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第一話 「巨乳の妖術使い、現る!」

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「ハァハァハァ!」
少女が息を切らせながら草むらを駆け抜けていた。

「アイツ、まだ追って来る!」
後を何度も振り返っている。

「もぉっ! しつこいってば!」
少女を追い駆けているのは、黒い影である。

「しまったっ!?」
少女の足が止まった。
目の前には切り立った崖が広がっている。

「向こう岸まで跳ぶのは、さすがに無理か・・・」

背後からは、あの黒い影が獣の様な息遣いで距離を縮めていた。

ゴクリ・・・
少女は唾を飲み込む。

「えぇぃ! ままよっ!」
再び前を向いた少女は踵を返し、意を決して崖下の川へと飛び込んだ。


ドッボーンッ!
水面に水柱が立った。

その瞬間、先ほどまで少女が居た空間を大きな爪の付いた手が切り裂く。

グルルルルッ!
手ごたえが無かった事にいら立つように影が咆哮を上げた。

ガオォォォォォンッ!
月が辺りを薄暗く照らしていた・・・



ゴボッ! ゴボゴボコボッ!
川に飛び込んだ少女は流れに巻き込まれた。

(くっ、思ったより流れが速い! 駄目かもっ!)
川の流れは少女を更に水奥へと巻き込んで行った。




 現代――

護摩壇に火が焼べられ、パチパチと音を立てている。
炎に照らされてほんのりと明るくなった社前で巫女が祈りを捧げていた。
だが、その巫女装束にそぐわない金髪。
果たして彼女は何者であろうか・・・


「掛けまくも畏き伊邪那岐大神」
「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に御禊祓へ給ひし時に生り坐せる祓戸の大神等」
「諸諸の禍事罪穢有らむをば祓へ給ひ清め給へと白す事を聞こし召せと」
「恐み恐みも白す」

キラリ!

巫女の頭上に流れ星が一筋の尾を引いた。

「御神託が降りた。最後の1人が現れる・・・」
巫女は夜空を見上げる。
満天の星が煌めいていた。



 翌日の昼下がり――

露天風呂で湯あみを纏い、湯に浸っている1人の女性が居る。
腰まである金髪のストレートロング・両目にはブルーのカラコン。
そして、均整の取れたプロポーション。
バストとヒップは大きめだが、腰はキュッと括れている。
かなりの美人と言えるだろう。
見た目、歳は22歳位だろうか・・・・

「お告げがあったのはここだけど?」
女性はキョロキョロと辺りを見回す。

「最後の1人、何としても!」
シーズンオフの為だろうか、自分の他にはサルしか居ない。

キキッ!
サルが何かを見つけた。

「っ!?」
それは露天風呂のほぼ中央に小さな波紋となって表れた。
その波紋が段々と大きくなり、やがて大きな渦となる・・・

キキキィィィッ!
サルは怯え走り去って行く。

「来たわね!」
女性は渦の中心を凝視する。
手は何かを形どった印のようなものを結んでいた。

渦の中心がほぼ直角に抉れた瞬間・・・

ゲホッ! ゲホッ!
湯の中から1人の少女が姿を見せた。

「ふうぅぅぅ!」
少女は渦の治まった露天風呂に首から上だけを出している。

ショートボブの茶髪。
見た目は14歳位だろう、だがその胸元だけはたわわに実りFカップは有るだろうか。
大きな瞳をクリクリと動かし周囲を見回す。

「川の中なのに、温かい・・・?」

何が起きているのか分からない少女に湯あみ着の女性が近づく。

「貴女を待っていた」
女性は少女との距離を詰めて行く。

「わたしを?」
少女は不思議そうに首を傾げる。

「異人さん? ここは異国?」
金髪とカラコンをマジマジと見つめる少女。

「ここは貴女の時代から数百年後の日本」
「貴女は?」
「私は、巫女」
「巫女? 」
「さぁ、行きましょう。皆が待ってる・・・」
紫理が手を差し出した瞬間、少女がキッと身構えた。

「ここが日ノ本? そんな馬鹿な!?」
「信じられないのも無理はないわ。貴女はタイムスリップしたのよ」
「たいむすり・・・。貴女何者!?  わたしを騙そうとする妖怪!?」
俄かには信じられない事であろう、少女は女性に敵意を剥き出しにする。

「待って! 話を、話を聞いてっ!」
「わたしは、まやかされないっ!」
少女は立ち上がって両手を組み手印を結ぶ。

「猿飛妖術!『山雉(さんち)の爪撃(そうげき)』!」
少女の掛け声とともに、7羽の山雉が何処からともなく飛来し、女性に向かって一直線にその爪を立てて襲い掛かる。


〈『山雉の爪撃』とは、主に山岳地で山雉を呼び出し、その爪で攻撃させる術である〉


「結!」
女性は右手で刀印を結ぶと頭上に掲げる。

襲い掛かろうとしていた山雉達は見えない壁に阻まれるように女性に近づけない。

「散!」
女性が頭上に掲げていた刀印を斜め下へと振り下ろすと山雉達は飛び去って行く。

「本物の巫女・・・。まさか、望月様の御一門・・・」
ハッとした顔になった少女は慌てて露天風呂から出て跪く。

「望月様のご縁者とはいざ知らず・・・。ご無礼を・・・」
「気にしないで。それと私の事は、紫理(ゆかり)で良いから」
「はっ! 紫理様!」
「その様って言うのも止めてくれない?」
「では、紫理さんとお呼びします」
少女の顔に年相応の笑みが浮かんだ。

「貴女こそ、凄い妖術! 動物を操れるのねっ?」
欣喜する紫理。

「わたしは『獣使い』の猿飛彩暉(あき)・・・。それから、紫理さんの事、妖怪扱いして申し訳ありません!」
(良い娘じゃない・・・)
素直に謝る彩暉の姿に好感を持つ紫理であった。

「良いのよ。それより、会って貰いたい娘達がいるの」
「・・・?」
「貴女と同じ妖術使い・・・。これで4人が揃った」
「4人?」
「えぇ。こちら側の4人の戦士がね・・・・」
「分かりました。わたし達『妖術使い』は望月様がお望みとあらば」
「気持ちは有難いけれど、その言葉遣いはちょっと」
顔を真っ赤にする彩暉であった。

「じゃあ、行きましょうか」
「はい」
こうして紫理と彩暉は露天風呂を後にしたのである。



 その頃、百地の表札が掛けられた日本家屋――

37代目当主である覇智朗(はちろう)が総檜の浴槽の前に立ち何かを待っていた。

27歳だが顎鬚を生やし、中年オヤジをも遥かに凌ぐでっぷりとした腹・・・
イケメンとは全てが正反対の様相を呈している。

「おっ!」
覇智朗の見つめる湯舟に小さな波紋が立ちだんだんと大きくなり渦を巻く。

「おっしゃあ! 来たで、来たで、来たでえぇぇぇっ!」
瞳を爛々と輝かせ、浴槽ににじり寄る。

ドッバーン!
渦の中心に水しぶきが立ったかと思うと、14歳位の少女が突然湯舟に現れた。

「ここは・・・? 何処なの?」

背はスラリと高く、淡い水色の髪をポニーテールに纏めている。
バストやヒップは控えめだが長身に美脚が映え、彫りの深い顔立ちに意志の強そうな瞳が煌めいている。
かなりの美少女と言えるだろう。

「うっひょお~! 大当たりやんけ! 最後の1人もなかなかのぺっぴんさんやっ!」
覇智朗は少女をジロジロと見つめる。

「まぁ、胸のあたりがちょっと寂しいけど、この際や、目え瞑っとこ!」
覇智朗は喜々として少女に抱き付こうとするが・・・

「きゃあっ!」
少女は素早く身を躱し、覇智朗は浴室の壁に激突する。

「痛ったあぁぁあっ! まぁ、ええか。これで準備万端やしな」

覇智朗は壁に激突して出来た大きなタンコブを摩りながら邪悪な笑みを浮かべていた。



 その夜――
「夜鈴(イーリン)ちゃ~ん! むふふふふっ!」
覇智朗が下卑た笑いを浮かべながらある部屋のドアを開ける。

「覇智朗、御苦労様でした。4人揃ったのですね?」
腰までスリットの入ったチャイナドレスを纏った妖艶な美女が出迎える。
漆黒のストレートロングの髪・黒曜石の様な切れ長の瞳・濡れた真紅の唇・女神の彫像のようにバランスのとれたプロポーション・・・。
男を惑わせる要素の全てが揃っている。

「向こうもそろそろ揃ってる頃でんな」
まるで愛玩犬のように夜鈴に纏わりつく覇智朗。
能力のある者が見れば、耳を立て尻尾を振り口から舌を出してまとわりつく犬の姿が見えるかも知れない。

「そうね。例のモノを・・・」
夜鈴が妖しく微笑む。

「はいなっ! ちゃーんと用意してまっせぇっ!」

ニャーン!

覇智朗は1匹の雄の三毛猫を差し出した。
三毛猫はゴロゴロと喉を鳴らして、夜鈴に抱き上げられる。

「いい子ね~。ほら、口を開けて」
三毛猫が上を向き口を開けると、夜鈴は爪先位の小さな黒い球を飲ませる。

ゴクン・・・
三毛猫の喉が動いた。

「うふふ・・・。行ってらっしゃい」
夜鈴が微笑むと、三毛猫の身体が妖気を帯び、だんだんと大きくなる。

爪が尖り、牙が長く伸び出してくる・・・
体毛が逆立ち、人をはるかに超える大きさになると尾が二股となった。


「猫又ぁ、巫女とその仲間を殺るんやぁっ!」

ニャアオォォォォォゥッ!

覇智朗の命に従う様に鳴いた猫又は音も無く姿を消す。

顔を歪めて嗤う覇智朗と満足気に微笑む夜鈴、果たしてこの2人の関係とは・・・
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