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第九話 「邂逅」

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  時は江戸幕府が開かれるよりずっと以前、未だ国内各地の豪族達が己の野望を叶えんとしていた群雄割拠の時代――

とある地方を治めていた佐富家が隣国・高東家から攻めこまれ、落城目前となっていた。

「犬童よ。子犬の時より葛(かずら)と共に育ったそなたに姫を託す」
「ご自分が何を言っておられるのか、分かっておいでかっ?」
「良いか、葛よ。ここは何としても落ち延び、必ずや佐富の家を再興せよ!」
「父上・・・」
「この父の思い。そなたが継ぐのじゃ! 良いな!」
そう言うと、改めて犬童へと向き直る。

「犬童、命に代えても葛を守れ! さぁ、参るのじゃ! 姫と共に!」

アオォォォォンッ!

姫を守るかの様に御前に座っていた真っ白い大きな秋田犬が、遠吠えをした。

「姫様を御守りするのじゃあ!」
城門を固く閉ざした場内が殺気立つ――

「姫様。ささ、こちらから。犬童、くれぐれも姫を頼みましたぞ」
乳母が裏戸を開け、葛姫と犬童を裏山へと逃がす。


ハァ、ハァ!
息を切らし、裏山を駆け上った葛姫。
山頂から彼女が見た景色は――

燃え盛る城、そして崩れ落ちる天守閣であった。


「父上・・・。おいわたわしや」
焼け落ちる城を呆然と見つめる葛姫。

クウ~ン
悲しむ姫を労わるかの様に寄り添う犬童。

「犬童・・・。そなたはまるで妾の言葉が分かっておるかの様じゃな」
犬童の顔に頬を寄せる葛姫。

この犬童と呼ばれる秋田犬、偶然にも葛姫の生まれた日に佐富家の門前に行き倒れていた子犬である。
姫の生まれた日故に、見殺しになど出来ぬとした父の荷より命により、この日から佐富の家で飼われる事となり、葛姫によく懐いた
更に、まるで人の言葉を理解しているかの様な素振りを見せる忠犬であり、赤子の頃より姫の元から片時も離れなかったと言う。

愛娘を任せる最後の砦として、父が選んだのも頷けないではない。


それから葛姫と犬童は人目を避けて山道を進んだ。
しかし、城育ちの姫の足である。
僅か数刻の後には、追手がその姿を見つけていたのである――


ギャウ! ガルルルルッ!
姫を守る為、犬童は戦った。
矢が突き刺さり、数々の槍傷・刀傷を受けても戦い続けたのである。
だが断崖近くに追い詰められ、ついに――

グルルルルルッ!
数本の刺股で体を押さえつけられた犬童はそれでも、敵の兵達を睨み・威嚇し続けていた。

「葛姫様。こちらに参られよ。さすれば、この忠犬にも情けを掛けましょうぞ」
戦国の世である、例え生きながらえたとしても虜囚となった者の行く末など容易に想像が付く。

「犬童・・・」
葛姫の囁く様な声に犬童の唸りが止まった。

「そなたは・・・。生きよ!」
そう言うが早いか、葛姫は断崖から身を投げたのである。

アオォォォォォ!
犬童の悲しみを込めた遠吠えが山全体を揺るがした。

そして――

「許さぬ! 許さぬぞ!」
犬童の口から初めて、人の言葉が出た。

「うわぁぁぁぁっ!」
「犬が喋ったぞお~!」
「化け物だあぁぁぁ!」
「物の怪じゃあ!」
恐れおののいた兵士達が手に持っていた武器を次々と振り下ろす。
刀・槍・槌そして――

ザシュ!
斧が振り下ろされ、犬童の顔面を捉えた。

ドクドクと流れ出す血の海の中で、微かな光が犬童の目に宿る。

「葛姫・・・。この犬童、この国に生きる人間共を一人残らず・・・・」
そう呟いて犬童は息を引き取ったのである。
この世に生きる人間を恨みながら。


火の手がアチコチから上がる百地邸――

「犬童・・・」
彩暉がポツリと呟いたその時――

天空から真っ白な光が降り注ぎ、犬童と彩暉を包み込んだ。

「眩しいっ!」
思わず目を塞ぐ浄人。

「こ、この光は何ぞえっ?」
夜鈴は身体を仰け反らせながら、苦しんでいる。

「な・・・、何なの?」
「あの光は?」
「彩暉・・・」
「彩暉ちゃん・・・」
7人の少女と覇智朗は、ただ成り行きを見守っていた。


(かくれんぼは、もう終わりじゃ。犬童、妾と共に帰ろうぞ。あの光の向こうには父上も母上も待っておられるのじゃ)
犬童の目には、彩暉の姿が懐かしい葛姫の姿となって映っている。

彩暉はそっと手を伸ばし、犬童の頭を優しく撫でた。

「やっと、お会い出来ました。葛姫様」
恐ろし気な風貌であった犬童、だが今は額にあった3つ目の眼は消え、赤かった目の色も普通に戻っている。
巨大だった体躯もいつしか縮み、その姿は真っ白い毛に包まれた秋田犬へと戻っていた。

(妾と一緒に・・・。のう、犬童)
彩暉が、葛姫が微笑みかける。

「我は、姫様と共に・・・」
重さを感じさせず、ふわりと犬童が立ち上がった。

「待て! 犬童、行くな! 僕の命令を聞けよっ!」
慌てて犬童に駆け寄る浄人。

「その女から離れて戻ってこい! お前は僕の犬神だぞっ!」
怒気をはらませた表情で、彩暉と犬童の間に割って入る浄人。

「僕は犬神使い! お前は僕に逆らえない筈だ!」
「浄人。やはり、使えん奴よのう」
「何て言ったの? 夜鈴・・・さん?」
「呼び出した犬神すら使役出来ぬ役立たずなど、もう用済みじゃ!」
夜鈴は怪しい微笑を浮かべると、手に持った扇を広げ頭上へと掲げた。

「犬神もろとも死ぬが良い!」
そう言うと同時に夜鈴が扇を振り下ろすと、無数の錐が浄人へと向けて飛んだ。

「そうは、させない! 砂礫の防壁!」
咄嗟に慧が手印を結び、浄人の前に砂の壁が現れる。

ガツッ! ガツッガツッ!
夜鈴の打ちだした錐は、砂の壁に阻まれ次々と地面へと落下する。

「邪魔立てしおるかっ!」
キッと慧を睨んだ夜鈴が軽く扇を振るうと、毒々しい色の霧が漂い出す。

「危ないっ、毒よ! 風神乱舞(ふうじんらんぶ)!」
望永が印を結んだ。

〈『風神乱舞』とは、生み出した風を強さ方向など自在に操る妖術である〉

「『風使い』か。面倒な事よ」
望永の操る風によって毒霧は細かく散らされた。

「あの扇、まさか!」
「知ってるのか?」
結那の呟きに歩南が尋ねる。

「えぇ、『五火神焔扇』(ごかしんえんせん)。古代中国の伝説・封神演義にその記載があるわ。確か、西遊記でも鉄扇公主(羅刹女)の武具・芭蕉扇(ばしょうせん)として書かれていた筈よ」
「つまり、伝説の武器って事か」
「本当に在ったなんて」
「今は、そんな事を考えてる暇は無ぇ! アイツをぶっ飛ばせば済むんだろっ!」
「待ってっ!」
結那の制止より早く、歩南が動いた。

「先手必勝! 獄火の拳(ごっかのけん)!」
歩南の拳が燃え上がった。

〈『獄火の拳』とは、着火した炎が拳に宿って、強烈な打撃を与える妖術である〉
『炎使い』である歩南の特性と生まれ持った格闘技のセンスがあって初めて成り立っている。

「貰ったぁ!」
一瞬にして夜鈴へと詰め寄った歩南の拳が炎を纏って、夜鈴へと叩きつけられた。

だが――

「な、何ぃっ!?」
渾身の力を込めて突き出された歩南の拳は夜鈴の身体を突き抜けたのである。

「ホホホッ! 何とも雑な女子じゃ」
夜鈴の身体は、まるでホログラムの様に歩南の攻撃が擦り抜けてしまう。

「どうなってやがる!」
次々と突きと蹴りを繰り返すが、全て空を切るのである。

(まずい、このままじゃ!)
歩南の攻撃が無効化されているのを見て取った結那。

「退いてっ! 次元の時風車(じげんのときふうしゃ)!」
〈『次元の時風車』とは、時風車を異空間で回し、対象の動きを著しく遅くする妖術である〉

「チッ! またも、ややこしい術を使いおって」
憎々し気な表情になった夜鈴。

「まぁ、良い。今宵はここまでじゃ」
そう言うと、まるで空間に溶け込む様にその姿を消したのであった。

「い、今のは?」
「恐らく、別世界・・・」
「別世界?」
「うち等がこの世界に来たみたいに・・・。アイツの本体は、そこに居るに違いない」
「それじゃあ・・・」
「今のうち等じゃ・・・。勝てない」

「結那さん!」
「歩南さん!」
慧や望永、奈々聖達が駆け寄って来る。

「あち等は大丈夫」
「それより・・・」
結那と穂波の視線が彩暉と犬童、そして浄人へと向けられ、5人の少女達もそれに倣ったのである。


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