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短編(本編に関係ありません)
晩酌と読書の間
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晩御飯の食器を洗い終え、濡れたままの皿を水切り籠に置いた。龍二はまだリビングに居て、洗濯物を干す自分を横目に、ぽつりぽつりと何か話しかけてくる。
返事をしながら、霧弥は手を動かす。洗濯物を干し終えると、龍二は「じゃあ」と言って、空き部屋兼、今となっては龍二の自室になっている部屋に戻った。原稿の続きを書きに行くつもりらしい。
当然、リビングには霧弥一人。帳簿を軽く確認してから、ふと視線を、テーブルの上に置いたウイスキーの瓶に向ける。まだ半分は残っている。
最初の一杯だけお湯割りにして、残りはロックにするか。それとも段々アルコールを強くしていくか。そう思案しながら、買ったはいいけど中々手をつけられずにいた小説五冊を、積んでみる。
五冊全部読むつもりはない。適当に手に取っただけだ。でも、その中には龍二──茶ヶ原龍之介の名前が表紙にある一冊も混ざっていた。
「まあ、今なら誰にも見られねぇから」
自分にそう言い聞かせて、真っ先にその本を手に取る。龍二が部屋に籠った今が、読むチャンスだ。ページをめくる。文章はやはり、綺麗に整っている。言葉の並び方、リズム、空気感。流石だと思う。
でも、ドキドキはしない。近くで龍二が書いているのを知っているけど、読んでいても何も起こらない。少し緊張するだけだ。
それでも、最初の一杯のウイスキーを飲んだ事で、少し肩の力が抜ける。やがて缶ビールを二本、段々と酔いも回り、緊張はどんどん薄れていった。最後に焼酎を一杯だけ。甘くはない、辛口の透明な液体が喉を通ると、頭が少しだけぼんやりとする。
読んでいるうちに、ふと台所に目が向いた。龍二が中断して水を取りに来るのではないかと、無意識に考えている自分がいた。
ちょうどそのタイミングで、自分も新たな酒を取りに台所に向かう。手には小さなグラス、目的は焼酎の追加。
気が付くと、目の前に龍二が居て──ぶつかった。
体勢を崩した瞬間、反射的に組み引かれる形になる。目の前に龍二の顔。距離はほぼゼロ。息づかいも、視線も、すぐそこにある。
「「………………………」」
長い間、二人揃って言葉が出なかった。唯、偶然の体勢のまま、暫く静止する。心臓の音が耳に近すぎて、自分でも驚く程早く打っているのが解る。
「…悪い」
先に口を開いたのは霧弥だった。目をそらさず、しかしぎこちなさがある。
「…こっちこそ、ごめん」
龍二も謝罪を返す。無意識に、両腕で自分を支えつつ、龍二の腕を押し戻す。倒れたままの体勢が、思った以上に長く続いた。
漸く互いに少しずつ距離を取る。息を整えながら、テーブルの上の小説の存在を思い出す。焼酎を手にしようとすると、目の端で龍二がペットボトルの水を手にするのが見えた。
「……怪我無いか」と、霧弥が小さく言う。
「うん、大丈夫」
視線は合うが、言葉はもういらない。お互いに、それ以上の事は求めていない。
そのまま、また別々の動作に戻る。龍二は水を持って、部屋に戻っていく。霧弥はグラスを手に戻り、腰を下ろして小説を開く。
アルコールが少し回った頭で、文章のリズムがいつもより滑らかに読める。
目の前で書かれている事を知っていても、読んでしまえば、やはり龍二の文章は静かに説得力がある。言葉の一つ一つに、書き手の存在が滲む。アルコールと読書の組み合わせで、緊張は消えていき、代わりに心地よい温度と静けさだけが残った。
ページをめくる音、氷がグラスの中で揺れる音。リビングの時計の秒針が微かにカチカチと鳴る。外の風の匂いと、部屋に残るウイスキーの香りが混ざり、霧弥はそれに浸る。
読み進めるうち、少しずつ時間の感覚がゆるやかに溶けていく。龍二の小説の世界に入り込むわけではない。寧ろ、そこにある言葉をつかまえて、自分の思考の隙間に滑り込ませている。
グラスを置き、背もたれに寄りかかる。冷静に見れば、自分は台所でぶつかった瞬間、心臓が跳ねたくらいで、驚く程何も変わっていない。只、偶然の近さと、アルコールと小説の組み合わせが、少しだけ普段と違う感覚を残している。
やがてページを閉じ、テーブルに戻す。龍二の存在を感じながら、でも静かに一人で過ごす時間は、悪くない。お湯割りの香りと、ビールの炭酸、焼酎の辛口。すべてが混ざった余韻が、部屋にじんわりと残る。
霧弥は小説を手に取り、またページをめくる。龍二は自室で原稿に向かい、二人の時間はゆるやかに平行線のまま流れていく。
台所での偶然の衝突も、すでに過去の事のように、ただ静かに残っているだけだった。
返事をしながら、霧弥は手を動かす。洗濯物を干し終えると、龍二は「じゃあ」と言って、空き部屋兼、今となっては龍二の自室になっている部屋に戻った。原稿の続きを書きに行くつもりらしい。
当然、リビングには霧弥一人。帳簿を軽く確認してから、ふと視線を、テーブルの上に置いたウイスキーの瓶に向ける。まだ半分は残っている。
最初の一杯だけお湯割りにして、残りはロックにするか。それとも段々アルコールを強くしていくか。そう思案しながら、買ったはいいけど中々手をつけられずにいた小説五冊を、積んでみる。
五冊全部読むつもりはない。適当に手に取っただけだ。でも、その中には龍二──茶ヶ原龍之介の名前が表紙にある一冊も混ざっていた。
「まあ、今なら誰にも見られねぇから」
自分にそう言い聞かせて、真っ先にその本を手に取る。龍二が部屋に籠った今が、読むチャンスだ。ページをめくる。文章はやはり、綺麗に整っている。言葉の並び方、リズム、空気感。流石だと思う。
でも、ドキドキはしない。近くで龍二が書いているのを知っているけど、読んでいても何も起こらない。少し緊張するだけだ。
それでも、最初の一杯のウイスキーを飲んだ事で、少し肩の力が抜ける。やがて缶ビールを二本、段々と酔いも回り、緊張はどんどん薄れていった。最後に焼酎を一杯だけ。甘くはない、辛口の透明な液体が喉を通ると、頭が少しだけぼんやりとする。
読んでいるうちに、ふと台所に目が向いた。龍二が中断して水を取りに来るのではないかと、無意識に考えている自分がいた。
ちょうどそのタイミングで、自分も新たな酒を取りに台所に向かう。手には小さなグラス、目的は焼酎の追加。
気が付くと、目の前に龍二が居て──ぶつかった。
体勢を崩した瞬間、反射的に組み引かれる形になる。目の前に龍二の顔。距離はほぼゼロ。息づかいも、視線も、すぐそこにある。
「「………………………」」
長い間、二人揃って言葉が出なかった。唯、偶然の体勢のまま、暫く静止する。心臓の音が耳に近すぎて、自分でも驚く程早く打っているのが解る。
「…悪い」
先に口を開いたのは霧弥だった。目をそらさず、しかしぎこちなさがある。
「…こっちこそ、ごめん」
龍二も謝罪を返す。無意識に、両腕で自分を支えつつ、龍二の腕を押し戻す。倒れたままの体勢が、思った以上に長く続いた。
漸く互いに少しずつ距離を取る。息を整えながら、テーブルの上の小説の存在を思い出す。焼酎を手にしようとすると、目の端で龍二がペットボトルの水を手にするのが見えた。
「……怪我無いか」と、霧弥が小さく言う。
「うん、大丈夫」
視線は合うが、言葉はもういらない。お互いに、それ以上の事は求めていない。
そのまま、また別々の動作に戻る。龍二は水を持って、部屋に戻っていく。霧弥はグラスを手に戻り、腰を下ろして小説を開く。
アルコールが少し回った頭で、文章のリズムがいつもより滑らかに読める。
目の前で書かれている事を知っていても、読んでしまえば、やはり龍二の文章は静かに説得力がある。言葉の一つ一つに、書き手の存在が滲む。アルコールと読書の組み合わせで、緊張は消えていき、代わりに心地よい温度と静けさだけが残った。
ページをめくる音、氷がグラスの中で揺れる音。リビングの時計の秒針が微かにカチカチと鳴る。外の風の匂いと、部屋に残るウイスキーの香りが混ざり、霧弥はそれに浸る。
読み進めるうち、少しずつ時間の感覚がゆるやかに溶けていく。龍二の小説の世界に入り込むわけではない。寧ろ、そこにある言葉をつかまえて、自分の思考の隙間に滑り込ませている。
グラスを置き、背もたれに寄りかかる。冷静に見れば、自分は台所でぶつかった瞬間、心臓が跳ねたくらいで、驚く程何も変わっていない。只、偶然の近さと、アルコールと小説の組み合わせが、少しだけ普段と違う感覚を残している。
やがてページを閉じ、テーブルに戻す。龍二の存在を感じながら、でも静かに一人で過ごす時間は、悪くない。お湯割りの香りと、ビールの炭酸、焼酎の辛口。すべてが混ざった余韻が、部屋にじんわりと残る。
霧弥は小説を手に取り、またページをめくる。龍二は自室で原稿に向かい、二人の時間はゆるやかに平行線のまま流れていく。
台所での偶然の衝突も、すでに過去の事のように、ただ静かに残っているだけだった。
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