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これも私の日常…ではないか

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 指導部屋を出てから、付いていてくれた侍女のお姉さんにご挨拶。
 ここからは一人。ようやく帰れる。まだ四時だけど。朝の七時から参内していたのだ。疲れた……。

 前庭を通ると、お付きの人達を連れた高貴そうなお嬢様が向こうから歩いてくる。軽く会釈してすれ違おうとしたが呼び止められた。

「貴女、どちらからいらしたの」

 名乗りもしない立場の人かあ。面倒だなあ。
 頭の中で、覚えた貴族名鑑を捲るが、顔は載っていないので分からない。公爵か侯爵家の人かなあ。

「そちらから」
 と王宮を指し示したら片眉を吊り上げられた。凄い角度だ。え、あんなに上がるの? 私も出来るかな。最近マナーばかりで顔の筋肉も強ばり気味だ。
 返答を間違えて、つい現実逃避してしまった……。

「貴女の身分を聞いているのです」
 そうだったか。全然教えが身に付いてなくて、マリーヤ夫人に申し訳ない。

「失礼致しました。カーシャ・デキンサスと申します」
 頭の角度と腰の位置、指を揃えてカーテシーする。
「脚を広げ過ぎているわ」

 だからなんで分かるの!?

「男爵家の方ね」
 凄い! 片田舎の男爵の名前までご存じとは!
流石は多分高位貴族!

「私はアデリーナ・マースよ」
「はい」

「…………」

「…………」

「伯爵家よ」

 なんて親切な!

「貴女、ミハイル殿下の婚約者かしら」
「あ、はいそうです」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「こ、これが婚約者…………」
「お嬢様ー!?」

 見つめ合っていたら、何故かお嬢様が天を仰いでふらついた。従者の人が助けたが、何か不味い事をしたのだろうか。したのだろう。マリーヤ夫人、貴女の教えが必要です。

 侍女もお労しいと慰めているが、疲れているのに中々帰れない私のお労しさにも誰が気付いて欲しい。

周りに励まされたお嬢様が態勢を整えて、柔らかい笑顔で私に向き合った。
「初めまして。貴女の噂は聞いているわ。ねえ、どうやって殿下の気を引かれたの? 是非私に教えてくださらない?」

 優しいのは笑顔だけだったようだ。
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