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舞踏会に招かれまして①
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胸がいきなり大きくなって驚かれたりはしないかとドキドキしつつ舞踏会に赴いたセレナだったが、拍子抜けするほど人々は無反応だった。
よく考えてみればそれはそうか、と思う。変化に気づいた人もいることにはいるのだろうが、場にそぐわない破廉恥な服装をしているわけでもないし、王弟妃の胸が若干……いやかなり平均よりも大きかったからといって、なにがどうなるわけでもない。
美しい衣服や装飾品で着飾った紳士や淑女たちは、ようやく始まった社交期とあってお近づきになりたい相手と親交を深めることに余念がない。セレナたちのもとにもひっきりなしに貴族たちが訪れた。
会場に入ってすぐは周囲の目を気にして固くなっていたセレナだったが、彼らに対応しているうちにすっかりいつもの調子を取り戻していた。
にこりとお手本のような笑みを浮かべ、次々と話しかけてくる者たちに応じることしばし。ようやく会話の相手が途絶えたかという頃を見計らって、セレナは夫の腕にかけた手を控えめに引いた。
ん? と小首をかしげて振り向いたエミリオにセレナは顔を寄せて囁く。
「胸のことは、本当にわたくしの気にしすぎだったようです。ドレスのデザインのおかげもあるとは思うのですが、全く誰も気に留めていなくて、大袈裟に捉えていた自分が少し恥ずかしいです……」
面映い気持ちを誤魔化すように、磨き抜かれた床の上に視線をさまよわせる。すると、掴まった腕とは反対側の彼の手が優しくセレナの手に重ねられた。
「劣等感というのは元来そういうものだろう。よかった。強引に勧めてはみたが、感じ方は人それぞれだからな。これまでどおりにしたほうがあなたの気が楽なら、もとに戻すべきかとも考えていたんだ」
そこまで考慮してくれていたことに、セレナは瞳を大きくする。
「それには及びません」
ゆるく首を左右に振り、ほのかに苦笑した。
「エミリオ様はいつも、わたくしの肩に入っている力を優しくほぐしてくださいますね」
生真面目さが行きすぎて、些細なことまで過剰に気にして自分を追い込んでしまうのは、セレナの欠点だ。
おそらく母を早くに失ったことが影響しているのだろう。
国と王家に尽くし多忙を極める父とモニエ侯爵家を、亡き侯爵夫人に代わって支えるのは自分だと、そういう役回りが自然とできてしまっていた。跡継ぎである弟は五歳下で、セレナ以外にその穴を埋めるに相応しい人物はいなかった。
私がしっかりしなければ――必死の努力によって表面上は何事もなく家政が回っていれば、セレナ個人の心持ちになど誰も注意を払いはしない。
だから、エミリオが初めてだったのだ。クロードの言動にいちいち傷つく必要はないのだと、そんなふうにセレナ自身の内面を心配して言葉をかけてくれたのは。
「いつも感謝しております」
深い青の瞳を真っ直ぐに見つめてお礼を言うと、彼はくすぐったそうに視線を逸らし、緩んだ口元を片手で覆った。
「……それを言うなら、あなただって」
少しくぐもって届いた言葉に、セレナは瞳をまたたく。
「あなたといるときだけ、私はこの身に負った責務をいっとき忘れられるようだ。国のためになさねばならないことではなく、どうしたらあなたを喜ばせられるかを考えてしまう」
〝しまう〟と言いつつも、彼がそれを歓迎していることは口調から明らかだった。
反応を確かめるようにこちらを窺う彼と視線が絡み合い、じわりと頬が熱を持つ。
臣下の家から嫁いだ身としては、恐れ多く思うべきところなのだろう。だが、そんな感情よりも歓喜のほうがずっとまさってしまってセレナは己の心の動きに驚いた。
「よかった……」
ぽつりと唇からこぼれ落ちたのは、嘘偽りのない本心だ。
ほかに想う人がいても、押し付けられた縁談であっても、この結婚はエミリオ個人にとって悪いものではないのだ。それが分かっただけで安堵した。セレナのそばにいることで、多忙な彼がいっときだけでもその重圧から逃れ、羽を休めることができているのだとしたら、このうえなく嬉しいことだった。
よく考えてみればそれはそうか、と思う。変化に気づいた人もいることにはいるのだろうが、場にそぐわない破廉恥な服装をしているわけでもないし、王弟妃の胸が若干……いやかなり平均よりも大きかったからといって、なにがどうなるわけでもない。
美しい衣服や装飾品で着飾った紳士や淑女たちは、ようやく始まった社交期とあってお近づきになりたい相手と親交を深めることに余念がない。セレナたちのもとにもひっきりなしに貴族たちが訪れた。
会場に入ってすぐは周囲の目を気にして固くなっていたセレナだったが、彼らに対応しているうちにすっかりいつもの調子を取り戻していた。
にこりとお手本のような笑みを浮かべ、次々と話しかけてくる者たちに応じることしばし。ようやく会話の相手が途絶えたかという頃を見計らって、セレナは夫の腕にかけた手を控えめに引いた。
ん? と小首をかしげて振り向いたエミリオにセレナは顔を寄せて囁く。
「胸のことは、本当にわたくしの気にしすぎだったようです。ドレスのデザインのおかげもあるとは思うのですが、全く誰も気に留めていなくて、大袈裟に捉えていた自分が少し恥ずかしいです……」
面映い気持ちを誤魔化すように、磨き抜かれた床の上に視線をさまよわせる。すると、掴まった腕とは反対側の彼の手が優しくセレナの手に重ねられた。
「劣等感というのは元来そういうものだろう。よかった。強引に勧めてはみたが、感じ方は人それぞれだからな。これまでどおりにしたほうがあなたの気が楽なら、もとに戻すべきかとも考えていたんだ」
そこまで考慮してくれていたことに、セレナは瞳を大きくする。
「それには及びません」
ゆるく首を左右に振り、ほのかに苦笑した。
「エミリオ様はいつも、わたくしの肩に入っている力を優しくほぐしてくださいますね」
生真面目さが行きすぎて、些細なことまで過剰に気にして自分を追い込んでしまうのは、セレナの欠点だ。
おそらく母を早くに失ったことが影響しているのだろう。
国と王家に尽くし多忙を極める父とモニエ侯爵家を、亡き侯爵夫人に代わって支えるのは自分だと、そういう役回りが自然とできてしまっていた。跡継ぎである弟は五歳下で、セレナ以外にその穴を埋めるに相応しい人物はいなかった。
私がしっかりしなければ――必死の努力によって表面上は何事もなく家政が回っていれば、セレナ個人の心持ちになど誰も注意を払いはしない。
だから、エミリオが初めてだったのだ。クロードの言動にいちいち傷つく必要はないのだと、そんなふうにセレナ自身の内面を心配して言葉をかけてくれたのは。
「いつも感謝しております」
深い青の瞳を真っ直ぐに見つめてお礼を言うと、彼はくすぐったそうに視線を逸らし、緩んだ口元を片手で覆った。
「……それを言うなら、あなただって」
少しくぐもって届いた言葉に、セレナは瞳をまたたく。
「あなたといるときだけ、私はこの身に負った責務をいっとき忘れられるようだ。国のためになさねばならないことではなく、どうしたらあなたを喜ばせられるかを考えてしまう」
〝しまう〟と言いつつも、彼がそれを歓迎していることは口調から明らかだった。
反応を確かめるようにこちらを窺う彼と視線が絡み合い、じわりと頬が熱を持つ。
臣下の家から嫁いだ身としては、恐れ多く思うべきところなのだろう。だが、そんな感情よりも歓喜のほうがずっとまさってしまってセレナは己の心の動きに驚いた。
「よかった……」
ぽつりと唇からこぼれ落ちたのは、嘘偽りのない本心だ。
ほかに想う人がいても、押し付けられた縁談であっても、この結婚はエミリオ個人にとって悪いものではないのだ。それが分かっただけで安堵した。セレナのそばにいることで、多忙な彼がいっときだけでもその重圧から逃れ、羽を休めることができているのだとしたら、このうえなく嬉しいことだった。
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