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第5話:風の知らせ
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その風の中に、ふと──ほんの一瞬だけ、光る何かが見えた気がした。
「なんとなく、シルエットだけだけど……」
結衣には、エレナが見えた。
だが、そのエレナは消えた……。
周囲を包むのは、夜の公園特有の深い静けさだった。
風に揺れる葉擦れの合間から、湿った土の匂いが宵闇に漂う。
ベンチの下では、夜露を含んだ落ち葉がひそやかに光を返し、月明かりだけが頼りない輪郭を公園に与えている。
結衣の質問に、康太は静かに、けれど確かな決意を込めてうなずいた。そして、ことのすべてを説明し始めた。
──妖精エレナのこと。彼女が現れた日のこと。忘れかけていた約束と、翅を失っていった理由。共に過ごした日々のなかで、どれほど彼女が大切な存在になっていたか。そして、消えてしまったこと。
言葉の一つひとつが、風景に溶けるようにして結衣の心に沁み込んでいった。彼女は静かに耳を傾け、時折小さく息を呑んだ。まるで童話を読むように、康太の語る“もう一つの現実”を受け止めていく。
「じゃあ、あの光……あれが、エレナなんだね」
「うん。もう、誰にも見えないと思ってた。でも……結衣にも見えたなら、きっと……」
康太が言葉を探していると、結衣が優しく続けた。
「……きっと、エレナはまだここにいるよ。康太が忘れなければ」
その言葉に、康太の胸が少しだけ熱くなった。結衣の声はまっすぐで、どこか温かい。彼女の見えた“光”が、ただの偶然ではない気がしてくる。
「私ね、小さいころ、本当に妖精を信じてたんだ。いつか会えるって。でも……大人になるってことは、そういうものを忘れていくことだと思ってた……」
その言葉の先は、風の音にかき消された。しかし、二人の間には確かに、言葉以上の温かな感情が流れていた。
その夜、康太は遅くまで眠れなかった。
--------
朝の風がカーテンを揺らす音で、浅い眠りから覚める。いつのまにか少し寝てしまっていたようだ。
窓から差し込む光は柔らかく、けれどどこか物寂しさを含んでいた。季節がひとつ巡ったような感覚に、胸の奥がひんやりと冷える。
まだ眠気が残る頭の中に、小さな囁きが響いた。
「康太……」
その声に反応して顔を上げる。目をこすりながら、ベッドを見た。
そこに、エレナがいた。
彼女の体は淡い光に包まれ、翅はまだ戻っていない。全体が透けるように透明感を帯びていて、まるで今にも風に溶けてしまいそうなほどに儚い。
その姿は、以前よりもさらに薄く、消え入りそうな存在だった。
康太は再び消えてしまうかもしれないという不安と、それでも戻ってきてくれたことへの静かな喜びが交錯していた。
「大丈夫?」
「うん」
エレナはうなずきながらも、どこか頼りなげで、不安げな面持ちをしていた。
自分がなぜ、どのように戻ってきたのか分からない──気がつけばここにいた。
それは彼女にとっても、戸惑いそのものなのだ。
「気が付いたら、康太のところにいたの。でも、夢を見て思い出した」
エレナの言葉の奥には、まだはっきりとは掴めない感覚が漂う
「何か思い出せた?」
康太の問いかけに、エレナは視線を伏せたまま、小さく呟いた。
「私……誰かに忘れられた存在だったみたい」
その言葉は、まるで冷たい水のように康太の心を打った。部屋の空気が、ふと静まり返る。朝の光すら、どこか遠く感じられた。
エレナの瞳には、不安とも悲しみともつかない、混ざり合った感情の色が宿っている。過去を取り戻すことで、彼女の存在の儚さがより鮮明になっていく。皮肉にも、真実に近づくほどに、彼女がこの世界から遠ざかってしまう──そんな恐ろしさが康太の胸に忍び寄った。
外では風が強く吹いていた。窓の外の木々がざわめき、まるで遠い記憶を呼び覚ますように枝を揺らしている。
「忘れられるってことは、僕らの絆が薄れていくってこと?」
康太の問いに、エレナは頷いた。
「うん。想いが弱くなると、私たち妖精は存在が揺らぐ。翅を失ったのも……そのせいかもしれない」
「でも、どうして……?」
その問いは、ただ理由を求めるものではなかった。康太の声には、彼女をこの世界につなぎとめたいという、切実な想いが込められていた。
「つまり、エレナとの絆を、もっと強くすればいいのか」
康太が言うと、エレナは驚いたように康太を見つめ、そして、ふっと微笑んだ。その笑みは寂しさを含んでいたが、それでも心から嬉しそうだった。
その日、康太は学校でもエレナのことを、ずっと考えてた。
授業中、ノートの余白に彼女の姿を描いた。羽根のない、けれど微笑んでいる小さな姿。昼休み、窓辺に座り、誰にも聞こえないような声でポケットの中にいる彼女に語り掛けた。周囲には言えない。けれど、言葉にすることで、彼女の存在が少しでも確かになるような気がしていた。
そして……再び消えてしまうのではないか?そのような不安もよぎっていた。
彼女が感じた孤独を、少しでも理解するのがいいかもしれない。
それが、康太の中に芽生えたひとつの想いだった。
夕暮れ、公園のベンチに腰掛けると、風が頬を撫でていった。空は再び茜色に染まり、世界が静かに一日の終わりを迎えようとしている。その中で、手のひらに居る、エレナが微笑む。
その姿は、前よりも淡くなっていた。光の粒が舞うように、彼女の体が揺れている。
「翅を取り戻す道は遠いかもしれない。でも、諦めないよ」
康太の声は真っ直ぐだった。確かな言葉として、風の中へと放たれる。
彼はエレナの小さな手をそっと握り締めた。その感触は確かにあった。けれど、それは今にも指の隙間からすり抜けてしまいそうなほどに儚く、触れた者の記憶ごと、消えてしまいそうだった。
エレナは静かに目を閉じて、頷いた。
「ありがとう、康太。あなたがそう言ってくれるだけで、私は……まだ、ここにいられる気がする」
そんななか、結衣が突然話しかけてきた。
「ひょっとしたら──なにかわかるかも」
彼女の声に、康太もエレナも目を向ける。
風がそっと吹き抜けた。
その風は、彼らの願いを運びながら、未来への道しるべとなっていく。
けれど──
それが、静かに始まる別れの兆しであることに、気づいていなかった──。
「なんとなく、シルエットだけだけど……」
結衣には、エレナが見えた。
だが、そのエレナは消えた……。
周囲を包むのは、夜の公園特有の深い静けさだった。
風に揺れる葉擦れの合間から、湿った土の匂いが宵闇に漂う。
ベンチの下では、夜露を含んだ落ち葉がひそやかに光を返し、月明かりだけが頼りない輪郭を公園に与えている。
結衣の質問に、康太は静かに、けれど確かな決意を込めてうなずいた。そして、ことのすべてを説明し始めた。
──妖精エレナのこと。彼女が現れた日のこと。忘れかけていた約束と、翅を失っていった理由。共に過ごした日々のなかで、どれほど彼女が大切な存在になっていたか。そして、消えてしまったこと。
言葉の一つひとつが、風景に溶けるようにして結衣の心に沁み込んでいった。彼女は静かに耳を傾け、時折小さく息を呑んだ。まるで童話を読むように、康太の語る“もう一つの現実”を受け止めていく。
「じゃあ、あの光……あれが、エレナなんだね」
「うん。もう、誰にも見えないと思ってた。でも……結衣にも見えたなら、きっと……」
康太が言葉を探していると、結衣が優しく続けた。
「……きっと、エレナはまだここにいるよ。康太が忘れなければ」
その言葉に、康太の胸が少しだけ熱くなった。結衣の声はまっすぐで、どこか温かい。彼女の見えた“光”が、ただの偶然ではない気がしてくる。
「私ね、小さいころ、本当に妖精を信じてたんだ。いつか会えるって。でも……大人になるってことは、そういうものを忘れていくことだと思ってた……」
その言葉の先は、風の音にかき消された。しかし、二人の間には確かに、言葉以上の温かな感情が流れていた。
その夜、康太は遅くまで眠れなかった。
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朝の風がカーテンを揺らす音で、浅い眠りから覚める。いつのまにか少し寝てしまっていたようだ。
窓から差し込む光は柔らかく、けれどどこか物寂しさを含んでいた。季節がひとつ巡ったような感覚に、胸の奥がひんやりと冷える。
まだ眠気が残る頭の中に、小さな囁きが響いた。
「康太……」
その声に反応して顔を上げる。目をこすりながら、ベッドを見た。
そこに、エレナがいた。
彼女の体は淡い光に包まれ、翅はまだ戻っていない。全体が透けるように透明感を帯びていて、まるで今にも風に溶けてしまいそうなほどに儚い。
その姿は、以前よりもさらに薄く、消え入りそうな存在だった。
康太は再び消えてしまうかもしれないという不安と、それでも戻ってきてくれたことへの静かな喜びが交錯していた。
「大丈夫?」
「うん」
エレナはうなずきながらも、どこか頼りなげで、不安げな面持ちをしていた。
自分がなぜ、どのように戻ってきたのか分からない──気がつけばここにいた。
それは彼女にとっても、戸惑いそのものなのだ。
「気が付いたら、康太のところにいたの。でも、夢を見て思い出した」
エレナの言葉の奥には、まだはっきりとは掴めない感覚が漂う
「何か思い出せた?」
康太の問いかけに、エレナは視線を伏せたまま、小さく呟いた。
「私……誰かに忘れられた存在だったみたい」
その言葉は、まるで冷たい水のように康太の心を打った。部屋の空気が、ふと静まり返る。朝の光すら、どこか遠く感じられた。
エレナの瞳には、不安とも悲しみともつかない、混ざり合った感情の色が宿っている。過去を取り戻すことで、彼女の存在の儚さがより鮮明になっていく。皮肉にも、真実に近づくほどに、彼女がこの世界から遠ざかってしまう──そんな恐ろしさが康太の胸に忍び寄った。
外では風が強く吹いていた。窓の外の木々がざわめき、まるで遠い記憶を呼び覚ますように枝を揺らしている。
「忘れられるってことは、僕らの絆が薄れていくってこと?」
康太の問いに、エレナは頷いた。
「うん。想いが弱くなると、私たち妖精は存在が揺らぐ。翅を失ったのも……そのせいかもしれない」
「でも、どうして……?」
その問いは、ただ理由を求めるものではなかった。康太の声には、彼女をこの世界につなぎとめたいという、切実な想いが込められていた。
「つまり、エレナとの絆を、もっと強くすればいいのか」
康太が言うと、エレナは驚いたように康太を見つめ、そして、ふっと微笑んだ。その笑みは寂しさを含んでいたが、それでも心から嬉しそうだった。
その日、康太は学校でもエレナのことを、ずっと考えてた。
授業中、ノートの余白に彼女の姿を描いた。羽根のない、けれど微笑んでいる小さな姿。昼休み、窓辺に座り、誰にも聞こえないような声でポケットの中にいる彼女に語り掛けた。周囲には言えない。けれど、言葉にすることで、彼女の存在が少しでも確かになるような気がしていた。
そして……再び消えてしまうのではないか?そのような不安もよぎっていた。
彼女が感じた孤独を、少しでも理解するのがいいかもしれない。
それが、康太の中に芽生えたひとつの想いだった。
夕暮れ、公園のベンチに腰掛けると、風が頬を撫でていった。空は再び茜色に染まり、世界が静かに一日の終わりを迎えようとしている。その中で、手のひらに居る、エレナが微笑む。
その姿は、前よりも淡くなっていた。光の粒が舞うように、彼女の体が揺れている。
「翅を取り戻す道は遠いかもしれない。でも、諦めないよ」
康太の声は真っ直ぐだった。確かな言葉として、風の中へと放たれる。
彼はエレナの小さな手をそっと握り締めた。その感触は確かにあった。けれど、それは今にも指の隙間からすり抜けてしまいそうなほどに儚く、触れた者の記憶ごと、消えてしまいそうだった。
エレナは静かに目を閉じて、頷いた。
「ありがとう、康太。あなたがそう言ってくれるだけで、私は……まだ、ここにいられる気がする」
そんななか、結衣が突然話しかけてきた。
「ひょっとしたら──なにかわかるかも」
彼女の声に、康太もエレナも目を向ける。
風がそっと吹き抜けた。
その風は、彼らの願いを運びながら、未来への道しるべとなっていく。
けれど──
それが、静かに始まる別れの兆しであることに、気づいていなかった──。
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