金になるなら何でも売ってやるー元公爵令嬢、娼婦になって復讐しますー

だんだん

文字の大きさ
125 / 136

最後の逢瀬

しおりを挟む







呆然としたように私を見て呟いた。




「リリス……どうしてこんな所にっ…。その紋章は…」



「殿下。私達は初対面です。私はエミリア・ジェーン・アドラー。貴方に貶められたアドラー公爵家の生き残りです。」




青白い顔を更に青くさせた第一王子が、そんな…とよろけそうになるのを、一緒に馬に乗っていた男が支えた。




「殿下!!」




しっかりしてください!と叱責する男の顔は見慣れない者だった。彼にいつも付いていた護衛の中にもこの者はいなかったと思う。かといって貴族の子弟という訳でも無さそうだ。


しかし第一王子の為に動いているのは彼だけのようだった。




「私は…私は何ということを…。」




彼の悲哀は、愛した女に酷いことをしてしまったという後悔の念からくるものだろうか。


私がいくらリリスではないと否定しようと彼が私を見間違う筈も無い。しかし、ここで私がリリスであると認めるわけにはいかなかった。


アドラー公爵令嬢…いや、現アドラー公爵という女は悲劇の乙女だ。そしてそれは…純潔な乙女でなければならなかった。決して、生きる為に男に身体を売るような、浅はかで汚れた女であってはいけないのだ。


公娼であったことが広まれば、私の立場は無くなるだろう。世間は私を汚い女だと見る。どんな言葉で取り繕ってもそれは覆ることはない。そして、これは仕方のないことであった。


だからせめてこの戦争が終わるまでは、私は初な乙女を、復讐に燃える乙女を演じ切らねばならない。何せ、これだけ多くの人が私や勇者を信じてこちらについてくれたのだから。今、あの数の人々に反乱を起こされればこの戦争は失敗に終わる。第二王子を国王にするどころではなくなってしまうのだ。


だからこそ、彼の個人的な感傷も、私の心の痛みも配慮されるべき物事ではなく、ただそれぞれがこの大きな歴史的転換に対して、各々が各々の役目を果たすより他無かった。




「殿下、お逃げください。」




男が馬を降り、私に剣を向けて言った。

そんな男と私の間にすかさずマスターが割って入る。





「マスター…。」



「踊り子ぴょん、言ったよね。私がいる限り、誰にも踊り子ぴょんには指一本触れさせないって。」





マスターと男が激しく打ち合った。


上空では、勇者二人とミキ様が魔法の撃ち合いをしていた。どう見てもミキ様の有利は揺らがない。

遠くにいるはずの軍勢の一部が、こちらに加勢しようと向かってくるのを感じる。


どうやら、彼等の戦いは終結を迎えたらしい。


当たり前だ。


十倍以上の人数差で、寧ろここまでよく持ったと感心してしまうほどだ。





「殿下…。こちらに軍勢が向かってきています。」


「そうか。もう終わりだな。」


「降伏を…なさいますか?」


「無理だ。私が生きていればアレの治世の邪魔になる。私達は…誰か一人だけしか生き残ることの出来ない運命だったのだ…。」




アレ、とは第二王子の事だろうか。

私達、とは誰のことだろうか。

幼い頃は、第一王子と第二王子の関係は悪くなかったと聞く。幼い頃の第二王子からはたまに「兄上」という言葉を聞いていた。優しい兄がいるのだと、柔らかい顔で話していたのに…。


一体、どうしてここまで拗れてしまったのだろうか。




「リリス。最期に、お前と話がしたい。」



「踊り子ぴょん!!」




行ってはいけないとマスターが声を上げた。


だれど私の手は…差し出された彼の手を取って、彼と共に馬に乗っていた。


マスターがこちらに向かおうとするのを、男が阻んだ。男の瞳は真っ赤に染まっている。


多少腕が立つようだが、マスターとの戦闘では彼に分が悪すぎる。




「………すまない…。」





それが分かっているのかいないのか、第一王子は馬上で男に謝罪し、馬の手綱を引いた。






ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー





それから、どれほど駆けたろう。

短いような、長いような、そんな時間が過ぎた。



馬上で一言も発さずに二人でただ、黙って身体を寄せ合う。

彼の鼓動が伝わってくるのが、どうにも哀しくて、やるせない気持ちになった。


小高い丘に辿り着くと、彼と私は馬を降りた。

そのまま彼は馬の背を叩き、馬が遠くまで走っていくのを見送った。




「殿下、何を……。」



「すまない。リリス。最後に、そなたと少し話をしたかったのだ。」




向き合った彼は、以前よりも更に痩せていた。




「ここならば誰もいない。だからどうか。最後だから…。」



「……クロウ様。」




自然と口から出たのは彼の名前だった。それはアドラー公爵である私から出た言葉ではない。リリスとして…ただの女として出たものであった。




「……まだ、名で呼んでくれるのだな。」




ふっと目元を和らげた彼は、どこまでも愚かで優しい、私の知る第一王子のままだった。




「…逃げてください。」




思いもよらない言葉が、私の口から飛び出した。どうしてか、哀しくて哀しくて堪らなかった。




「リリス…愛しい人。どうか泣かないでくれ。」




そっと添えられた掌の温かさで、自分が泣いているのだと気が付いた。

困ったように微笑む彼が、今にも消えてしまいそうに感じて、私はただその掌をそっと握る事しか出来なかった。




「ずっと、長い間、辛い思いをさせてしまったな。家族を殺した憎い男に抱かれるのはどれだけ辛かったろうに。………私は、そなたに振り向いて貰おうと必死で、そなたがつれない態度を取るのも、私に力が無いからだと愚かにも誤解していた…。」



「違うのです…。憎いと思うこともありましたが…違うのです…。」




この人はただ奔流されただけなのだ。

宮廷の参謀術数に長けた貴族や王族達に、抗う術も知らず利用されただけなのだ。優しくしてくれた人を、私の事を一番に大切だと言ってくれた人を、どうして憎み続けることが出来るだろう。


この日が来るのが怖かった。


彼に、私がアドラーの生き残りだと知られることが怖かった。


隠れて二人で生きることが出来るのならばそれでも良いと思っていたのに。




「困ったな…そんなに泣かれては、私の覚悟も揺らいでしまう。」




覚悟、その言葉に寒気がした。

はっと顔を上げるとそこには、王の顔をした男が立っていた。



「いけません。クロウ様…。」




イヤイヤと子どものように首を振った。

とうに覚悟を決めていたのは私の方だった筈だ。なのにどうしてこの時になってこんな気持ちになるのだろう。


仕方ないな、そう言って彼は私を抱き締めて髪を撫でた。


身じろぎして抵抗しようとしたが、身体に力が入らない。いや、本気で抵抗しようと思えば弱った彼の身体など簡単に跳ね除けられただろうが、どうしてかそれをしたくなかった。


とんとんと私の背中を優しく撫でて、そのまま彼は昔話を始めたのだった。






しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】愛する夫の務めとは

Ringo
恋愛
アンダーソン侯爵家のひとり娘レイチェルと結婚し婿入りした第二王子セドリック。 政略結婚ながら確かな愛情を育んだふたりは仲睦まじく過ごし、跡継ぎも生まれて順風満帆。 しかし突然王家から呼び出しを受けたセドリックは“伝統”の遂行を命じられ、断れば妻子の命はないと脅され受け入れることに。 その後…… 城に滞在するセドリックは妻ではない女性を何度も抱いて子種を注いでいた。 ※完結予約済み ※全6話+おまけ2話 ※ご都合主義の創作ファンタジー ※ヒーローがヒロイン以外と致す描写がございます ※ヒーローは変態です ※セカンドヒーロー、途中まで空気です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】亡くなった妻の微笑み

彩華(あやはな)
恋愛
僕は妻の妹と関係を持っている。 旅行から帰ってくると妻はいなかった。次の朝、妻カメリアは川の中で浮いているのが発見された。 それから屋敷では妻の姿を見るようになる。僕は妻の影を追うようになっていく。  ホラー的にも感じると思いますが、一応、恋愛です。     腹黒気分時にしたためたため真っ黒の作品です。お気をつけてください。 6話完結です。

処理中です...