翅を失い余命を抱えた異世界の妖精<エレナ>と僕たちの小さな奇跡

新発田 怜

文字の大きさ
7 / 11

第7話:過去の引出し

しおりを挟む
 放課後の公園は、夕焼け色に染まっていた。低く傾いた太陽が、遊具の影を長く伸ばし、舗道に落ちる木々の葉の影を揺らしている。風は優しく、どこか切なさを孕んだ匂いを運んでいた。

 康太はベンチに座り、そっと手のひらを開いた。そこには、淡い光を帯びた小さな姿──エレナが、掌にちょこんと立っていた。彼女の体は以前よりもさらに透明に近く、指先さえも見失いそうになるほど儚い。だが、その小さな手を康太はそっと握りしめる。確かにそこにいる。そう信じられるぬくもりが、かすかにあった。

 深く息を吸い込んだあと、エレナが口を開いた。

「康太、あのね。……私、また夢を見たの」

 風を受けた髪がかすかに揺れる。けれど、その姿は静かに美しかった。

「夢……?」

 康太は視線を落とし、掌の中の彼女に問いかけた。

「どんな夢だったの?」

 エレナは少しだけ躊躇したが、やがて小さくうなずき、静かに語り始めた。

「私……たぶん、誰かの強い想いによって、この世界に現れた“想いのかけら”みたいなの」

 風が一度、強く吹き抜ける。足元の落ち葉がふわりと舞い上がり、それが風とともに空へと流れていった。

「誰かの……想い?」

「うん。でも、それが誰のものだったのか、私自身にもわからないの。ただ……その想いが、私にこのかたちを与えた気がする」

 康太は驚いたように目を見開いた。
 その瞳の奥で、戸惑いと理解がせめぎ合っていた。

「じゃあ……僕が君を作ったんじゃないの?」

 それはどこか、寂しげな声だった。
 あの日から、自分とエレナは深く繋がっていると信じていた。その想いが、彼女をこの世界に引き寄せたのだと、無意識のうちに思っていたのだ。それは自分だけに与えられた奇跡のように思えていたから。

 けれど、エレナはゆっくりと首を縦に振る。

「……たぶん違う。康太は、“私の存在に共鳴してくれた人”。それが大きな意味を持ってるの。でも、私を見つけてくれたのは偶然じゃないと思う。康太の中にも、同じような想いがあったから、私が見えたんだと思う」

 康太の心が、静かにざわめいた。
 何かを生み出したわけではない。けれど、自分の“想い”が、彼女を受け止めた──そんな気がした。

「それにたぶん、結衣も同じ。あの子も、どこかで同じ想いを持ってたんだと思う」

 エレナの言葉に、康太は自然と結衣の顔を思い浮かべていた。明るくて、人懐っこい声。どんなときも笑顔を絶やさないように見えた、あの瞳。
 けれどその奥には、誰にも気づかれぬようにそっと隠した、孤独や痛みの影があったのかもしれない。
 そう思うと、ふと胸が締めつけられるようだった。

 エレナの声は、そんな康太の想いを包み込むように、静かに続いていた。

「でも、私がこの世界に長くいられないのは、最初の“想い”が、少しずつ薄れてきているからみたい」

 彼女の目が、ふと遠くを見る。遊具の向こうで、夕日が地平線へと沈みかけていた。

「私の翅も存在も消えかけているのは、その力が尽きかけている証なの……。最初に私をこの世界につないでくれた想いが、終わりを迎えようとしている」

 康太はぎゅっと唇をかみしめ、そして小さく息を吐いた。
 言葉が詰まりそうになった。けれど、思いを込めて、まっすぐに彼女を見つめた。

「それでも……僕は君といたい。たとえ世界の仕組みに逆らってでも。僕自身の想いで、君を支えたい」

 その言葉に、エレナは目を見開き、そしてゆっくりと笑った。
 その微笑みは、かつて見せたどんな表情よりも穏やかで、温かくて──美しかった。

 ほんの一瞬、わずかに輝きを取り戻した。
 それはかすかな光で、すぐにまた消えてしまいそうな儚さだったけれど、確かにそこに「想い」が宿っていた。

「ありがとう、康太。今のあなたの想いが……私をこの場所につなぎとめてくれてるの」

 その瞬間、風がまた優しく吹いた。
 エレナの髪が揺れ、夕陽の光を浴びながら、彼女は静かに目を閉じた。

「ねえ康太……前にもいったけど、もしも、いつか私がいなくなってしまったら……あなたは、私のことを覚えていてくれる?」

 康太は少し間を置いて、ためらいなく答えた。

「忘れるわけないよ」

 その言葉に、エレナの表情がわずかに揺れた。感情が波打つように、一瞬だけ光を強める。

「ありがとう……」

 その声は、まるで風に乗った鈴の音のようだった。静かで、やさしくて、どこか切ない響きを残して、夕暮れの空に消えていった。

 ベンチから少し離れた小道の先に、ひとつの影が静かに立ち尽くしていた。
 制服のまま、スカートの裾を風に揺らしながら──結衣が、ふと足を止めていた。

「康太……」

 声をかけようとして、けれどその声を胸の奥に引っ込める。彼女の視線の先には、夕陽を浴びる康太の姿と──
 その掌に立つ、淡く光る、小さな存在。

 結衣は何も言わず、ただじっと、その光景を見つめていた。
 夕焼けの中に佇むその眼差しは、やさしさと、ほんの少しの寂しさを湛えていた。

 やがて、結衣は小さく息を吐くと、そっと背を向けた。
 その場を離れながらも、心の奥に、何かが刻まれていくのを感じていた。

 彼女の足音は落ち葉の上に吸い込まれ、スニーカーの音も鳴らさぬほど静かに、彼女の姿はやがて、夕暮れの木々の奥へと、ゆっくりと溶けていった。

 そのことに、康太はまだ気づいていなかった。
 掌の中に立つエレナもまた、目を閉じたまま、風に身を委ねていた。

 その沈黙のなか、エレナがそっと口を開いた。康太にだけ届くような、静かな声で。

「──結衣を、ちゃんと見守ってあげて。それが、たぶん……私の、今の”想い”なんだと思う」

 エレナはそういった。

 空の色は、もうほとんど夜の色へと変わりかけていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

俺が宝くじで10億円当選してから、幼馴染の様子がおかしい

沢尻夏芽
恋愛
 自他共に認める陰キャ・真城健康(まき・けんこう)は、高校入学前に宝くじで10億円を当てた。  それを知る、陽キャ幼馴染の白駒綾菜(しらこま・あやな)はどうも最近……。 『様子がおかしい』 ※誤字脱字、設定上のミス等があれば、ぜひ教えてください。  現時点で1話に繋がる話は全て書き切っています。  他サイトでも掲載中。

処理中です...