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独白

イチ ナケルハナシ

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 Aさんは皆に愛される人間でした。ここに来た時も笑顔を見せていただきました。




 AさんがZさんと共にここ、テラーにやってきたのは、冬も終わってだんだん暖かくなってきたある晴れた日でした。

「テラーさーん! 友達連れてきたー!」

 元々Zさんはテラーに度々いらっしゃるリスナー様でした。何度かZさんの友達であるAさんの話も聞いていた私はそこまで驚きはしませんでした。

 私に向けられた笑顔を見て、ああ、この方がご友人のAさんなのだ、と理解しました。

「おやおや、お二人共いらっしゃいませ。」
「はじめまして。て、テラーさん?」

「はじめまして。私はここの店主、テラーと申します。どうぞよろしくお願い致しますね。」
「私はAです。よろしくお願いします。」

 Zさんから聞いていたあの笑顔を、私にも見せていただきました。その瞬間、私は思ってしまったのです。



『この笑顔を壊して、絶望した顔を見てみたい』



と。

 ええ、私は狂っているのでしょう。しかし、この欲を抑えることなど出来ないと分かっています。

 ですのでそのためにはまず仲良くなろうと決め、楽しいお話を始めました。

















 その後何度かAさんはテラーに足を運んでくださり、数ヶ月が経ちました。

「そろそろ、いい頃合いですかね。」

 店内でぽつりと零してしまいました。誰もいなかったことが幸いでしたね。聞かれていたら問い詰められてしまいますから。

「ふふ、ふふふ……」

 ああ、これからのことを考えると笑い声が抑えられません。

 ああ、ああ、楽しみだ。Aさんの絶望した顔を想像しては笑いが込み上げてきてしまうのです。

















 歩道橋で偶然Aさんと出会い、まさに今実行しなければ、と直感が告げました。

 その直感を信じ、ドンとAさんを階段から突き落とすと、落ちていくAさんは私に顔を向けました。

 その表情は恐怖に慄いていました。

「ああ、やはり素晴らしい。」

 常に笑顔を浮かべるAさんの恐怖に慄いた顔はとても素晴らしく美しいものでした。
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