森のクェマさん

さかな〜。

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森のお仕事

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 パンネはここに来たいきさつを話しました。

「うーん。送る事は出来るけど、君はお家に帰りたいかい?」

 パンネは答えられませんでした。

「ここに居ろよ! クェマの手伝いすればいいぜー。オレ、天才。ゲッゲッゲッ」

「うんそれでも良いよ」

 パンネが家に帰っても、ペンネと上手くやっていけるかは分かりません。今回の事が蟠りになるでしょうし、次はもっと危ない目に合うかも知れません。

「クェマさんのお仕事ってなんですか?」

 トウネを見て育ったパンネは、血は争えなくとも慎重に行動しようと心掛けているのです。

「コイツは掃除屋さー」

 先程もそう聞いたのを思い出しました。

「私は森を綺麗にするのが仕事なんだよ」

 パンネにはどうしても想像がつきません。

「どうやって食べていくんですか?」

「基本は自給自足なんだけど、例えば――」

 ちょっと待っててねと言ってクェマは部屋を出て行くと、麻袋を持って戻ってきました。
 床にドサリと置くと、中からギチギチいうフライパンくらいの大きさの虫を取り出しました。

「他所からきて最近増えすぎたコイツを――こうする」

 ガバっと開いたティコの口に次々と放り込みました。

 残さず腹に収めたティコは

 グエェエェエェ!!

 と一声鳴きました。

「これで、さっきのに見合ったものが暖炉の中に出てくる。売ってもいいけど、必要な物が出てくる事が多いかな」

「木の中の家にだんろ……」

 まだ生えている木の中です。

「生木は燃えにくいから大丈夫」

 そう言う問題なのでしょうか。

「トクベツな暖炉だぜー」

 パンネはどういう訳か、ほとんどカエルなティコの言い分の方が納得できました。

 クェマが別の部屋にあるらしい暖炉から取り出してきたのは、子供用のエプロンと三角巾、そしてチリトリでした。

「ほらね。必要な物が出るんだよ」

 ニコニコ顔のクェマから差し出されたそれらを、受け取ったパンネでしたが、どうしても気になる事がありました。

「ねえクェマさん」

「なんだい」

「クェマさんが掃除するより、ティコが自分で食べた方が早いじゃないかな」

 子供とは残酷なものです。
 しかしちゃんと理由がありました。

「ティコは何でも食べちゃうから、私が掃除をした分を食べてもらってるんだよ」

 それなら納得です。

 パンネは森のお家に住む事にしました。仕事は掃除屋さん見習いです。

 森のお掃除とはどんなお仕事なのでしょうか。

 教えてくれるのは勿論クェマです。ティコは自由に過ごしているようで、日中はあまりみかけませんでした。

 朝ご飯を食べたら、早速仕事の準備に取り掛かります。
 身支度は、まずエプロン。これは汚れにくく大変丈夫に出来ています。どのくらい丈夫かというと、森の王狼に噛まれても貫通しない優れ物です。

「とっさの時は、このエプロンを盾にするんだよ」

 パンネはエプロンの使い方を繰り返し覚えました。
 三角巾も同様です。

「飲み込まれたら効果は無いからね」

 走り込みと逃げ方も覚えなければなりません。
 それが済んでから、ようやく見習い仕事の開始です。

 クェマさんがハタキで暴れる餓牛の頭を叩きます。一撃で仕留めました。
 細い柄のハタキでどうしてそんな事ができるのかパンネには分かりません。自分が出来るようになるのか少し心配になりました。

「この餓牛は、起きている間は生き物を食べ続けるんだ。だから間引くのも仕事なんだよ」

 そしてお肉は美味しいそうです。クェマさんが箒で半分くらい掃くと、肉はそこから別れました。血も出ません。

「半分は私達が食べる分。あとはチリトリで取って麻袋へ」

 重そうな塊をサッと掃いて、パンネのチリトリに入れます。何故か入るし、さほど重くもありません。パンネはそれを麻袋へ入れました。

 ウネウネ動く木の時もありました。
 叫ぶキノコやどんどん育つ岩もありました。
 この森は成長が早く、放っておくと周辺の村々を飲み込んでしまうそうで、掃除するものは毎日沢山ありました。

 密猟者の時は……

 流石に箒の出番はありませんでした。
 縄で縛ってゴミが入っている麻袋に入れて運び、森の縁に適当に置いてくるのです。

「一回は見逃す事にしてるんだ」

 クェマはそう言いますが、縄で縛られているのに逃げるのは大変だろうなとパンネは思いました。

「でも、二回来る事はまず無いよ」

 パンネは考えるのをやめました。



 そうしてパンネは、少しずつ森の仕事を覚えていきました。
 でも、彼女がクェマの寿命が本当に減った事と、彼が護符に縛り付けられている事を知るのは、まだまだ先の話です。




 そして、パンネを置き去りにしたペンネがどうしたかと言うと――

 彼女は一人、森へ入っていました。

「ああ、もうあんな村、こっちから出て行ってやるわ」

 安定した足取りで木々の間を縫うように進みます。時折ガサガサと草を掻きわけたり、頭上を見上げたり、何かを探しているようです。

 一人村へ帰ったペンネは、居づらくなってしまいました。

 自分が何気なく話した花を探しに、パンネがどうやら森へ行ったらしい。帰って来ないのでどうか協力して欲しいとペンネは村人へ訴えました。

 直ぐに捜索隊が出されましたが、なにぶん小さな村です。出せる人数も多くはありませんし、森は広大です。クェマ達の住む木は、村のルートから大きく外れた場所にある為、見つける事は出来ませんでした。

 悲しんで見せれば受け入れられると考えていたペンネでしたが、何処かに不自然さが出ていたのでしょう。村人との間にそれまでなかった壁を感じるようになりました。

 パンネに取ってくるように言った『薬効の高い花』は実在する花でした。咲く場所を選ばない不思議な花で、滅多に見かけませんが、売れば都で一年遊んで暮らせるほどの金になります。

 草むらを探しながら、流れ出る汗を拭う為視線を上げると、直ぐ側の木の葉の中に、虹色の花が見えました。

「あった!!」

 乱暴に葉をどかし、そっと花を摘みます。

「これさえあれば!!」

 バクンッ

 ペンネは花ごと飲み込まれました。

「グゲゲ!! やっぱりこの花が一番旨いぜー!!」

 花じゃ無いのも混ざっていたようですが、クェマにバレなければいいのです。

 花の魅力に勝てずに何度もバレて怒られているのも忘れ、幸せな気持ちでビョーンビョーンとまたどこかへ跳んで行ったのでした。






(おしまい)

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