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炎翼の導き手
しおりを挟むマックスマッハ号を抑えたものの、私達にはまだ仕事があった。かなりの速さで近付いてくる大きな魔力に圧力を感じる。
「踊り子ぴょん、あの人が来るんでしょう?今度は私にやらせてよ。踊り子ぴょんは私の支援ね!ほらー、皆は下がって下がって!!ロア君はマックスマッハ号の人達が変なことしないように見張っててー。最悪舌切っちゃって良いから!」
舌を切ると言われたマックスマッハ号の面々が顔を青褪めさせる。詠唱が必要な魔法使いや治癒魔法使いにとって、舌を切られるのは致命傷だ。
ドシンと音を立てて着地した紅い服を着た大きな男が目を見開いた。
「お前達は…。」
「お久し振りです。炎翼の導き手。」
「ん?………お前は、金色の踊り子か?そんな顔をしていたのか…。」
「ちょっと、ヘンテコ仮面を取った踊り子ぴょんがスーパー美人だからって、そっちばっかり見ないでよねー。うちの大切なお姫様なんだからさ。」
へんてこ仮面とは失礼だな…と思う。
「姫…?」
私を見つめた炎翼の導き手が、私の後ろの軍勢が持つ旗を見てあぁ…と声を上げた。
「お前が、裏切り者の公爵令嬢だったのか。」
「やだなー、踊り子ぴょんは誰のことも裏切ってないよ。ただ王国が酷すぎたから国を良くしようとしてるだけ。」
「そんな酷い国か?」
「男の人には分からないよねー。」
マスターが地面を蹴り上げるのに合わせて、身体強化を掛ける。
「ねえ、覚えてる?私達の天幕が他のSランク冒険者に襲われたこと。」
「…あれは戦場に女がいたからだろう?」
マスターが大きく斧を振り上げた。
「本当にそう思う?」
ガンっとマスターの斧が炎翼の導き手のガントレットにぶつかった。
「あれがね、王国の女の日常なの。ちょっとでも油断すれば襲われる。襲われたら襲われたでこっちのせいだって言われるし、妊娠したって誰も助けてくれない。…しかも婚前交渉が禁止の風潮で、襲われた女はただでさえショックを受けてるのに、もう誰ともまともな結婚は出来ないと言われて、信頼していた家族からも捨てられるの。」
マスターの言っていることは、王国の女達の悲鳴だった。気に入った女を手籠めにしようと襲う男がいて、断れば暴力だって振るわれる。下手をすれば殺されることだってあった。
「男だって、貧しい生まれなら厳しいよね。炎翼たんはさ、王都のスラムを見た?」
「……己の力不足を国のせいにしているだけだろう。」
「そうかな?」
打ち合っては離れ、打ち合っては離れを繰り返す二人だったが、それを目で追えているのは私とロア君だけのようだった。
目の前では、冒険者なら誰もが憧れるSランク冒険者最強格二人の別次元の戦いが繰り広げられていた。
流石マスター…そしてそれに遅れを取らない炎翼の導き手も流石だ。
二人は私やロア君がSランクに上がるより前に、その地位にいて周囲とは隔絶した実力がある。女を最強と認めない冒険者協会は、炎翼の導き手を王国最強としていた。
しかし、私が見るにマスターは私がサポートをしているのもあり、少し余裕があった。対峙する炎翼の導き手は幸運なことに一人だ。
何故彼が一人で来たのかは分からない。先に飛び出したマックスマッハ号を捕まえに来たのかも知れない。
「…あはっ!!楽しくなってきたねぇ!炎翼たん!!」
「俺はそうでもないがな!」
こんなに楽しそうなマスターを見るのはいつぶりだろうか。戦争が始まってからの彼女はいつも戦いを楽しむというよりも義務を果たすことに精一杯だったように思う。
元々戦闘狂のマスターだ。
強いものと戦うのが好きで、いつだって困難な依頼に立ち向かってきた彼女は、その辺でのうのうとしている冒険者とは格が違う。
炎翼の導き手が小声で詠唱を始めた。
マスターが大きく一歩下がる。
今までマスターがいた場所を、炎の龍が襲った。
「流石~!炎翼の導き手の名前は伊達じゃないねー!」
楽しそうなマスターに、炎翼の導き手が舌打ちをした。
「そーれっ!と!」
大きく降った斧が炎翼の導き手の肩を掠め、小さく傷を作った。
「炎翼たん、ごめんねー。これ戦争だからさー。ゆっくり遊んでられないの。だから……踊り子ぴょん、お願いね!」
マスターに言われるや否や、私は掛けられるだけの補助魔法をマスターに掛ける。斧には水属性の魔力を付与させた。
「ちっ…!相変わらず金色の踊り子も化け物じみた魔法の使い方をする…!!」
私に狙いを定めようとした炎翼の導き手に、マスターが斧で斬りかかる。
「そうはいかないよ。あの子は大切なお姫様なの。傷一つ、付けさせないんだから。」
炎翼の導き手の大剣をマスターの斧が叩き落とした。
「あの子に手を出したらいくら一緒に戦った仲とはいえ…殺すよ。」
マスターの濃い殺気が辺を包む。
後ろの兵の中には膝を付くものもいた。
自分に向けられたものではないと分かってはいても、これは耐えられないだろう。
彼らのために結界を貼る。
「炎翼たんはさ…何のために戦ってるの?」
「…国を魔王軍から守る為だ。」
「そんなの、信じてないでしょ。」
「俺にも大切なものがある。」
「あー、炎翼たんのギルド?ねー、炎翼たん、良く考えなよ。その大事なギルドメンバーをこんな危ないことだらけの戦場に連れてきちゃってさ。王国が不利なのは分かってるでしょ?…みーんな、死んじゃうよ?」
「黙れ。」
ふっとマスターが笑った。
「どうしたら良いか分からないよね。国王の命令は絶対。逆らったら殺される…そう思ってる?」
「煩い。」
炎翼の導き手がマスターをガントレットで突き飛ばそうとするも、マスターはそれを片手で受けた。
「もしも…もしもさ、帝国や第二王子が、自分の大切なものを守ってくれる…そう言ったらどうする?」
不敵に笑うマスターが、炎翼の導き手にそう話を持ち掛けたのだった。
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