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来世では
しおりを挟む私が構えないのを見て第一王子がゆっくりと立ち上がり、私に向かい少し下がった剣先を向けた。
そしてそのまま振るわれた剣先が、私の髪を切り落とす。
バサリと金の塊になったそれが、無惨にも地面に散った。
肩ほどまでになってしまった髪を見て頭が真っ白になった。
「どうした、そこに付いている物は飾りか?」
離れた手は、彼には届かない。
「………クロウ様…。」
「無礼者、そなたに私の名前を呼ぶ権利など無い。」
まるで初対面かのように振る舞う彼。
嫌だ…。
そう思って彼を見るが、冷たい覚悟だけがその瞳に宿っているようであった。
私もゆらりと立ち上がり、剣を引き抜き構える。彼の持つ剣が白銀に輝き太陽に反射した。
金属のぶつかり合う、嫌な音が響いた。
軽い。
小手先調べのような一撃だったが、それでも成人男性の振るう剣とは思えない程に軽い。
身体強化をしていない私でも、簡単に彼の剣を弾いてしまえるほどだった。空高く飛んでいく剣に彼は早々に手放す。
剣を失った彼はそのまま私に向かって魔法を放った。
無詠唱の中級魔法…。
威力もかなり抑えられたそれは、本当に私を傷付けるためのものであったのだろうか。
私はそれを避けると、剣を握り締め彼の首元に突き付けた。
しかし、震える切っ先がうまく扱えない。
彼を殺したくないと、リリスが叫んだ。
彼はそんな私を見て仕方ないとでも言いたげに微笑み、そして私の剣を素手で握り締め…一呼吸置いた後、自分の胸に突き立てる。
抵抗が出来なかった。今の彼の弱い力で私に叶う筈も無いというのに。それとも彼が今まで手加減をしてくれていたのだろうか、私の中の何かがそうさせたのか分からなかった。
赤い液体が彼の身体からどくどくと流れ出た。
声にならない声が、彼の口から漏れる。
力なく倒れる彼を私は支える。
とめどなく溢れる血を見て思わず治癒魔法を発動しかけ…彼の瞳を見て止めた。
それは駄目だ。してはいけないと言われているようで動けなかった。
「どうして…。」
「私が生きているとお前たちの邪魔をしてしまうだろう…。」
彼の口から、赤い赤い血が漏れた。
「駄目です。…どうか治療させてください。」
魔法を発動しようとするも、彼の魔力が私を抑え発動出来ない。
こんなことが出来る者がいるなんて聞いたことが無かった。彼が努力の末に身に着けたその技術が彼の命を削っていく。
ゆっくりと彼は首を振った。
「あい、してる。」
その言葉の虚しさに、涙が溢れた。
私には…それに返す言葉が無かった。返してしてはいけないと自制心が私を抑える。
「クロウ様…っ!!」
「綺麗な髪だったのに…。切ってしまって済まなかったな。」
そんなことはどうでも良いと叫んだような気がする。髪なんて心底どうでも良かった。
「結局、最後までそなたは優しいのだな。長い間、私の気持ちを押し付けてしまい迷惑だったろう。すまなかった。……………これからは幸せになってくれ…。」
かすれた声が、彼の命が短いことを悟らせる。
どうか、どうか治療させてくれと懇願するも、彼は決してそれを許してはくれなかった。
更に冷たくなっていく彼の手を握り、口付けをした。
何かを言わなければならない。
「クロウ様。」
焦った私には、気の利いた言葉など言えなかった。
「来世では必ず夫婦となりましょう。」
出たのは何の確証のない約束で。
彼の瞳にも涙が浮かんだ。
今世では私達が結ばれる未来はどこにも無かった。それでも…来世というものがあるのならば良いと思った。
「あぁ…。夫婦、か。そ、れは…楽しみ、だな…。」
温かさを失い、目を閉じ動かなくなる彼を抱き締める。
「また必ずやお会いましょう。」
今度は変哲のない平凡な人生を生きられると良い。
彼が苦しむことのないように。
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