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1巻

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 もしかして、異世界?


 俺、山崎健斗やまざきけんとは今、とても混乱している。
 ついさっきまで、自分の部屋でうとうとしながら、タブレットを使ってネットショッピングをしていた。
 だというのに、気付いたら見たこともない場所にいたからだ。
 積み上げられた石の上に、椅子いすに腰掛けていたのと同じ姿勢で、タブレットを片手に持って座っていた。
 ゆっくりと立ち上がって辺りを見回してみても、自分の家の周りの光景と全然違う。
 ほおたたいたり、つねったりしたが普通に痛い。
 うん、夢じゃないな。
 上下左右、三百六十度見回しても、自分の部屋どころか日本にいる感じがしない。
 地面を見れば、土でもコンクリートでもなく、レンガのようなものがめられている。
 左右に並んでいるのは、本やネットでしか見たことがないような、色鮮やかな石や木組みのヨーロッパ風の建物で、今いる場所は少し狭い通路になっていた。
 今までいろんな土地を旅したけど、日本国内でこんな場所があるなんて聞いたこともない。
 ということは、いつの間にか寝てしまって、その間に誰かに海外に連れてこられたか……または異世界トリップをしたとしか考えられなかった。
 ちなみに、ちらほらと近くを歩く人に視線を向けてみても、誰もがマンガやアニメのような服を着ていて、日本人らしき人物は見当たらない。
 やっぱり、もしかして俺――
 異世界に来たっぽい?
 小説でもないのにそんな馬鹿なと思いながら、辺りを見回しつつ足を動かす。
 しばらく当てもなく通路を歩いていると、突然道が開けた。
 狭い通路ではほとんど人がいなかったが、そこは一変して大勢の人であふれていた。
 俺はまるでコスプレ会場に来ているようだと思いながら、目的もなく歩く。
 そんな時、ふと、ガラス張りの花屋が目に入り、その前で立ち止まった。
 そしてその店に置いてあった、しべの部分に人間みたいな歯を生やしている見たことのない花――ではなく、ガラスに映る自分を見て驚愕きょうがくした。
 そこに映っていたのは、くたびれた外見の二十代後半の男ではなく、十代半ばの少し幼い外見をした少年だったからだ。
 しかも、ぼさっとした黒い髪はサラサラな茶色に変わり、ひとみ翡翠ひすい色。
 乾燥かんそうしていたはずの肌はうるおいがあり、美少年というわけではないが、不細工ぶさいくでもない。
 どちらかと言えば愛嬌あいきょうがある顔をしていた。
 服装も、何年も着て伸びてしまったスウェットではなく、道行く人と似たものだ。
 え、もしかしなくてもこの少年って……俺!?
 花屋のガラスに映る自分をポカーンと見詰めながら、髪の毛や顔を触っていると、建物の中にいる花屋の店員らしき人物と目が合った。
 外で自分の店に向かって変な行動をしているを見て、いぶかしげにしている。
 俺はへらっと笑ってから、何事もなかったかのように、そそくさとその場から去ったのだった。


 しばらく街中を当てもなく歩いた俺は、噴水ふんすい広場を見付けたので休むことにした。ほぼ真上にある太陽がまぶしい。

「あー……もしかして、異世界トリップじゃなくて、異世界転生でもしたのか?」

 人々でにぎわう大きな噴水の近くにあったベンチに座りながら、自分の手を見て溜息ためいきく。
 変化した外見にそう漏らすと、聞こえてくるのは聞き慣れない大人よりも少し高い声。
 まぁ、よく思い出してみれば、さっき見た顔は元の俺をベースに、こちらの世界風に調整してある感じだった。
 よく読んでいたラノベの主人公とかであれば、勇者の召喚に巻き込まれたり、交通事故などにったり、神様の手違いで死んじゃったりする感じでトリップやら転生やらをしていたっけ。
 その中でも転生ものだったら、赤ちゃんから新たな人生が始まるのとか、何かの衝撃で前世のことを思い出すっていうのもあったけど……自分の場合は随分中途半端な年齢からのスタートのようだ。
 神様からのお告げも何もないから、転生した理由は分からない。
 しかしそんな俺の手元には、この世界では存在していなそうな物がある。
 それは――タブレット。
 この世界に来てからずっと、手に持ちっぱなしだ。
 さっきは混乱してたから気にしてなかったけど、何で持ってるんだろう? そう思って、タブレットを起動する。
 タブレット自体は変わらないんだけど、指紋認証しもんにんしょうでロックを解除すると――今まで入れていたお気に入りのゲームや音楽、それに使い勝手がよかったアプリまで、全てがなくなっていた。
 これにはショックでへこんだ。
 かなり課金していいとこまで行ったゲームもあったのにさ。
 ただ、見慣れないものもあった。
 今まで入っていたアプリの代わりに、新しいアプリのアイコンが六つほど並んでいたのだ。
 どのアイコンも薄暗うすぐらくなっているけど、インストールされていないってことかな?


 カメラ
 ショッピング Lv1
 情報 Lv1
 レシピ Lv1
 ■■
 ■■


 アプリにはレベル表記があるものとないものがある。
 それに二つは、アプリのアイコンと名前の部分が黒塗くろぬりになっていて、名称も分からない状態だ。

「……何だこれ?」

 画面を見ていると、タブレットから突然ピロリンッと音が鳴り、画面中央に文字が表示された。


【ようこそ、異世界へ!】


 それからすぐに、このタブレットの使い方の解説が始まった。
 どうやら、これは電気ではなく俺が持つ魔力で動き、それが何らかの理由で枯渇こかつしない限りは、半永久的に使えるらしい。
 魔力なんてあるんだ! と内心興奮こうふんしながら、てのひらを見詰め、そこから風が出てくるイメージをしてみる。

「……うん、まぁ、何も起きないよな」

 よく小説にあるみたいに、イメージすれば魔法が使えるかと思ったんだけど……何も出なかった。
 ちょっとどころじゃなく恥ずかしいぞ。
 気を取り直して画面に表示された文章を読んでいけば、この世界の人間には、タブレットは本に見えているらしいと分かった。
 タブレットをそのまま持ち歩くのが不便な場合は、腕に近付けると腕輪に変化するんだって。なんとも便利なもんだ。
 なんて思っていると、新しい文字が表示される。


【初めての異世界生活をする貴方に、初回ボーナス4300ポイントをプレゼント!】


 なんつー微妙なポイントだ。
 続けて表示された説明によるとアプリを使用出来るようにしたり、レベルを上げたりするのにもこのポイントが必要らしい。
 ポイントをかせぐにはどうすればいいのかは、なぜか説明されなかった。
 どうやって稼ぐんだよと思いながらも、試しに『カメラ』に触れてみると【1000ポイントを使いますか? はい/いいえ】と出たので、『はい』を押す。
 すると、カメラのアプリの部分に時計のマークが現れた。何でだろう、インストール待ちってことかな?


【初回ボーナス残り3300ポイントです】


 ん~、何かあった場合に備えて残しておくのもアリだけど、どうしようか?
 でもこのポイントの使い道って、アプリ以外になさそうだ。
 だったら名前の見えているやつを使えるようにした方がいいかもしれない。
 というわけで、早速実行。
 残りの『ショッピング』と『情報』と『レシピ』にポイントを使うと、アイコンに時計のマークが付く。
 マークが消えるのを待っている間、先にポイントを消費した『カメラ』が使える状態になったので、早速開いてみた。
 まず、街の人達でも適当に撮ってみるか、とタブレットを持ち上げながら画面を見たら――

「おい、お前……どこから来た者だ」

 頭上からの野太い声と共に、画面が紺色こんいろ一色に染まった。
 固まりつつ、静かにタブレットから視線を上げてみれば、ガタイのいい強面こわもてのおっさんが俺を見下ろすようにして立っていた。



 親切な人と冒険者登録


「仕事を探しにこの国に来たってのに、入国許可書や財布が入った荷物ごと全てぬすまれちまうなんて……ツイてなかったな」
「はは……本当、ツイてないですよねー」

 俺は今、日本で言う交番みたいな所にいる。
 おっさんに声をかけられた時は、何かいちゃもんでも付けられるのかと思ったのだが、違った。
 どうやらここ最近、旅行者や商人、それに仕事を探しにこの国にやってきた人達をねら窃盗せっとう事件が多く発生しているんだって。
 それで、この街の警ら隊の隊長をしている強面のおっさん――アッギスさんが、街を巡回していたらしい。
 その最中、一人で噴水の近くに座っていた俺を見て、声をかけてくれた……というのが、先程の出来事である。
 顔に傷がある筋肉モリモリでガタイがいいおっさんが、怖い顔で見下ろしているから本当にビビったよ。
 だが、アッギスさんは見た目に反してとても親切な人だった。
 見かけない顔の俺が手荷物も持たず、本だけを見てボーッとしていたから、この国に職を探しに来た少年が荷物を盗まれて途方に暮れていると思ったんだとか。
 本当は違うんだけど、この世界の身分証も何も持っていなかった俺は、その話に便乗した。
 遠い故郷から日雇ひやといの仕事をしながら、三ヵ月かけてこの国に出稼ぎにやってきた。それから、少し休憩きゅうけいをするつもりで荷物を地面に置いたら、目を離したすきに全てなくなっていた――と。
 それでアッギスさんは、俺をはげましつつ、ここへ連れてきてくれたのだった。
 俺は出された茶を飲みながら、ふと、自分のことを『俺』から『僕』に変えようと思った。
 元の自分であれば違和感がないかもしれないけど、今の少年の見た目なら『俺』より『僕』の方が合うと思ったのだ。
 それに言葉遣いだって、少年ぽくした方がいいかもしれない。
 ここからの僕は山崎健斗ではなく、少年ケント君である。
 僕がそんなことを心の中で思っていると、アッギスさんが話し出した。

「まぁ、なんだ。盗られた荷物は探してみるが、見付かる可能性は低いとだけ言っておく。ただ、身分証は新たに作る必要があるな。ギルドで登録をすれば発行されるギルドカードが身分証の代わりになるし、国の市役所に行って市民登録をするという手もある。だが、市民登録は申請してから証明用のカードが来るまで時間も金もかかるから、ギルド登録を勧めるぞ」
「ギルド……ですか?」
「あぁ。ギルド登録は、初めての登録なら金もかからないし、発行もあっという間だ。ケントはどんな仕事をしたいのか決めているのか?」
「えっと、特にまだ決めてはいなくて……」
「そうか」

 アッギスさんは僕を見ながら少し思案していたが、すぐに口を開く。

「ちなみに、掃除そうじ洗濯せんたくは出来る方か?」
「へ? それくらいは……まぁ出来ますが」

 いきなり家事の話になって、頭の上にクエスチョンマークが飛ぶ。
 洗濯と掃除くらいは一人暮らしをしていたから一通りは出来るかな。まぁ、料理はそれほどレパートリーがある方ではないけど。
 それがどうしたのかと問えば――実は、警ら隊の独身寮で働いていた家政婦さんが老齢で辞めてしまったらしい。
 そこで、僕がギルド登録をして、正式な仕事を見付けて独立するまでの数日間、住み込みで独身寮の清掃せいそうをしてくれると助かると言ってくれたのだった。
 もちろん、僕に断るという選択肢は無い。

「あの~……その、僕の身元がきちんと分かってもいないのに、こんな簡単に雇ってもいいんですか?」
「はは、そんなことか。なに、独身寮とはいえ戦い慣れている者達が集まる所だ。お前が何か悪さをしようとしても、すぐに気付くし捕まえられる。それに、寮には盗まれてヤバいモノは置いてない。あいつらが盗まれて悲しむのなんて、エロ本くらいだろ」

 へぇ~、この世界にもエロ本はあるのかと思いつつ、僕の心は決まる。

「それじゃあ、お世話になります。これからよろしくお願いします!」
「おぅ、こちらこそよろしくな」

 こうして、僕は警ら隊の独身寮で短期アルバイトをすることになったのである。


 独身寮といえば聞こえはいいが、むさくるしい野郎共が共同で生活する場所であることを忘れていた。
 アッギスさんに連れられて独身寮に来たんだけど、建物の中に入った瞬間、ただよってきた独特の男臭さやなぞの匂いに鼻をつまむ。
 鼻呼吸から口呼吸に切り替えながらチラリとアッギスさんに視線を送った時、少しだけ眉間みけんしわを寄せていたのを僕は見逃さなかった。
 ちなみにアッギスさんは、前はここに住んでいたが今は結婚しているので、既婚者用の一軒家に住んでいるらしい。
 二人で少し早足になりながら廊下を進み、二階へと上がる。
 寮の中は今は誰もいないのか、しんと静まり返っていた。

「少し狭いが、この部屋を使ってくれ」

 前を歩いていたアッギスさんが、一番奥にあった部屋のドアを開けて、僕にそこを使うように言う。
 アッギスさんと共に入った部屋の中は、確かに狭かった。
 広さは二畳ほどで、ベッドと少し大きなかごが置かれている。
 住むなら狭いけど、寝るだけだと考えれば不都合はないかな。
 アッギスさんと出会っていなければ、僕はあのまま野宿生活をしなければならなかったかもしれない。
 それを思えば、屋根があってベッドもある部屋で寝られるだけでも、大感謝だ。
 部屋に置く荷物もないのでその場を後にして、掃除をする場所や独身寮の決まり事などを歩きながら聞いていく。
 なんでも、個人的に使っている部屋の中は自分で掃除をするのが基本なので、僕がやらなくてもいいみたいだ。
 そこで、廊下や食堂、調理室、そして談話室などの共用部の掃除を担当することになった。
 あと、食事は調理師が作るけど人手が足りないから、野菜の下ごしらえだけでも手伝ってくれると助かると言われた。
 それを聞いて、めっちゃ簡単な仕事じゃん! と思ったのだが……
 先に調理場に案内された僕は、自分の腰ぐらいの高さまである大きな籠に、山盛りに積まれた野菜を見て口をポカンと開けた。
 この山積みの野菜――ジャガイモとニンジンの皮をき、ゴボウのような土が付いた根菜類は外で洗わないとならないらしい。
 よろしく頼むよ、と言われた僕は口元をらせる。

「が、頑張ります」

 こうして異世界での初めてのお仕事は、野菜の皮剥きから始まったのだった。


「はぁ~。疲れた」

 初めての仕事を終え、部屋に帰ってきた僕はベッドの上に靴を脱いでからダイブした。
 両手足を伸ばしてから全身の力を抜くと、途端とたんに眠気がやってくる。
 一通り説明を終えたアッギスさんは、午後の仕事があるからと戻っていった。
 あれから僕はすぐに野菜の皮剥きを始め、夕方前には終わらせた。ちょうどそのタイミングで寮へやってきた調理師に、数日程お世話になると挨拶あいさつをしてから、アッギスさんに言われた場所の掃除をした。
 暗くなり始めた頃、仕事が終わった警ら隊の皆さんが帰ってくるのと同時に、自分の仕事も終えた僕は、警ら隊の皆さんが食べる場所から少し離れた所で食事をしていたんだけど……
 独身寮での食事は味が薄いか濃いかのどちらかで、ハッキリ言って不味まずかった。
 お湯に少しだけ味が付いたようなスープを飲みながら周りを見れば、彼らは文句も言わずに普通の顔をして食べている。
 まぁ、僕の場合は食べられるだけありがたいと思わなきゃいけないから、文句なんてないけどね。
 ちなみに、体力勝負の仕事をする男達の食事風景は、すごいの一言だけだった。
 ともかく、彼らが食べ終わって食堂を出た後に、使用した食器を洗い、食べかすやらゴミが落ちている机や床を掃除して、本日の仕事は終了したのだった。
 今日の出来事を思い出した僕は、なかなかにハードだったと溜息を吐きながら、寝そべっていたベッドから起き上がってタブレットを手に取る。
 ロックを解除して画面を開き、噴水の所で出来なかった確認をしようと思ったのだ。
 早速画面の『カメラ』に触れ、アプリを開く。

「ん~、普通のカメラだよな~」

 そこら辺のものを適当にりながら、カメラを反転させて自撮りもしてみる。インカメラの方も、普通のカメラみたいだな。
 さて、次は『情報 Lv1』だ。

「お、これは凄いじゃん」

 なんとこのアプリでは、『カメラ』で撮った人物のステータスが表示される仕組みになっているみたいだ。
 さっき自撮りした、就職用の写真みたいに真面目な表情の自分の写真をタップしてみる。


【ケント・ヤマザキ】 Lv1
 ・種族:人族           ・■■ :■■
 ・性別:男            ・■■ :■■
 ・年齢:16                                   ・■■ :■■
 ・職業:フリーター


 黒塗り部分が気になって触れてみるも、レベルが上がらないと見られないらしい。
 どうやら今の僕のレベルだと、表示されるステータスもこれだけみたいだ。
 そしてよく見たら、年齢が十六歳になっている。本当に若返ってるんだな……
 他にも色々と調べてみたかったけど、疲れがピークに来ているらしく、押し寄せる眠気に勝てず、そのまま寝てしまったのだった。


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