金になるなら何でも売ってやるー元公爵令嬢、娼婦になって復讐しますー

だんだん

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生意気な少年1

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雪祭りは眠くなった子ども達から徐々に脱落していき、冷えきった夜中に大人だけで盛り上がる。


私はというと、脱落組にこっそり混ざって出てこようとしたところをネストラ婆様他、村人達にがっしりと掴まれて引き留められた。


結局朝まで呑めや歌えやのどんちゃん騒ぎに巻き込まれ、次の日の夕方までぐっすりと寝ることになった。







―――――――――



夜中にこっそり村を抜け出そうとした時、誰かの気配がして足を止めた。


「こんな襲い時間にお出掛けですか?リル様。」


ゆっくりと歩いてきたのはルイで、肩をすくめて振り返る。


「貴方こそ、子どもはもう寝る時間でしょう。」


「俺はもう子どもではありません。」


「そう言ってるうちはまだ子ども。」


雪が止んで月が出ていた。その明かりに反射した瞳に睨まれて、どうしてか動けなくなった。


「リル様だって、俺達とそう歳が変わるわけでもないでしょう。」


「5つ6つ違えば十分じゃない?」


段々と近付いてくるルイが、もう見上げる程に大きくなっていることに気が付いた。

初めて会った時はまだ私よりも小さかったのに、いつの間にこんなに大きくなったのだろう。


頭の中のルイはまだ小さくて生意気でどうしようもない悪餓鬼だった。


目の前の彼と全く繋がらない。


ばっと腕を強く捕まれる。それだけで動けなくなった自分が怖かった。とても弱くなった気持ちがして不安になる。


「仕事に、行かなければならないの。」


だから放して、と言うが余計に強く捕まれた。


「仕事って何ですか。どこに行くのかも、何をしてるのかも、いつも教えてくれないじゃないですか。」


痛くなる腕よりも、泣きそうになっているルイの言葉が辛かった。


私の仕事の事なんて、言える筈が無い。知っているのもネストラ婆様だけだ。

話したら軽蔑されるかもしれない。もう村に来れなくなるかもしれない。それが怖くて、打ち明けることが出来ずにいた。

リリスとしての自分は、正直この仕事を気に入っているのだけれど、リルとしては自分でも分からない。


辛い、こともあるのだとは思う。

感情がぐちゃぐちゃになって、分からなくなる。



「俺、覚えてる事があるんです。」


何も言わない私をルイは真っ直ぐに見つめた。


「もう何年も前。俺がこの村に来たばかりの頃。一回だけ、リル様が夜中に酔って村に来たことがあったんです。」


そんな事があっただろうか。

良く覚えていなかった。

私は余り酒に酔う体質ではなく、どちらかと言えば強い方だったから、そんなに酔うことなんて滅多にない。それだけ呑んだ日なら覚えていてもおかしくないのだけれども、酔いすぎていたのか記憶にない。


「村の人達もランダもディーンも寝てたけど、俺は起きてて、リル様が帰ってきた事に気が付いて悪戯しようと思って部屋に忍び込んだんです。そしたら。」


ふっと息を吐く。


「貴女から男物の香水の匂いがしました。それもかなり高級な。」


「ルイ。」


腕が痛くて、名前を呼んでみるが意味は無かった。

月光だけが、静かに私達に降り注いだ。


「俺はスラムで育ちました。生きていくためにスリだって何度もやりました。金を持っている人間を見分ける方法の一つに香りがあるんです。高い香水を付けてる人間は金を持っている。金持ちを狙うのはリスクはあるけどリターンも大きい。

貴女からしたのは何度も嗅いだことのある、王都の金持ちの間で流行っていた香水です。どうして貴女から、男物の香水の匂いなんてしたのでしょう。あの時は分からなかったけど、今なら分かります。」


「ルイ。お願い。放して。」


私を掴むルイの指も白く変色していた。

私は良い。怪我なんてすぐ治せる。

だけどルイが痛そうだから、放して欲しかった。


「行かないで。」


ルイの冷たくも感じる瞳から涙が一筋落ちる。


「貴女を苦しめるものの所に行かないでください。お願いです。仕事のことは誰にも言わないから、だから行かないで。」


ルイの子供の時のような口調に、ハッとした。

私は大人だ。なのに子供に気を遣わせて、苦しめて。一体何をしているのだろう。


「ルイ。落ち着いて?ね?」


彼の涙を指の腹で拭った。

子供の時のように頭を撫でる。

あの時は頭を撫でるのは簡単だったのに、今は背伸びをしなくてはいけない。

全く、大きくなり過ぎるのも辞めてほしい。慰めることも出来なくなるじゃないか。


「ごめんなさい。リル様を困らせるつもりなんて無かったんです。リル様が辛そうだったから行かないで欲しかっただけなんです。だからそんなに固くならないでください。」


私は今、どんな顔をしているのだろう。

きっと変な顔をしているに違いない。


仮面を被っていて良かった。

この子に、酷い顔を見られなくて済むから。


「私は大丈夫。今までごめんなさい。辛い思いをさせてしまったね。」


大丈夫だから、と繰り返すと落ち着いてくる。


「ごめんなさい。」


落ち着いたルイに慌てて腕を離される。ちょっと赤くなっていそうだが、暗いので分からなかった。


「ちょっとだけ話そうか。」


まだ夜が明けるまで時間はある。

村の中に、上手く渡ると教会の屋根の上に乗れる場所がある。初めに木をよじ登らなければならないので、雪が積もる冬には村の人達は殆んどやらないが、悪餓鬼を追い掛けていた私には余裕だった。

そして元悪餓鬼も苦戦すること無く登ってくる。


「綺麗な空だね。」


見上げると、吸い込まれそうなくらい澄んだ光を放つ月とキラキラと輝く星空があった。


「こうして二人で話すのも久し振りだね。」


教会の屋根の上に、二人でならんで座る。


「リル様、どうして仮面を付けるようになったんですか?初めの頃は付けてなかったのに。」


元々はリリスの姿絵が勝手に売られ始めて、顔を隠すために始めたことがきっかけだった。だけど。


「私が私であるため、かな。これがあればリルでいられるから。」


仮面は私にとって、もう無くてはならないものになっていた。


リリスとリルを分けるのに、仮面が必要になっていた。

仮面で分けていない時は自分の中のリリスとリルが酷く曖昧で、自分が今どちらなのか分からなくなっていた。ルイが見たのはそんな時だったのだろう。

完全に自分の中で分けるようになってから、『男』の気配を消せるようになった。


「久し振りに顔が見たいと言ったら、困りますか?」


「駄目。もう見せないって決めてるの。」


今はまだ見たことがないだろうけど、いつか村を出たときに私の姿絵を見てしまうかもしれない。

その時に少しでも私だと気付かないでいて欲しいから。


「顔を見せないで忘れさせようっていう作戦だったら無駄ですよ。俺が貴女の顔を忘れるなんてあり得ません。昨日は皆にとって貴女は恩人で母であり姉のような人と言ったけれど、俺は母や姉のようだなんて思ったことありません。俺は.....」


きっぱりと言い切る彼。続く言葉は人差し指を彼の唇に当てて言わせなかった。


「知ってる。知ってたよ。ルイ。」


だから余り会わないようにしていたのに。

いつの日からか彼の私に対する態度が変わった。そのくらいからだろうか。視線も変わってきたのは。


仮面を付けた後だったのに、本当に変わった子。


会わなければ消えると思っていた感情が、こんなに大きくなっているとは思わなかったけど。いつかこんな時が来るんじゃないかと何処かで思っていた。

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