3 / 12
職場
しおりを挟む
「で、何でお前憑いて来てる訳?」
「まぁ誰にも見えない死人じゃ、仕事は当然買い物も全く出来ない上に家に居ても暇だし?じゃあ幽霊特権使って彼氏の職場見学してみようかなーって」
迷い無くいつもの出勤ルートを歩くすぐ後ろを恋人の幽霊が付いて来るなんてどんな状況だ。
清々しい程の快晴の空は青く澄んでいて朝から既に蒸し暑い。そんな中でも涼し気な声色でそう言ってのけた健斗に溜息を吐く。
「あのな……絶っっ対変な事すんなよ」
「はいはーい」
こうしている間も俺は確かに間違いなく健斗と話しているが、傍から見れば盛大に独り言を喋っている変人になりかねないと思い道端に居る学生を見てそっと口を閉じる。健斗も察したのか大人しく付いて来るだけで静かにしていた。
仕事は至って普通のウェブデザイナー、堅苦しい職場では無く私服通勤だし空調の効いたビルのオフィスで自分のデスクに向かいパソコンでクライアントから依頼された仕事を淡々と熟すだけだ。センスと知識を大きく問われる職業ではあるが割と気に入っている。
いつもより早く着いた職場のオフィスはまだ人がちらほらと居る程度で、流石に少し早過ぎたかと思いつつも鞄を置いてデスクの椅子に座る。ふう、と息を吐き出すと背中に一人分の体重が掛かる。前に腕を回され背後から抱き着かれたと分かるのにそう時間は掛からなかった。
「……おい」
「いつも通りで居ないと周りから不思議がられちゃうよー?」
「お前ぜってぇ楽しんでるだろ」
「さて、どうでしょう」
周りに聞こえない程度の小声で、不自然じゃない程度に背後の幽霊の額を小突いてやるとあははと軽い笑い声が耳元に届く。
誰一人として部外者がこんな所に居るなんて気付きもしないし見向きもしない。まぁ当たり前か、と少しだけ寂しい気持ちに浸りつつパソコンの電源スイッチを押してデスクトップを立ち上げ仕事の準備を進めた。
仕事の時だけ着けているブルーライトカットの眼鏡をして画面と向かい合うとほぼ同時に隣のデスクの同期、東堂のぞみが現れはぁーと盛大な溜息を吐きながら鞄をデスクの上に置き此方を見て「七森おはよ」といつも通りの挨拶をされる。
「おはよ東堂」
「昨日羽目外してちょっと飲み過ぎた……」
「ストレス?」
「帰りに彼氏が女と居るとこ見ちゃってサイッアクだったわ」
「そりゃそうもなるわな」
東堂は自分の長い黒髪をわしゃわしゃと搔き乱してまた盛大に溜息を吐いていた。しかし椅子に座ると少し二日酔いも覚めたのかそうだ、と此方を見て気まずそうに口を開く。
「そういえば七森……あんたの身近な人亡くなったって……聞いたけど」
「ああ、事実。交通事故で死んだ」
「あー……その、ゴメン……」
「何で俺より深刻そうな顔してんだよバーカ」
「だってさ……」
昨日は葬儀に出る為休暇を取っていた。理由は隠していなかったし東堂の耳にも入ったのだろう。余りにも沈んだ顔をする東堂に一呼吸置いてから彼女の額にデコピンをする真似をして見せた。
「そりゃショックだったし今でも信じらんねぇけどさ、お前が気にする事じゃないし」
「でも七森、酷い顔してるよ……?幽霊にでも取り憑かれたみたいな……」
「……それも事実って言ったら?」
「は?悪霊にでも憑かれたの?お祓い行きなってえ!?は!?何!?」
「おまっ……悪い、落ち着け東堂」
背後から離れフラフラと歩き出した健斗が何を思ったのかおもむろに東堂のデスクの上のスタンドカレンダーを指先で摘まみカタカタと揺らして見せる。慌てた東堂を宥めてすぐに辞める様にと手を離させた。
「……何……何これ、ほんとに?何で」
「混乱させて悪いな、でも本当」
「え、悪霊じゃないよね?それ大丈夫な奴?」
周りが一瞬ざわついたが特に気にもされずすぐ通常時に戻る。困惑する東堂に頷いて見せると露骨に心配を滲ませて肩を揺すられた。
「俺も分かんねぇ。けど、もしも恋人の幽霊ってなったら放って置けるか?」
「死んだ身近な人って……こんな事聞くのアレかもだけど……まさか恋人なの?」
「そ、恋人。俺を遺して死んだ大馬鹿」
気が済んだのか背後に戻って来て椅子の背凭れに手を掛けた健斗が俺の言葉に少し切な気に俯く。それを横目に見て一息吐くと東堂が周囲を見渡してから此方を改めて見る。
「……今、居るの?」
「俺の後ろに、な」
「その、悪霊とか言ってごめんなさい。七森にはいつもお世話になってます……?」
「律儀だな東堂」
背後と教えたその直後姿勢を正して東堂が軽く一礼し恐る恐る顔を上げた。心霊現象を目の当たりにしたとは言え東堂は根は本当に良い奴だ。後ろの健斗も何かを考える素振りを見せた後俺の肩を一度ポンと叩く。
「包、驚かせてすみませんって伝えて?」
「ああ……東堂、こいつが驚かせてすみませんってさ」
「いえいえ……てか七森、霊と対話出来るの普通にやばくない?」
「やっぱ変だよな……いや分かってはいたっつーか」
元々は霊感なんて何一つ無く、夏場のテレビ番組で良く放映される心霊映像も大して信じていなかったというのにいざ取り憑かれてみるとその自分の中の常識は全て一瞬で書き替えられた。
幽霊は確かに存在するし、見えて、触れて、喋る事も出来る。限られたごく一部の人間だけなのか、それとも取り憑かれた事による拍子になのかは分からない。それでも健斗は確実にそこに居るのだと思えたし信じたかった。
「でもちゃんとご飯食べてお風呂入って充分寝なよ?顔色悪いのは事実だから」
「おー、そうするわ。サンキュ」
その遣り取りの後、それ以上東堂は深入りして来なかった。健斗の事で騒がれず済んだのも有難かったし彼女なりの気遣いなのだろう。溜息を吐いてデスクのパソコンに向かい、目の前の企業用ウェブサイトのデザインに打ち込んでいると不意に健斗がまた背後から抱き着いて擦り寄って来る。仕事の邪魔だと追い払いたい所ではあるが満更じゃない自分も何処かに居た。
「包の眼鏡姿、初めて見た」
此処で喋っては不審に思われると思い手元のブロックメモにボールペンを走らせ一枚捲り取り『仕事中だけ』と書いて自然を装って後ろに見せる。するとブルーライトカット眼鏡のフレームのサイドをつう、と健斗の指先が撫でた。
「眼鏡の包、すっごいえろい」
耳元に唇を寄せて吐息と共に吹き込まれて思わずゾクりと粟立った。すぐにまたブロックメモへ『セクハラ禁止』とペン先を走らせて捲るとそれを見せ付けて仕事に集中する。その後も「これ位なら良い?」とマウスを操作する手を重ねられたりと堪らなかったので明日からは職場は出禁にしようと心に決めた。
「まぁ誰にも見えない死人じゃ、仕事は当然買い物も全く出来ない上に家に居ても暇だし?じゃあ幽霊特権使って彼氏の職場見学してみようかなーって」
迷い無くいつもの出勤ルートを歩くすぐ後ろを恋人の幽霊が付いて来るなんてどんな状況だ。
清々しい程の快晴の空は青く澄んでいて朝から既に蒸し暑い。そんな中でも涼し気な声色でそう言ってのけた健斗に溜息を吐く。
「あのな……絶っっ対変な事すんなよ」
「はいはーい」
こうしている間も俺は確かに間違いなく健斗と話しているが、傍から見れば盛大に独り言を喋っている変人になりかねないと思い道端に居る学生を見てそっと口を閉じる。健斗も察したのか大人しく付いて来るだけで静かにしていた。
仕事は至って普通のウェブデザイナー、堅苦しい職場では無く私服通勤だし空調の効いたビルのオフィスで自分のデスクに向かいパソコンでクライアントから依頼された仕事を淡々と熟すだけだ。センスと知識を大きく問われる職業ではあるが割と気に入っている。
いつもより早く着いた職場のオフィスはまだ人がちらほらと居る程度で、流石に少し早過ぎたかと思いつつも鞄を置いてデスクの椅子に座る。ふう、と息を吐き出すと背中に一人分の体重が掛かる。前に腕を回され背後から抱き着かれたと分かるのにそう時間は掛からなかった。
「……おい」
「いつも通りで居ないと周りから不思議がられちゃうよー?」
「お前ぜってぇ楽しんでるだろ」
「さて、どうでしょう」
周りに聞こえない程度の小声で、不自然じゃない程度に背後の幽霊の額を小突いてやるとあははと軽い笑い声が耳元に届く。
誰一人として部外者がこんな所に居るなんて気付きもしないし見向きもしない。まぁ当たり前か、と少しだけ寂しい気持ちに浸りつつパソコンの電源スイッチを押してデスクトップを立ち上げ仕事の準備を進めた。
仕事の時だけ着けているブルーライトカットの眼鏡をして画面と向かい合うとほぼ同時に隣のデスクの同期、東堂のぞみが現れはぁーと盛大な溜息を吐きながら鞄をデスクの上に置き此方を見て「七森おはよ」といつも通りの挨拶をされる。
「おはよ東堂」
「昨日羽目外してちょっと飲み過ぎた……」
「ストレス?」
「帰りに彼氏が女と居るとこ見ちゃってサイッアクだったわ」
「そりゃそうもなるわな」
東堂は自分の長い黒髪をわしゃわしゃと搔き乱してまた盛大に溜息を吐いていた。しかし椅子に座ると少し二日酔いも覚めたのかそうだ、と此方を見て気まずそうに口を開く。
「そういえば七森……あんたの身近な人亡くなったって……聞いたけど」
「ああ、事実。交通事故で死んだ」
「あー……その、ゴメン……」
「何で俺より深刻そうな顔してんだよバーカ」
「だってさ……」
昨日は葬儀に出る為休暇を取っていた。理由は隠していなかったし東堂の耳にも入ったのだろう。余りにも沈んだ顔をする東堂に一呼吸置いてから彼女の額にデコピンをする真似をして見せた。
「そりゃショックだったし今でも信じらんねぇけどさ、お前が気にする事じゃないし」
「でも七森、酷い顔してるよ……?幽霊にでも取り憑かれたみたいな……」
「……それも事実って言ったら?」
「は?悪霊にでも憑かれたの?お祓い行きなってえ!?は!?何!?」
「おまっ……悪い、落ち着け東堂」
背後から離れフラフラと歩き出した健斗が何を思ったのかおもむろに東堂のデスクの上のスタンドカレンダーを指先で摘まみカタカタと揺らして見せる。慌てた東堂を宥めてすぐに辞める様にと手を離させた。
「……何……何これ、ほんとに?何で」
「混乱させて悪いな、でも本当」
「え、悪霊じゃないよね?それ大丈夫な奴?」
周りが一瞬ざわついたが特に気にもされずすぐ通常時に戻る。困惑する東堂に頷いて見せると露骨に心配を滲ませて肩を揺すられた。
「俺も分かんねぇ。けど、もしも恋人の幽霊ってなったら放って置けるか?」
「死んだ身近な人って……こんな事聞くのアレかもだけど……まさか恋人なの?」
「そ、恋人。俺を遺して死んだ大馬鹿」
気が済んだのか背後に戻って来て椅子の背凭れに手を掛けた健斗が俺の言葉に少し切な気に俯く。それを横目に見て一息吐くと東堂が周囲を見渡してから此方を改めて見る。
「……今、居るの?」
「俺の後ろに、な」
「その、悪霊とか言ってごめんなさい。七森にはいつもお世話になってます……?」
「律儀だな東堂」
背後と教えたその直後姿勢を正して東堂が軽く一礼し恐る恐る顔を上げた。心霊現象を目の当たりにしたとは言え東堂は根は本当に良い奴だ。後ろの健斗も何かを考える素振りを見せた後俺の肩を一度ポンと叩く。
「包、驚かせてすみませんって伝えて?」
「ああ……東堂、こいつが驚かせてすみませんってさ」
「いえいえ……てか七森、霊と対話出来るの普通にやばくない?」
「やっぱ変だよな……いや分かってはいたっつーか」
元々は霊感なんて何一つ無く、夏場のテレビ番組で良く放映される心霊映像も大して信じていなかったというのにいざ取り憑かれてみるとその自分の中の常識は全て一瞬で書き替えられた。
幽霊は確かに存在するし、見えて、触れて、喋る事も出来る。限られたごく一部の人間だけなのか、それとも取り憑かれた事による拍子になのかは分からない。それでも健斗は確実にそこに居るのだと思えたし信じたかった。
「でもちゃんとご飯食べてお風呂入って充分寝なよ?顔色悪いのは事実だから」
「おー、そうするわ。サンキュ」
その遣り取りの後、それ以上東堂は深入りして来なかった。健斗の事で騒がれず済んだのも有難かったし彼女なりの気遣いなのだろう。溜息を吐いてデスクのパソコンに向かい、目の前の企業用ウェブサイトのデザインに打ち込んでいると不意に健斗がまた背後から抱き着いて擦り寄って来る。仕事の邪魔だと追い払いたい所ではあるが満更じゃない自分も何処かに居た。
「包の眼鏡姿、初めて見た」
此処で喋っては不審に思われると思い手元のブロックメモにボールペンを走らせ一枚捲り取り『仕事中だけ』と書いて自然を装って後ろに見せる。するとブルーライトカット眼鏡のフレームのサイドをつう、と健斗の指先が撫でた。
「眼鏡の包、すっごいえろい」
耳元に唇を寄せて吐息と共に吹き込まれて思わずゾクりと粟立った。すぐにまたブロックメモへ『セクハラ禁止』とペン先を走らせて捲るとそれを見せ付けて仕事に集中する。その後も「これ位なら良い?」とマウスを操作する手を重ねられたりと堪らなかったので明日からは職場は出禁にしようと心に決めた。
0
あなたにおすすめの小説
処刑エンドの悪役公爵、隠居したいのに溺愛されてます
ひなた翠
BL
目が覚めたら、やり込んだBLゲームの悪役公爵になっていた。
しかも手には鞭。目の前には涙を浮かべた美少年。
——このままじゃ、王太子に処刑される。
前世は冴えない社畜サラリーマン。今世は冷徹な美貌を持つ高位貴族のアルファ。
中身と外見の落差に戸惑う暇もなく、エリオットは処刑回避のための「隠居計画」を立てる。
囚われのオメガ・レオンを王太子カイルに引き渡し、爵位も領地も全部手放して、ひっそり消える——はずだった。
ところが動くほど状況は悪化していく。
レオンを自由にしようとすれば「傍にいたい」と縋りつかれ、
カイルに会えば「お前の匂いは甘い」と迫られ、
隠居を申し出れば「逃げるな」と退路を塞がれる。
しかもなぜか、子供の頃から飲んでいた「ビタミン剤」を忘れるたび、身体がおかしくなる。
周囲のアルファたちの視線が絡みつき、カイルの目の色が変わり——
自分でも知らなかった秘密が暴かれたとき、逃げ場はもう、どこにもなかった。
誰にも愛されなかった男が、異世界で「本当の自分」を知り、運命の番と出会う——
ギャップ萌え×じれったさ×匂いフェチ全開の、オメガバース転生BL。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。抱かれたら身代わりがばれてしまうので初夜は断固拒否します!
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
隣国の国王キリアン(アルファ)に嫁がされたオメガの王子リュカ。
しかし実は、結婚から逃げ出した双子の弟セラの身代わりなのです…
本当の花嫁じゃないとばれたら大変!
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだんキリアンに惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる