金になるなら何でも売ってやるー元公爵令嬢、娼婦になって復讐しますー

だんだん

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穏やかな村にて

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 宿に戻ると、子ども達が待っていた。

 赤ん坊は静かに寝ていた。まだ夜泣きもうるさい時期だろうに、案外静かで驚く。

 私の妹や弟が産まれた時はかなり大変だったとメイドから聞いていたので、この子達は手の掛からない子どもなのだろうか。子どもを育てたこともないので分からない。

 お姉さんへの手土産として渡すつもりだったお菓子をあげるとアイシャが喜んで食べている。


 お菓子は高級品の部類なので、食べたことがなかったのだろう。こんな美味しいものがあるなんてと目を丸くしている。


 風呂にも自分で入れたようだ。弟の方もこざっぱりしており、オムツも換えて貰いすっきりしたのかモゾモゾと動くこともなくなっていた。


 明日になれば、王都を出る。

 行く村は此処よりも少し北で、涼しい地域だ。

 この年齢の子ども達にとって環境の変化は大きなストレスになるだろうが、我慢して貰うより他はない。


 出発の前に暖かそうな服を買ってやっても良いと思う。


 ご飯は宿の食堂で食べた。アドウィルの方は離乳食も食べ始めている時期とのことで、宿の人に頼み作って貰った重湯のようなものをアイシャが自分も食べながら口に運んでやっている。


 姉というより、小さな母親のようだなと思う。

 平民では弟妹の世話は上の子どもがすることが多い。弟が産まれる前は、近所の赤ん坊の面倒を見ていたと言っていたので、子どもの世話は慣れているのだろう。


 男の子が売られることは少ないのだが、事情を聞くとどうやら年の離れた兄がいるらしい。兄はもう自分の家庭を持っている為、アイシャ達は用済みなのだという。


 赤ん坊は何も知らずに呑気に口に運ばれたおもゆを食べている。たまにぺっと吐き出すが、素直に飲み込むときもある。一体何が違うのだろうか。

 アイシャは弟の行動には慣れているのか淡々と口元にスプーンを運んでいる。


 ご飯のあとは別の部屋で寝る。隣にいるので何かあれば呼ぶように言った。

 寂しそうな顔をしていたが、奴隷と同じ部屋で寝れないと言うより、仕事で疲れているのにその上他人の子どもの世話までやってられないと言う方が正しい。

 今日くらい久し振りに一人で寝たい。


 改めて世の中の母親という生き物は偉大だと思う。何日も何日も行動原理の不明な生き物の面倒をよく見れるな。




 朝になって、子ども達の部屋を覗くと、アイシャが小さな弟の隣で丸くなって寝ていた。

 疲れきっているのだろう。急ぐ旅でもないし、もう少し寝かせてやろうかと思っていたのだが、私の気配に目が覚めてしまったらしく、ゆっくりと身体を起こしていた。


「リルさま」


 どうやらさん呼びは辞めたらしい。別に気安く呼んでくれて構わないのだが、彼女なりに恩を感じているのかもしれない。


「起きたのなら顔を洗って支度をしなさい。ご飯を食べに行くよ。」


 ご飯と聞いて嬉しそうな顔をする。

 暫くまともに食べていなかったので、身体が栄養を欲しているのだろうか。

 パタパタと動く子どもと、姉が起きたので泣き叫ぶ弟を見て、子どもというのは不思議な生き物だと思う。








「転移」


 いつものように、王都を出た人気のない森で、転移魔法を使う。

 心にしっかりと行き先を思い浮かべるために瞳を閉じる。

 片手はアイシャと手を繋いでいた。


 次に瞳を開けると、見慣れた村の前だった。魔物や獣避けに防護柵が貼られている。


「ここは?」


 何が起こったのか分からないと言いたげにアイシャがこちらを見上げながら聞いてくる。


「転移魔法で貴女達がこれから住む村まで来た。これから村長に挨拶に行くからそのつもりで。」


「転移魔法?」


「初めてだったのかしら。結構メジャーな魔法だとは思うけれど。」


 こくん、と頷かれる。

 魔法使いは数が多くはない。100人に1人魔法が使えるかどうかだ。魔法が使えたとして、どのくらい使えるのか、なんの魔法が得意なのかは個人差が大きい。転移魔法はメジャーだが、魔力消費が大きいため使用者は魔力が多くないといけない。

 住んでいる場所に魔法使いが少なければ、それだけ転移魔法で運ばれる機会も減るだろう。

 転移魔法での移動が初めてだと言う者も少なくはない。


 村に入る前に仮面を付ける。金色の仮面だ。顔全体を多い隠す仮面で、何故か目元の下から青いラインが入っていたりと、絶妙にデザインがダサい。リルがリリスと同一人物だとばれないように、そして公爵令嬢であったこともバレないようにするために、この絶妙にダサい仮面を付けている。

 基本的に村長以外はこの下の顔を見たことがない。アイシャにはがっつり見られているが、何か言いふらすような子どもでもないだろう。

 一応後で口止めをしておこうか。


 村の中に入ると、村人達が此方を見ては声を掛けてくる。


「リル様、おかえりなさい!」


「リル様だ!」


「リル様、この前はお母さんのお薬ありがとう!」


 私にはリリスの他にリルという名前がある。

 リリスは娼婦として働くときのみ使用する名前で、他ではリルと名乗っている。公爵令嬢だった時の名前は捨てた。


 この村は私が公娼になったばかりの頃、たまたま訪れた辺境の村だった。あまりに他の村や町から離れているためか、領主の手が届いておらず、かなり貧しい村で男手は十年前の戦争で取られそのまま戻ってきていなかった為、少なかった。

 村は荒れ、村人達は今日食べるのもやっと、という具合で、私はそんな村の惨状に同情し、リリスとして稼いだ金を投資し、村を建て直す手伝いを申し出た。

 以来、この村には定期的に来ては孤児や寡婦、時には戦で傷痍軍人となった者など、『私にとって害のない者』を連れてきては面倒を見ている。

 怪我が治った元軍人は畑を耕し、村の護衛を行ってくれている。新しく所帯を持つものもいた。

 拾ってきた者の中に、有識者や魔法を使える者がいれば、教育者として登用した。

 孤児や元々いた子ども達は成長するにつれて、自分に出来ることを村のためにしてくれている。女子であろうと男子であろうと分け隔てなく教育を受けさせ、才能ある者には魔法も教えた。

 そうして豊かになってきている村を見るのが、私の心の慰めになっている。

 投資は今も続けており、かなりの額になってはいる。豊かになってきた村の様子を何処からか嗅ぎ付けた領主に今までの借用書を見せてやれば、渋い顔をして、税をきちんと納めるならば好きにして良いと口を出して来なくなった。


 気が付けば、唯一心が休まる場所になっていた。村の皆は家族のようなものだし、守るべき対象だ。

『あの日』全てを失った私だが、また守るものを作ってしまった。今度こそ守りたいと思う。




 村長である老婆の家に着いた。

 此処の住人は元々殆んど女しか残っていなかったこともあり、村長が女性であることに文句を言うものはいない。元軍人達も、元は男尊女卑よりの思想だったようだが、此処には強い女性ばかりいるため、そんな思想は無くなったようだ。そもそも、余りにも男尊女卑が強い者は連れてこないのだが。


 アイシャがアドウィルを抱えて不安そうにしている。次から次へと状況が変わり混乱しているのだろう。そろそろ落ち着けるようになるので待って貰いたい。


「ネストラ婆様、中に入りますよ。」


「やっと帰ってきたかい、ドラ娘。」


 ネストラ婆様は御年80。しわくちゃのお婆ちゃんであるが、足腰も頭の方もしっかりしている。戦で亡くなった夫や息子の代わりに長くこの村を守ってきた女傑だ。


 婆様にとっては私もまだ小娘のようで、私が外で何をしてるのかを知ってる為、かなり心配を掛けていた。


「おや、また何かちっこいのを連れてきた。賢そうな顔をした娘だこと。」


「奴隷商人から買ってきたの。悪くない買い物だった。」


「分かった。村の孤児院で面倒を見よう。名前はなんという。」


「私はアイシャです。弟はアドウィル。宜しくお願いします。」


 アイシャがおずおずと名乗った。


「アイシャ、こちらネストラ婆様。ここの村長をしているの。何かあったらこの人を頼りなさい。婆様、この子達を頼みます。」


 婆様は頷くとパンパンと手を叩くと部屋に女が入ってきた。50歳ほどで、婆様の末の娘だ。今は孤児院の管理をしてくれている。

 私が子どもを連れてきたのを見て、呼んでおいてくれていたのだろう。

 アイシャを連れて外に出た。


 あの二人のことはもう安心だ。


 私は婆様の目の前に金貨をどさっと置いた。今回の二仕事の稼ぎの半分だ。

 婆様はいつものことだと借用書を差し出す。

 もうサイン済みで、あとは金額と私のサインを入れるだけになっていた。


 返すことなんて望んでもないが、念のため借用書は書いている。またこの婆様は、ちょこちょこ返済してくれているので、気持ちとして受け取っている。貰うばかりというのも気が引けるのだろう。


「ネストラ婆様、ニージュの実の出来はどう?」


 ニージュの実とはこの村の特産物だ。森に成っていることの多い、酸味のある木の実だが、皮が風邪の薬になる。此処では、自然に成っている実の栽培技術が完成していた。

 今ではこの村の貴重な財源の一つだ。


 これから寒くなり風邪の流行る時期になる。収穫量は気になるところだ。


「上々だよ。冬を越す準備も整ってきたところさ。」


 山に囲まれた村は、雪が降れば山を降りた先にある町からは孤立してしまう。男衆の多かった頃は冬の間、皆で町に移ったこともあったようだが、今はその人手が足りない。

 少し不便だが、雪の間は村で冬ごもりをして貰う他ない。何か足りない物があれば私や他に転移魔法での移動が可能な者が買ってくるし、以前のように完全に孤立している訳でない。


 秋までに出来た収穫物を売って冬ごもりに必要な物を買う。税も納めなければならないので、この時期は忙しい。


 物要りなので私も稼がなければいけない。稼ぎ頭は大変である。今はゆっくりしている暇もない。今日は村人達が歓迎してくれるようなので、明日出発する。


 婆様にそう言えば、


「働きすぎだよ。」


 と言われるが、私からの収入を当てにしている所もあるので、それ以上は何も言わなかった。





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