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6巻
6-1
しおりを挟むクリスティアナ再び
僕、山崎健斗はある日突然、気が付くと異世界にいた。
どうしたものかと途方に暮れたが、なぜか持っていたタブレットに入っていた様々なアプリのおかげで、快適に過ごせそうだということが判明する。
冒険者となった僕は、Bランクの冒険者パーティ『暁』に加入して、使役獣を手に入れたり、魔法薬師の資格をゲットしたりと、楽しく過ごしていた。
つい最近は、ギルドが擁するSランクの冒険者達と、依頼という名のレア素材の採取ツアーに行った。
ギルドの職員が最強冒険者だと知った時は驚いたけど、料理を通じて皆と打ち解けたし、中でも植物を操る冒険者のリークさんからは、ひょんなことから慕ってもらえるようになった。
それから、魔法薬師協会の会長で親友のデレル君からの招待を受けて、妖精族の国を訪れた。
デレル君の従妹のナディーちゃんが、『人形病』という妖精族の里に伝わる不治の病にかかった時は、どうなることかと思ったけど……
賢者の協力やタブレットで新たに得た『魔獣合成』という、タブレットに取り込んだ魔獣の力を使える能力のおかげで、ナディーちゃんは無事回復した。
そして妖精の国から帰国して数週間が経ち、ダンジョンで魔法薬の素材を集めていたところ――
「久しぶりね、ケント」
僕は、暁の一員であるクルゥ君の妹――クリスティアナちゃんと遭遇した。
「お、お久しぶりです」
僕は、突然の出来事に驚きながら、クリスティアナちゃんに挨拶を返す。
クルゥ君の妹とはいえ、異能の力を使って暁の仲間のラグラーさんやケルヴィンさんを連れ去った人物でもある為、笑顔になれない。
使役獣のハーネとライは、そんな僕の様子に気付いたからか、むんっ! と胸を張りながら僕を護るように前に立ってくれた。
なんて頼もしいんだ!
そう感動したのも束の間、ハーネ達は、『ちょっとそこをどいてくださる?』と言いたげな表情のクリスティアナちゃんと目を合わせてしまう。
すぐに二人は、僕の前を離れて左右に避けてしまった。
クリスティアナちゃんの『眼』には、クルゥ君の『声』と同じく、相手を操る力があるんだ。
僕の目の前までやってきたクリスティアナちゃんは、絶対に視線を合わせようとしない僕を見てクスクスと笑う。
「ふふ、以前よりは少し成長したようね」
「……僕に、いったい何の用ですか?」
「あら? お兄さまのパーティの仲間に会いに来ちゃいけない理由がありますの?」
挑発的な態度で質問するクリスティアナちゃんに、僕はムッとして言い返した。
「僕は……僕は、以前クリスティアナちゃんがラグラーさんやケルヴィンさんを攫ったことを、許していませんから」
目を合わせないように気を付けながら、怒りの感情を含ませて言うと、彼女は肩を竦めた。
「だって、あれは仕方なかったのよ……あの依頼は大小様々な国に多大な影響力がある帝国からの『正式』なものだったんですもの。ギルドを通して届いた依頼の内容を疑ったり、『そんな依頼は受けられません』って断ったりなんて……ケントだって出来ないでしょう?」
「それは……」
「しかも、私達が聞かされたのは『国宝を盗んで行方を眩ませた第三皇子を見つけ出して捕らえる』って話でしたし……もっと言えば、受ける前は『犯罪者を捕らえる依頼』の一つとして処理されていたのよ」
クリスティアナちゃんは髪の毛の毛先を指にクルクルと巻き付けながら、話を続ける。
「あれは私達も嵌められたようなものでしたのよ。でも、ラグラーさんやケルヴィンさんには悪いと思ったから、ケルヴィンさんにかけていた能力を解きましたし、大勢いた敵兵だって処理したでしょ?」
「うっ……それは」
クリスティアナちゃんが言いたいことも分からなくはない。
でも、なんというか、暁の一員である僕からすれば、それでも皆を危険な目に遭わせたことには違いない。
そんな簡単に許せるものじゃなかった。
「ちゃんと、ラグラーさんやケルヴィンさん、それにクルゥ君にも謝ってください」
僕がそう言うと、クリスティアナちゃんは「いいですわよ?」と軽く頷いた。
彼女の想定外の反応に僕は驚く。
こうもあっさり謝罪の要求を受け入れるなんて、信じられなかったのだ。
一瞬許しかけたが、次に続く彼女の言葉に僕は唖然とする。
「ちょっと、お兄さまに至急ご相談しなきゃならないことがありますから、その為なら仕方ないですわね」
重要な話がしたいから謝る?
そんなの、ラグラーさん達への誠意がないじゃないか。
心のこもっていない、形だけの謝罪に意味があるのだろうか?
そんな適当な感じの謝罪はするべきじゃないよ――と口にしようとしたところで、遠くから聞き覚えのある声が耳に入った。
「あれ、師匠?」
声が聞こえた方へ顔を向けると、私服姿のリークさんが藪の向こう側からひょこりと顔を出して、目が合った僕に手を振っていた。
ギルドのスタッフにして最強冒険者の一人。
料理好きということを知ってからは、魔獣の調理方法を教えているうちに師匠として慕ってくれるようになった人だ。
「リークさん!?」
「師匠~! この前新鮮な食材が手に入ったんすよ!」
リークさんがニコニコ顔でこちらに近寄ってきた。
僕の近くにいたクリスティアナちゃんを目にして「知り合いかな?」といった顔をしている。
けれども、ふと僕の両側にいる使役獣――ライとハーネの状態を見た途端、リークさんは表情を変えた。
一瞬で、ストンッと感情が抜け落ちたようになると、さっきまでのニコニコ顔が嘘のように、冷たい視線をこちらに向ける。
そして――
「お前、何者だ?」
リークさんは、腰から引き抜いた短剣をクリスティアナちゃんの喉元へと向けていた。
いつの間に移動したのか全く分からなかった!
同時に、彼は自分の手で僕の顔を覆う。
どのタイミングでかは分からないけれど、リークさんはクリスティアナちゃんの能力を理解しているようだった。
「師匠、こいつの目を見ちゃダメっす」
そのままリークさんは、クリスティアナちゃんから僕の視線を外させる為に、僕の顔を自分の胸元に押し付けた。
「うわっぷ!?」
リークさんに抱きしめられながら守られる形になり、僕は恥ずかしくて離れようとする。
これでも、精神年齢はいい大人だからね。
でもリークさんの力が強くて腕の中から出ることが出来ない。
そんな僕を見て、リークさんは少し力を緩めてくれる。
なんとか首の向きを変えてギリギリ周囲が見られるようになった。
クリスティアナちゃんは再び肩を竦めている。
「別に、ケントに危害を加えるつもりは全くありませんわ」
クリスティアナちゃんは、そう言ってハーネとライにかけていた能力を解いた。
二人は今まで何があったのか分からないというように、キョトンとした顔をしている。
だが、そんなクリスティアナちゃんの様子を見てもなお、リークさんは警戒を解く素振りを見せない。
クリスティアナちゃんが両手を上げながら数歩後ろに下がっても、短剣の切っ先は彼女に向けたまま。
僕のことも放してくれないようだった。
クリスティアナちゃんは溜息を吐くと、自分の足元に魔法陣を展開した。
「はぁ……仕方ないですわね。今日はこれで帰りますわ」
リークさんには敵わないと思ったのか、撤収することに決めたようだ。
そしてその姿が消える瞬間、口を開く。
「ケント、お兄さまに『一番上の愚兄が動き出しました、油断なさらないように』――そう伝えてちょうだい」
「え、それってどういうこ――」
慌ててリークさんから離れて確認しようと思った時には、クリスティアナちゃんは転移魔法でこの場を去った後だった。
「ぐ……愚兄?」
クリスティアナちゃんの言葉が確かなら、クルゥ君とクリスティアナちゃんは二人兄妹ではなく――上にもう一人お兄さんがいるということになる。
そんな話聞いたことあったっけ?
それに……どんなお兄さんなんだろう?
クルゥ君やクリスティアナちゃんのような美少年なのか、大人な雰囲気を持った人なのか。
気になるなぁ!
でも、わざわざ警戒するように知らせてきたってことは、一番上のお兄さんとは仲が良くないのかもしれない。
これは『暁』に帰ったら、すぐにクルゥ君に伝えないといけないな……
僕が色々考えていると、ガシッと両肩を掴まれた。
「師匠! あんな危ない能力を持ってる相手の顔を見ながら話しちゃダメっすよ!」
そしてリークさんに真正面から叱られてしまう。
僕はすかさず弁明した。
「あ、いや……実は、彼女は僕のパーティメンバーの妹さんでして……それに、直接目も合わせないようにしていましたから、大丈夫ですよ」
リークさんは僕の話を聞いても、なお心配そうな顔のままだ。
「知り合いだとしてもです! 実際、師匠の使役獣を操ってたじゃないっすか! 師匠の場合、能力無効系の強力な魔道具を持っていないなら、油断は禁物っす。『自分から目を合わせなきゃ大丈夫』なんて考えは通用しないっすよ。見たところ、あの女の子はかなりの実力者っぽかったから、ほんの少しでも視線が合ってしまえば、簡単に操られてしまうっす」
リークさんはその後も僕に、能力無効系の魔道具か魔法薬の必要性を助言してくれた。
万が一、ああいう能力者と対峙しなければならなくなった場合に、備える必要があるとか。
たしかに備えあれば憂いなしだ。
その後はダンジョン内を歩きながら、リークさんおすすめの魔道具屋などを教えてもらった。
魔道具屋の店名をメモ用紙に書き写し終えた僕は、リークさんに尋ねる。
「そういえば、今日はお仕事はお休みだったんですか?」
「有給っすね」
ギルド職員にも有給なんてシステムがあるんだね。
「まぁ、夜に会議が入ってしまって一日休みじゃなくなってしまったんですけどね……」
リークさんはせっかくの休みが削れたことを嘆く。
可哀想だなと思っていたら、リークさんは何かを思い出したようにパンと手を叩いた。
「そうそう、師匠!」
「どうしたんですか?」
「この前行ったダンジョンで、めっちゃいい食材が手に入ったんすよ!」
「へえ~! どんな食材なんですか?」
「特殊ダンジョンの深層階中間辺りにいて、滅多に地上に姿を現さない『ネズヨーマ』っていう魔獣っす! あ、あと『コッティス』も見つけたんすよ~」
「ネズヨーマとコッティス?」
かなり珍しい魔獣なのか、リークさんは少し興奮気味にどんなものなのか説明してくれた。
「ネズヨーマは、特殊ダンジョン『クルテュルスの箱庭』にしかいないんすけど……雨が降った後の満月が昇る日にだけ、地中奥深くから出てくる珍しい魔獣なんすよね」
「へぇ~」
「師匠の使役獣と同じくらいの大きさの蛇型の魔獣なんすけど、体全体にふさふさの毛が生えてて、動きは遅いけど、体内にやばい毒を持っているっす」
リークさんはそう言って、ネズヨーマを持ち上げて見せてくれる。
説明の通り、ふわっふわの毛が生えた蛇という感じで、見た目はとっても可愛らしい。
しかし見た目に反して、性格はかなり獰猛な部類に入るらしく、噛まれたらネズヨーマが持っている強力な毒で、一発であの世行きになるとのこと。
使い道は魔法薬の材料で、高値で売られているらしい。もしも食料として調理できそうになかったら、魔法薬の材料に使ってもいいと言って、譲ってくれた。
もう一つのコッティスと呼ばれる魔獣は、見た目はただの小さな石ころにしか見えない。
巷では魔獣と呼ぶか魔草と呼ぶかで意見が分かれているらしい。
様々な色や形を持っているコッティスを普通の石と見分ける方法は、小石に〝猫耳〟のような二本のトンガリが付いているかどうかなんだって。
上手く想像できないでいる僕の手に、リークさんはコッティスを載せてくれた。
「これっすよ」
「こ……これは、本当に猫耳が付いた石ですね」
僕の手のひらの上に置かれたコッティスは、五百円玉ほどの大きさの、道端に落ちているような普通の小石だった。
ただ、目を凝らすと、確かに石の上に、小さな三角形の突起があるのが分かる。
「こいつは何か害があるものじゃないっす。ただ、効果として武器や防具を作る時に砕いて配合すれば、人間や魔獣、それに魔草からの魔法攻撃や精神攻撃を一時的に無力化してくれる、優れものなんすよ」
「えっ、それってすごくないですか!?」
「かなり強い魔法攻撃や精神攻撃も無力化してくれるんで、すごいっていえばすごいんすけど……」
「何か問題があるんですか?」
「そうなんすよ。物理攻撃の耐性がまるっきりないのが困りもので……しかも、配合した物――武器や防具がもともと持っている耐久性もどういうわけかゼロになってしまう。なので武器や防具じゃなくて、装飾品などに多く使われるんすよね。けどそうすると、今度は配合できる量が少なくなるので、無力化の効果も弱まってしまう――といった欠点があるんすよね」
能力はすごいが、使い勝手に難があるらしい。
「ほえぇ~」
「それに、そもそもダンジョンの中からこんなに小さいのを見つけること自体、至難の業っすからね。入手しづらさも欠点すね」
リークさんはそう言って笑った。
「確かに、そう簡単に探せないですよね」
僕は、手でコッティスを転がす。
砂利の中から小石サイズのコッティスを探せと言われても、僕なら無理だ。
流石Sランク冒険者。
こういう素材を手に入れるのも慣れているのかもしれない。
「リークさんすごい!」
「いや、俺の能力を使えばこんなのは朝飯前っす!」
リークさんは胸を張った。
そういえば、リークさんの正体は『土獄毒蛇』という魔族で、『魔植物使い』でもあったはず。
能力を使って、植物に命じれば、自分が探さなくても簡単に大量のコッティスを手に入れられるということか。
「こいつはたぶん食料にはならないと思うんで、魔法薬の材料として使えるようなら使ってください」
僕は、リークさんが手渡してきたコッティスがいっぱい入っている革袋を受け取る。
「こんなにいっぱいもらっていいんですか?」
「さっきいた女の子が使う特殊能力なんかも無効化できるはずなんで、師匠にはたくさんあげるっす」
リークさんはニカッと笑顔を見せた。
確かに、クリスティアナちゃんには、ラグラーさん達が攫われた時に能力をかけられそうになったことがある。
その時はクルゥ君が防いでくれたけど、次にクリスティアナちゃんと出会う時にどうなるか分からないからね。
「ありがとうございます!」
僕はリークさんにお礼を言ってから、袋を腕輪の中に仕舞う。
そして話題を変えることにした。
「そういえば、リークさん。この前僕が教えた料理……作ってみて、どうですか?」
「そうっすね……師匠に教えてもらった通りに調理すれば、魔獣を使う料理も使わない料理も、めっちゃ美味いんすけど……」
少しリークさんの表情が曇る。
「けど?」
「魔獣を使った料理の方は、少しでも教えてもらった作り方以外のことをしたり、調味料の分量を適当に量ってやったりすると、すぐに激マズ料理が出来てしまうっすね」
僕の場合は、大幅に自己流のアレンジを加えなければ失敗することはない。
これはタブレットのおかげで正確なレシピをいつでも確認できるからという理由が大きい。
でもリークさんのようなタブレット所有者以外の人が魔獣を使った料理を作る場合は、僕が教えたタブレットの手順通りにちゃんと調理しなければ、すぐにバランスが崩れてしまうようだ。
「でも、作り方さえ守れば、必ず美味い料理が食えるんで、その点は本当に感謝っすね! 今まで食べていたものと雲泥の差っす」
「そう言ってもらえて嬉しいです」
「出来ればレパートリーを増やしたいので、前に教えてもらった料理以外にも教えてほしいんすど……師匠、今日のこの後の予定ってどんな感じですか? お時間はあるっすか?」
リークさんにそう聞かれた僕は、今後の予定を頭に思い浮かべる。
「これからですか?」
特に急いでしなければならない仕事は入っていなかったはずだ。
「夕食の準備があるので、それまでの時間であれば大丈夫ですよ」
僕の返事を聞いて、リークさんはガッツポーズをしたのだった。
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