけば、すぐにでも――
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