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10*どうなっていくと思う? -1

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「王城というのは決して恐ろしい所でも何でもないわ。他の場所と何も変わらない。ただ、動き回るのに少しだけコツがいるだけ。貴方たちはあまり慣れていないでしょうから教えてあげるわ」

 白金の角を煌めかせて、女性は、扉の前を守る兵士に向かってニッコリと笑いかけた。

「ねえ、『ツバメの枝角』さん。権力と角が恐ければそこを通してちょうだい?」
「……あ、貴方は……」

 兵士は震え出した。

「兄から部下の貴方の話はよーく聞いてますわ、功績も失態も全部。もちろん近衛兵士ならわたくしのことも知っているわよね? 公爵令嬢マリレッタ=ノス=サンロット様。そしてここにいるのが、わたくしの夫と……そうね、義理の弟あるいは兄よ」


マリレッタ】


「「今のは参考にできない……」」
「あらそう? 便利よ」

 王城の禁書庫に無理やり入ったマリレッタは慣れた足取りで奥に進む。書庫とは名ばかりで本棚や本はほとんど無かった。

「はいここ、公開すると混乱が起きるけど調査するにも時間か費用がかかるからとりあえず凍らせてある報告書よ。とりあえずこの山を削れば何かしら出てくるでしょ」

 それは本当に巨大な凍った山だった。しかし、魔術というもののある世界では氷結させてもインクの劣化防止くらいの意味しかない。マリレッタが手を振るとシャリシャリと薄い氷……報告書になって剥がれ落ちてくる。慣れた手つきだ。どの辺りにどんな情報が眠っているかも分かるらしい。

「マリー、これ絶対初犯じゃな」
「あら、ここにあったわ」
「マリー、これ先王様が闇カジノで作った借金の記録だよ」
「間違えちゃった、こっちよ。王族にが出たときの調査記録」

 氷漬けになったのも納得で、なぜか報告書の半分は、野良猫と格闘した記録みたいになっている。

『腕を引っかかれた。名誉の勲章だ』『噛まれた。もっと噛んで』『ほっぺを引っ掻くときにはさすがにちょっと手加減してくれてるのがカワイイ』『これは私の仕事なので他の担当者は不要です』

「「何だこれ」」
「明日の我が身よ、貴方たち。キャメルがいくら可愛くてもこうなってはいけないってこと」

 双子はブルブルと首を振ったが、実は少しだけドキッとしていた。

「まあ説教は後。この怪文書から何か見つけ出すのが先よ」
「……ここ」

 走り書きだけのページをショレアが指差した。

『やっぱりこれ猫だよ。ずっと四つ足で動いてるし、細かい身体の動かし方も鳴き声も全部そう。ヒゲないのとか耳の位置がおかしいの気にしてるし角を邪魔そうに壁に擦って落とそうとしてる。人間の体で猫やってる』
『でも、最初の頃は人間だと思ったんだけど。でも猫っぽくもあったし』
『記録を見直してみた。15日目までは喋ってた。少しは人っぽい仕草もあった。16日目からいきなり猫だけになった。間違いない。日々可愛くなってくわけだよ。今のなし。どういうことだろう』
『どうしよう』

「「「猫……」」」

 三人はしばし、黙りこんだ。
 カメリアが発症した深夜から数え始めて現在、四日目。

「ラディ……使用人の話では、キャメルにはあまり、動物のような動きはみられないって話だった、と思う」
「確か、二日くらいは暴れて叫んだりはしたが、その後は何かを呟いたり布団の中に籠っていたり、普通に歩き回っていたりしている様子もあると」
「部屋に入ろうとすると抵抗されるから、食事の差し入れをしてるけど、それもちゃんと食器を使って食べてるみたいだよ……?」
「では、は必ず獣になってしまう訳ではないのね」
「「でも、『何か』になってしまう可能性はある」」

 双子は頭に手をやった。

「呪術って『自分の魔力を別人の中に入れる』魔術なんでしょう? つまりこれってさ、ショー」
「呪術を使えば、何者かの精神を魔力と共にキャメルの中に入れられるって言いたいのか? トゥー」
「そうとしか思えないよ。僕たちの知らない言葉をキャメルがいきなり話したってラディが言ってたよね?」
「確かに……あれが『魔力の主』の精神が話した言葉と考えると納得がいく……」
「ねえ、それ初めて聞くわ」
「ああ……さっき俺たちに連絡が入ったんだ。音声の記録を取ってあったから、ガルードお祖父様が例の通訳の伝手に連絡を取って、何の言語か教えてもらう手筈らしい」
響玉ゆらたま国の言葉は私たちのと大きく変わらないから別物ね……でも、言葉が分かれば彼女に憑いている魔力の主に迫れるわ」
「そうだね」
「そうだな」
「「犯人を捕まえて術を解かせるのが一番手っ取り早い」」
「……そうよ、希望が見えたわね!」

「犯人を見つけて殺すのが一番手っ取り早いわね」と言いかけたマリレッタ嬢は、慌てて言葉をグッと飲みこんで笑顔に変えた。







「だいじょうぶ」
「大丈夫じゃない」
「だいじょうぶ」
「大丈夫じゃない」
「だいじょうぶよ」
「大丈夫じゃない」

「「だいじょうぶ」なわけ、ないよ――」

 静かな部屋で、二つの声が静かに繰り返される。
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