砂姫の冒険記録──白き魔女と黒の使い魔は砂姫のために──

夜兎

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巨躯の男

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「お父さんの嫌な予感……何もないといいんだけどな」

 オネは現在、貧民街へ向かって奔走中。やはり、先程の戦闘に参加していた冒険者でほぼ全てのようですね。
 彼女の前に立ちはだかる輩はいないようです。

「でも、なんでこんな大事になってるの……? あの黒蛇、そんなにすごいのかなぁ」

 何度も伝説の黒龍と言う異名を聞いているはずなのですが、未だに理解していないのでしょうか? まあ、彼女の愛嬌と言ってしまえば、それまでなのですが……。

 ぶつぶつと小言を言いながら走るオネの視界に、貧民街への入り口となる、細い路地の暗闇が見えてきました。

「──待っててよ、マシュー、ハンナ!」

 声高々と叫ぶオネの言葉の中には、黒蛇の存在は無いようですね。……忘れたわけじゃ無いですよね?
 暗闇に入ると当然視覚を失います。しかし、彼女は足も止めることなく、まっすぐと走り抜けていきます。この暗闇でも見えているのでしょうか?
 ──と、思った矢先には勢いよく転げていますね。

「いったーい! こんな暗いところに邪魔な物置かないでよね!」

 結局何があったのか分からないまま、オネは貧民街へと駆けていきます。
 少し走ると、仄暗い明かりが見えてきました。

「やっとつい──た?」

 暗闇を抜けた先、家とも呼べないような、我楽多がらくたで作られた家たちが並ぶ景色。本来であれば、そんな景色を見る予定だったはずなのです。
 しかし、口を閉じることを忘れたオネの視界に映るのは、我楽多たちが平坦に崩されている、到底街などとすら呼べない風景。
 そして点々と確認できる、我楽多の下から生える人間のものらしき腕や足。暗くて分かりづらいですが、血痕のようなものが至る所に散らばっています。
 見るに耐えない光景です。

「なに、これ……」

 愕然とするオネに先ほどまでの威勢は無く、ただ立ち竦んでいます。

「何でこんなことするんだ! 貧民街のみんなは関係ないだろう!」

 呆然とするオネの耳に、どこかで聞いた声が届きました。しかし、その焦燥を感じる声に、オネは震える足を両手で押さえて大きく息を吐きました。
 
「マシュー!」

 この凄惨な現状、まだ声が聞こえると言うことは無事だと願うばかりです。
 
「ふんっ。貧民街の人間もどきが一丁前に逆らうからだ。早く黒龍と魔女を渡せばいいものを……」
「誰……っ?」

 太く凄みを効かせた声。聴き慣れない声とマシューのやりとりに、オネの走る速度が増していきます。

「──!」

 突如とし轟音が鳴り響き、地面を揺らしました。
 オネは持ち前の身体能力で転ぶことなく走り続けていますが、焦るあまりにその足は今にも絡まりそうなほどに安定しません。
 
「マシュー! ──ハンナも無事みたいだ!」

 やっとのことで到着したオネは、二人が立つ姿を確認できました。──ただし、当然我楽多の上ですが。
 
「ほう……本当に小娘じゃないか。ウィリアムは一体なにをやっているんだか」

 兄妹に対峙するように立つ大男が悪態をつきました。
 褐色と呼ぶには少々暗い肌、髪を持たない頭が逆に彼を厳つく見せます。
 オネを見下すように座った小さな目には火傷のような跡があり、ただでさえ巨大なその体は、さらに頑丈で重そうな鎧を纏っていて、人間とは思えません。

「お姉さん、何できたんだ! お姉さんには関係ないことだよ!」

 マシューの言葉に、オネはむっと唇を尖らせます。

「二人はもう大切な友達だよ。関係ないことなんかないんだから!」
「オネおねえちゃん……」

 オネの発言に、ハンナが嬉しそうに口元を緩め、すぐにきつく閉めました。

「だめだよおねえちゃん! この人は──」
「魔女が喋るんじゃない!」

 怒りの表情を見せる大男が地面を思い切り叩きつけます。
 今一度轟音が鳴り響き、地面が揺れたのです。

「うっそ……あいつがこの地震起こしてたの……」

 驚愕の事実に、オネが目を見開きます。まさか、人間の拳でこれほどの振動を起こすとは、恐ろしいほどの力ですね。

「ハンナ、あまり刺激しちゃだめだ。どうにかして逃げないと……」

 ハンナを庇うようにマシューが支え、大男の動きを見据えています。
 大男はそのまま重い足を動かして、二人に近づいていきました。見る分には軽々しく歩いているように見えますね。

「……っ。二人には何もさせないよ!」

 大男に向かってオネが駆け出していきます。そんな彼女に視線を送る大男の表情からは、焦りも怒りも感じられません。

「小娘に何ができる」
「小娘じゃない、オネだよ!」

 彼の視線と振り払う腕を掻い潜り、背後に回ったオネはその丸い頭部目掛けて跳躍すると、空中で回し蹴りを入れました。
 しかし、彼女の蹴りを受けたと言うのにこの男、小首を傾げる程度の衝撃しか受けていないようです。

「なるほど……」
「なんで──!」

 大きな鎧越しの手を伸ばしてくるので、オネは避け、もう一度蹴りを入れる。やはり大した損傷を与えることはできないようです。
 避けては打って、避けては打ってを何度か繰り返します。

「なんで動かないの!」
「もういい」

 何度目かのオネの攻撃を、男はあっさりと受けとめ、彼女の脚をつかみます。

「なっ……!」
「確かにお前は速いよ。あのウィリアムが負けたと言うのも本当のようだ。──だが、それだけだ」

 その巨大な手で、掴んだオネを持ち上げ、彼女の顔を睨みつけました。

「お前には決定的な力が足りない」
「──っ」

 男が握る手に力を入れると、オネが痛みに耐えるかのように表情を歪めてしまいました。
 その表情を拍子に、男はそのままオネを後方へと放り投げます。
 勢いよく飛ばされながらも、その体勢を整えようとしているみたいですが、それは叶わずオネの身体は地面に叩きつけられました。

「っ──!」

 痛みに耐えてはいるようですが、やはり痛かったのでしょう。オネは腕を支えに体を起こすと、激しく咳き込みました。

「……いったぃ──! なんなのさ、その力……」

 オネの悲痛の叫びも虚しく、男は徐々に兄妹へと近づいていきます。

「──なんで、体動かないのさぁ……!」

 何とかして体を起こそうとしているようですが、投げられた衝撃のせいでまだ身動きが取れないようです。
 気づけば男はすでに二人の目前まで迫っていました。

「させる……かぁ──!」

 動かない体に鞭を打ちながらオネが起き上がると、そのまま一心不乱に男に向かって走り出していきます。
 しかし、世の中は無慈悲なようで……男はその巨大な拳を持ち上げ、オネに向かって不敵な笑みを浮かべて見せます。

「ダメ──!」

 その拳は兄弟めがけて、そのまま一文字に振り抜かれてしまったのです。
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