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第十二話 弓道・中編 圭の射法(Part 4)

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 翌、早朝――

朝日が差し込む弓道場に、2人の影が動いている。

「・・・48、49、50! よし、ウオーミングアップ終了!」
Tシャツ・短パン姿で、髪を1つに束ねた圭が立ち上がり、額に光る汗をタオルで拭う。

「流石だな、大洗! 腕立て50回を簡単にこなすとはな!」
圭が振り返ると、弓道場の入り口に葵が腕組みして立っていた。

「葵先生、お早うございます! 何だか、目が覚めちゃって!」
圭が爽やかに笑うと、葵も微笑み返す。

「さて、うちも大洗には負けてはおれんなっ!」
言うが早いか腕立ての姿勢を取ると、猛スピードで腕立てを開始する。

「うわっ! 早っ!」
「97・98・99・100!」
あっという間に腕立て100回をこなす葵を見て、圭も言葉を無くした様だ。

「ん? どうした、大洗?」
「葵先生、あたし達の時。体育無くて良かったです」
「そうか?」
「葵先生に着いて行けたとしたら。穂波さん位だと思いますよ」

AM5:30、束の間の出来事である――


 キーンコーンカーンコーン――
始業のチャイムが鳴り、アキが3期生を連れて弓道場に入って来た。

緊張した面持ちで、3期生達を迎える圭。

「皆、こちらが今日から、弓道を教えて下さる大洗先生です」
アキは嬉しそうに圭を見て、圭も微笑みを返す。

「大洗先生は、この学園の1期生で、わたしの同級生です」
アキの紹介の最中も、こそこそと話す声が聞こえて来る。

「テレビで見たっちゃ」
「あの【ムーラン・ルージュ】の圭だがや」
「温水先生より、しっかりしてそう」

「あ、はははは。あのー」
アキが何かを言いかけた瞬間、圭がサッと手を出してアキの言葉を遮ると、スッと一歩前に出る。

「皆さん!」
圭の透き通った声に、3期生達の私語が止まった。

「初めまして、大洗圭です」
皆が集中する中、圭と言葉が続く――

「弓道は、高い指標として【真・善・美】の3点を掲げています」
3期生を、ぐるっと見回す圭。

「一つ、真の弓は偽らない。二つ、善は平常心に宿る。三つ、美は真と善の結晶です。そして心と技を一体として、内面の価値を高め、人生を深く豊かなものにします」
弓道場はシーンと静まり返っている。

「って、ごめんなさい!難しい事を言うよりも、実際にやった方が分かり易いですよね」
頭に手をやり、ペロッと舌を出す可愛い仕草に、三角座りをしていた3期生が笑みを浮かべて見つめている。

(流石、圭ちゃん! もう皆の心を掴んじゃってる!)
大きく目を見開き、驚くアキ。

「そ、それじゃ皆も自己紹介しとかないと」
慌てて話し出すアキ、それをじっと見つめている魁。

「えっと、右端の魁く・・・大徳寺君からお願いします」

(おやっ? もしかしてアキちゃん? ふーん)
アキの心を察した圭であった。


「俺、大徳寺魁です。弓道はガキの頃に少しだけ」
(マスクで顔を隠してるけど、イケメンっぽいかな)
ぶっきらぼうそうであるが、芯はしっかりしていると感じる圭。

「ワタシ、アリス・ペカラスキー。ロシアからの留学生です。弓道、やった事無いけど興味あります」
(留学生かぁ。そう言えば、ケリアンとかミッシェル元気かなぁ。でもこの娘、身体の均整が取れてる、ジムとか行ってるのかな? それと、何か。普通じゃ無い様な感じ?)
過去を少し思い出しながらも、圭は持ち前の能力で3期生達の適正を見定めて行く。


「わたし、八重樫紬です。3期生の代表です。弓道は初めてです」
(わぁ、居る居る。わたし貴族よっ、みたいな娘。プライド高そっ!)
苦笑している圭だが、あながち正解だろう。

「私、嘉納透桜子です。弓道で精神統一をしたいです」
(真面目そう。優等生タイプね)

「僕、天羽謙匠です。レブタイルの事なら、何でも聞いて下さい! レオパのイモ・タコ・ナンキン、とっても可愛いんだよっ!」
「私は京極玄四朗だ。オカルト関連の事なら、何でも相談に乗るぞ。それと、御存じの心霊スポットがあったら、是非とも教えて頂きたい」

(うわぁ、何処にでも居るんだなぁ。こういうオタクって。八郎と二郎の方がまだ、マシだったわぁ。こりゃあ、アキちゃん大変だわ)
アキの苦労を察する圭。
担任の辛さと言った所であろうか。

「私、塩原湊帆です。姉がお世話になりました」
ペコリとお辞儀する湊帆。

「貴女! 穂波さんの妹さん? そうか、ここに入学したんだね。穂波さんかぁ、懐かしいなぁ、元気にしてる?」
「はい」
ニコリと笑う湊帆。
かつての友の妹と聞き、圭も思わず声が出てしまった様だ。

「わち、黒滝杏南だがや」
「あたい、弓座あまねじゃけん」
(2人とも、御国訛り丸出し。可愛いなぁ)
1期生として、入学したばかりの頃を思い出しているのであろうか。

「うち、水城果凛だっちゃ」
(この娘は、何だろう全く読めないし感じない。不気味? そんなんじゃない)
にちゃあと笑う果凛に、圭は不思議な感覚を覚えていた。


 そして――
「王龍麗です。お久しぶりです」
「王鈴麗です。宜しくお願い致します」
「わぁっ! 龍麗に鈴麗!」
アイドル甲子園決勝で【ダイナマイト・ガールズ】と戦い、そして故あって、ここに来た事を思い起こす圭。

「やっばり、女の子の恰好より、そっちの方が似合ってるよ!」
圭の言葉に2人の笑みが零れる。

「んっ!? 龍麗、ちょっと逞しくなった?」
「そ、そうかな?」
「そうだよ。兄さん」
圭の笑みに笑みで応える龍麗、鈴麗も笑顔を見せる。

(でも、鈴麗。別の意味で何か変化があったみたい)
圭の感覚は鈴麗の微妙な変化を捕えていた。


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