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いち (2)

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 久し振りに学校に来たAは、ここに自分がいてもいいのだろうかと迷っていました。

 何せ自分には記憶がないのだから周りの人にも迷惑をかけるのでは、と考えていましたが……

「陽だまり、大丈夫だった?」
「ええと、あなたは……?」
「私はZ。あなたの友達だよ。」
「そうでしたか……。すみません、覚えていません。」

 とても申し訳なさそうに謝るA。覚えていないことに罪悪感を感じているのだろう。

「無理しなくていいんだよ。」

 そう言ってZはAに笑いかけます。今までいつも笑ってくれていたAに向けて。

「思い出すのはゆっくりでいいよ。今はただ楽しもう?」
「楽しむ、ですか?」
「うん!」

 今までAに助けられてきた恩返しをするかのように、Zは話し掛けます。

 そのZの言葉を聞いていた周りの人間も、Aの周りに集まってきました。

「じゃあ楽しむってことで、何の話するー?」
「あ、この前新しく出来たクレープ屋さんの話はどう?」
「あ、それいいかもー!」

 Aはひたすら周りの人間の話を聞いていました。どれくらいの距離感で話に加わればいいのか分からずに。

「ほら、陽だまり。どうするー?」

 ワイワイ、ガヤガヤ。

 皆が皆楽しそうにAに話し掛けます。その優しさに触れたAはといえば。

 ぽろ、と涙を一粒零したのでした。

「なんで……記憶を無くした私に……こんなに優しくしてくれるんですか……?」

 一粒、また一粒、Aの目から涙は零れる。

「私は、もう昔の私とは違う人物になってしまったのでしょう? 記憶を無くして人格も変わってしまったのでしょう? それなのに……なんで……」

 皆さん、私に笑いかけてくれるの……?


 最後は言葉にもならず、口の中で言葉が消えていったのでした。

 しかし周りの皆は最後の言葉まで理解し、言葉を重ねます。

「なんでって言われてもなあ……。」

「そうだねぇ、一つ確かなのは、陽だまりに皆救われてんだよ。陽だまりの存在全てに。だから記憶が無くても陽だまりは陽だまりだし、陽だまりが今辛いなら皆で助け合わないと!」

「そうそう! それに助け合うことを教えてくれたのは陽だまりだったんだよ!」

「ね! だから今度は私達の番!」

 今までのAの言動が、今の空気を作っていたのです。

「ねえ、陽だまり。」
「……はい?」

 ZはAに向き合い、真剣な表情で言葉を紡ぐ。

「そんなに自分を追い詰めなくていいんだよ。確かに記憶がなくなって今までの陽だまりとは違くなって、それに対してほんの少しだけ寂しい気持ちも無くはない。」
「やっぱり……」

「だけど、ここに陽だまりがいてくれることが大事なの。階段から落ちた時、陽だまりを失うんじゃないかってことが一番辛かった。だから記憶があろうが無かろうが、そこに存在しているだけでも嬉しいんだよ。」
「……。」

「陽だまり、生きていてくれてありがとう!」

 Zはその勢いのままAに抱きつきました。ありがとうを全身で伝えるように。

 その想いはどうやら伝わったらしい。

「……こちらこそありがとう!」

 泣きべそかきながらも今までの中で一番の笑顔をAは浮かべ、とても嬉しそうな声でここにいる全員に感謝したのでした。
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