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八日
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夏の夜明けは早く、手探りでスマートフォンを掴んでタップし画面を点灯すればおおよそ四時半。
カーテンの隙間から部屋に一筋差し込む朝日の光と小鳥の囀りが聞こえて来る。健斗がしてくれている腕枕がひんやりとしていてこの時期には心地いい。そんな事をぼんやりと思いつつ眠い目を擦り欠伸を噛み殺した。
「包、もう起きたの?」
「何時間寝た……」
「うーん、三時間位かな」
「思ったより寝れたけどだりぃ……てかなにこれ」
首元に違和感を感じて触れてみると夜には無かった細いチェーンが巻かれているのが分かる。下を向き辛うじて視界に入ったそれは黄緑色の鮮やかな宝石がワンポイントとして嵌め込まれたシルバーで洒落たデザインのペンダントトップが朝日に煌いた。
「本当は十二時に祝いたかったけどまぁ……ね!とにかく、誕生日おめでとう。今日は八月八日、包の二十五歳の誕生日だよ」
「……忘れてたわ」
「幸いというかなんと言うか、まだ生きてる内に買っておいたからちゃんと最後にプレゼント出来て良かった」
「最後とか言うな馬鹿」
ペンダントトップにそっと触れて形を確かめる。雫をモチーフにしたかの様な実にシンプルな作りで、これならばどんな服にでも合いそうだ。顔を上げて健斗に視線を合わせるとこいつは緩み切った顔でふにゃりと笑い掛けて来る。
「想像以上に良く似合ってる」
「……ありがとな」
「どう致しまして。この緑色の石、ペリドットって言って八月の誕生石らしいんだよね。愛の象徴なんだって」
「お前ほんとそういうの好きだよな」
こんな時でもやっぱり俺は中々素直になれなくて、本当は滅茶苦茶嬉しいのに言葉に出来なくて、抱き締めて癖毛の黒髪を撫で回してやる事が俺の精一杯だ。それでも嬉しそうに笑うこいつは本当にお人好しだと思う。
「きっとこの先、包には何もプレゼントしてあげられないから……形になる物を遺せて良かった」
「お前が居ればそれで良いし」
「包ならそう言うって思ってた」
抱き締め返されて、以前の温もりはもう無いのに暖かいと錯覚を起こしそうになる。てっきり朝まで抱き潰されるものとばかり思っていたが、このドが付く程真面目でお人好しで優しい馬鹿は割とすぐに理性を取り戻した。学生の頃みたいに一晩中盛ってヤりまくるなんて事は無くて、やっぱりこいつは優しさが過ぎると思う。
額を擦り合わせて睫毛がぶつかるのではないかという程至近距離で視線を合わせる。健斗のガラス玉みたいなキラキラした眼に映っているのは一体どんな世界なんだろう。顔も良くていつだって素直で爽やかで明るくて、誰がどう見ても百点満点の良い奴。そんな奴が俺だけをただ一心に見ている。
「……もう少し寝る」
「包が寝落ちちゃう前に一応水飲ませたけど、喉平気?水まだ有るよ?」
「へーき。てかお前が横に居たら冷房代浮くんじゃね?」
「あはは、冗談言える位には大丈夫そうで良かった」
視線を外せば意図を汲んだ健斗が俺の頭を腕で抱き、心地いい腕枕が再び完成する。筋肉質で柔らかくも何ともないのに妙に落ち着くのは何故だろう。前と違ってひやりとした健斗の身体、でも凍える程冷たい訳では無い。程良い温度に身を委ねて瞼を閉じる。
「おやすみ、包」
「……おやすみ」
健斗の匂いに包まれて安堵して、落ち着いた呼吸を繰り返しているとそう待たない内にすぐに眠気は降りて来て思考がブラックアウトした。
照り付ける太陽の下、今日はご馳走を作ると張り切る健斗を引き連れてスーパーで大量に買い物をしまさに帰路を辿っている最中。レンガ調の整備された歩道を並んで歩き、試しに熱さ凌ぎにと手で顔を仰いでみるが生温い微弱な風が当たる様な気がする程度の足掻きでしかなくげんなりする。
そんな俺を見兼ねたのか健斗がひんやりとした手を頬に当ててくれる。じわじわと其処だけ暑さが吸い取られていく心地がした。
「暑そうだけど大丈夫?幽霊になると気温も全然感じなくて」
「涼し気でいっそ羨ましいわ」
「でもまだ包はこうなっちゃダメです」
「そうそう簡単に死ぬかって」
健斗を肘で小突き小声で他愛ない束の間の会話を楽しむ。街行く人は特に気にもせず通り過ぎて行くだけ、の筈で。
「ああ、失礼。ボクとした事がぶつかりそうになるなんて、すみませんね」
「…………」
きっちりセットされたやたら派手な金髪に丸い黒のサングラス。それに高級そうなシャツとスラックスのまるでホストみたいな男が健斗とぶつかりかけてそう謝罪し此方を一瞬見た後ニィと口端を上げてから去って行った。
「健斗?」
「あの人、俺の事見えてた」
「あのホストみてぇな奴?」
「…………悪寒がした、あの人は……多分やばい」
健斗が心なしか少し怯えている気がした。良く分からないが幽霊的に何か思う所があるのだろうか。そりゃ体質によっては見える人というのは一定数居るだろうとは思っていた。でもこの健斗の怯え方は何だ。こんな事一度たりとも無い。
せめて手を握ってやる位しか出来ないが、それでも手の震えは暫く止まなかった。
カーテンの隙間から部屋に一筋差し込む朝日の光と小鳥の囀りが聞こえて来る。健斗がしてくれている腕枕がひんやりとしていてこの時期には心地いい。そんな事をぼんやりと思いつつ眠い目を擦り欠伸を噛み殺した。
「包、もう起きたの?」
「何時間寝た……」
「うーん、三時間位かな」
「思ったより寝れたけどだりぃ……てかなにこれ」
首元に違和感を感じて触れてみると夜には無かった細いチェーンが巻かれているのが分かる。下を向き辛うじて視界に入ったそれは黄緑色の鮮やかな宝石がワンポイントとして嵌め込まれたシルバーで洒落たデザインのペンダントトップが朝日に煌いた。
「本当は十二時に祝いたかったけどまぁ……ね!とにかく、誕生日おめでとう。今日は八月八日、包の二十五歳の誕生日だよ」
「……忘れてたわ」
「幸いというかなんと言うか、まだ生きてる内に買っておいたからちゃんと最後にプレゼント出来て良かった」
「最後とか言うな馬鹿」
ペンダントトップにそっと触れて形を確かめる。雫をモチーフにしたかの様な実にシンプルな作りで、これならばどんな服にでも合いそうだ。顔を上げて健斗に視線を合わせるとこいつは緩み切った顔でふにゃりと笑い掛けて来る。
「想像以上に良く似合ってる」
「……ありがとな」
「どう致しまして。この緑色の石、ペリドットって言って八月の誕生石らしいんだよね。愛の象徴なんだって」
「お前ほんとそういうの好きだよな」
こんな時でもやっぱり俺は中々素直になれなくて、本当は滅茶苦茶嬉しいのに言葉に出来なくて、抱き締めて癖毛の黒髪を撫で回してやる事が俺の精一杯だ。それでも嬉しそうに笑うこいつは本当にお人好しだと思う。
「きっとこの先、包には何もプレゼントしてあげられないから……形になる物を遺せて良かった」
「お前が居ればそれで良いし」
「包ならそう言うって思ってた」
抱き締め返されて、以前の温もりはもう無いのに暖かいと錯覚を起こしそうになる。てっきり朝まで抱き潰されるものとばかり思っていたが、このドが付く程真面目でお人好しで優しい馬鹿は割とすぐに理性を取り戻した。学生の頃みたいに一晩中盛ってヤりまくるなんて事は無くて、やっぱりこいつは優しさが過ぎると思う。
額を擦り合わせて睫毛がぶつかるのではないかという程至近距離で視線を合わせる。健斗のガラス玉みたいなキラキラした眼に映っているのは一体どんな世界なんだろう。顔も良くていつだって素直で爽やかで明るくて、誰がどう見ても百点満点の良い奴。そんな奴が俺だけをただ一心に見ている。
「……もう少し寝る」
「包が寝落ちちゃう前に一応水飲ませたけど、喉平気?水まだ有るよ?」
「へーき。てかお前が横に居たら冷房代浮くんじゃね?」
「あはは、冗談言える位には大丈夫そうで良かった」
視線を外せば意図を汲んだ健斗が俺の頭を腕で抱き、心地いい腕枕が再び完成する。筋肉質で柔らかくも何ともないのに妙に落ち着くのは何故だろう。前と違ってひやりとした健斗の身体、でも凍える程冷たい訳では無い。程良い温度に身を委ねて瞼を閉じる。
「おやすみ、包」
「……おやすみ」
健斗の匂いに包まれて安堵して、落ち着いた呼吸を繰り返しているとそう待たない内にすぐに眠気は降りて来て思考がブラックアウトした。
照り付ける太陽の下、今日はご馳走を作ると張り切る健斗を引き連れてスーパーで大量に買い物をしまさに帰路を辿っている最中。レンガ調の整備された歩道を並んで歩き、試しに熱さ凌ぎにと手で顔を仰いでみるが生温い微弱な風が当たる様な気がする程度の足掻きでしかなくげんなりする。
そんな俺を見兼ねたのか健斗がひんやりとした手を頬に当ててくれる。じわじわと其処だけ暑さが吸い取られていく心地がした。
「暑そうだけど大丈夫?幽霊になると気温も全然感じなくて」
「涼し気でいっそ羨ましいわ」
「でもまだ包はこうなっちゃダメです」
「そうそう簡単に死ぬかって」
健斗を肘で小突き小声で他愛ない束の間の会話を楽しむ。街行く人は特に気にもせず通り過ぎて行くだけ、の筈で。
「ああ、失礼。ボクとした事がぶつかりそうになるなんて、すみませんね」
「…………」
きっちりセットされたやたら派手な金髪に丸い黒のサングラス。それに高級そうなシャツとスラックスのまるでホストみたいな男が健斗とぶつかりかけてそう謝罪し此方を一瞬見た後ニィと口端を上げてから去って行った。
「健斗?」
「あの人、俺の事見えてた」
「あのホストみてぇな奴?」
「…………悪寒がした、あの人は……多分やばい」
健斗が心なしか少し怯えている気がした。良く分からないが幽霊的に何か思う所があるのだろうか。そりゃ体質によっては見える人というのは一定数居るだろうとは思っていた。でもこの健斗の怯え方は何だ。こんな事一度たりとも無い。
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