このたび、片思い相手の王弟殿下とじれじれ政略結婚いたしまして

むつき紫乃

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婚約者が代わりまして③

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「本当に、大丈夫なのか……?」

 念を押すように確認してくるエミリオの表情からは、深く心配する気持ちが伝わってくる。セレナとしては苦笑するほかない。

 もう自分は国王の婚約者ではなくなったのに、まだこんなふうに気遣ってくれるなんて、エミリオは本当に思いやり深い人だ。きっと彼は誰に対してもこうで、そこには特別な感情などなに一つないに違いない。

 ――だから、勘違いしてはいけないわ。

 セレナはそう強く自分を戒めた。

「ええ、もちろんです。たとえ明日、父が新しい縁談を持ってきたとしても、落ち着いて受け止められますわ」

 にこやかに告げてから、セレナはふと口をつぐむ。

 安心してもらいたくて口にしたものの、少し大袈裟だったかもしれない。かえって強がっているように聞こえただろうか。
 エミリオの反応を控えめに窺ってみれば、案の定彼は納得したとは到底言いがたい複雑な顔をしていた。

 それでも表面上はセレナの主張を受け入れ、話を進めることにしたらしい。そうか、と軽く頷いたエミリオはそこで咳払いをした。そのあらたまった様子にセレナは内心で首を傾げる。

 あらたまった――というよりは、緊張、しているようだ。今日出会ったときからなんとなく感じていたその空気。それがいっそう強まったのを察してセレナは瞳をまたたく。

「実は、あなたを呼び出した一番の理由は、別にあるんだ」
「……? はい……?」

 エミリオは一瞬ちらりとこちらを見て、その精悍に整った相貌を俯ける。彼らしくもない煮え切らない仕草。
 だがすぐに再び顔を上げると、なにかを決意したような眼差しで真っ直ぐにセレナを射貫いた。

 今度は目を逸らせなかった。
 まるで互いの時間が止まってしまったかのようなひとときのあと、彼は言った。

「新しい縁談が決まったんだ。陛下の代わりに、私が婚約することになった。その……あなたと」

 セレナはしばし言葉を返せずにいた。あまりにも自分の願望そのままの内容をエミリオが口にしたので、聞き間違いではないか――あるいは夢なのでは? と自問していたのだ。

 しかし、『陛下の代わりに』という発言の意味するところに気づいて腑に落ちる。
 要するにこの縁談は、婚約破棄に対する王家の償いのようなものなのだ。セレナとクロードとがそうであったように、これもまた完全なる政略結婚。

 状況が呑み込めてセレナが意識を現実に引き戻すと、おそるおそるこちらの反応を窺うようなエミリオの青い瞳と出会う。そこにはどこか切実な色があって、セレナはきゅんと胸が締め付けられるような心地を覚えた。

 国王には及ばないとは言え、王弟との結婚だってこの国の令嬢にとっては十分すぎるほどの誉れだ。だからもっと尊大に構えていてもいいはずなのに。

 ――わたくしの気持ちを汲み取ろうとしてくださっているんだわ。

 兄が無理になったから代わりに弟で、なんて、たやすく婚約者をすげ替えられて気分が良い者はいない。臣下としては、王弟の妃という肩書きが用意されただけでも感謝すべきなのかもしれないが、理屈で納得できることと感情は別である。

 それでも――嫌な気持ちになんて、なるはずがないのに。

 セレナはふっと吐息を漏らし、胸に秘めてきた想いを口にする代わりに、にっこりと微笑んだ。そうすることでエミリオの懸念を払拭しようとしたのだ。
 途端、彼の呼吸がグッと詰まって、その視線がわずかにそらされた。まるでなにかをこらえようとするかのように。険しく細められたその目は、どこかくすぐったそうにも見えた。

 ひどくくぐもった声が、その唇から漏れ聞こえる。

「その……急なことで、あなたのほうはまだ戸惑いが大きいと思う。だが、少なくとも私は、あなたとの婚約を嬉しく思っている」

 気遣うような慎重さを伴いつつ、あらためて目と目を合わせた彼は、そこで照れくさそうに破顔した。

 今度はセレナが呼吸を詰める番だった。

 一方的に破談にされたセレナに対して罪悪感をいだくのは、王家の一員としては当たり前のことなのかもしれない。
 だが――エミリオ個人にとって、この婚約は尻拭いで、とばっちりのはずだ。

 ――それでも前向きに受け止めようとしてくださっている。

 その姿勢が、セレナは感動するほどに嬉しかった。
 歓喜に震える胸を懸命に宥め、静かに頷きを返す。

「はい……わたくしも、新しいお相手がエミリオ様でよかったと、思っております」

 本当は、こんな言葉ではとても足りない。きっと、この胸を満たす感情の十分の一も伝わりはしないだろう。

 だが、国王の婚約者だった身では、大っぴらに喜びを表すわけにもいかないし、まして、ずっとあなたが好きでした――などということは、口が裂けても言えない。常識を疑われかねないからだ。

 だからセレナは、上擦りそうになる声を必死に抑え、なんとかそう答えるのが精一杯だった。
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