君の好きな人

灰羽アリス

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 好きな人が誰なのか。
 大塚さんは、教えてくれなかった。
 まぁ、ぼくはもう、それが誰だか知ってるけど。

「その人ってね、すごく優しいの。でも、みんなに平等に優しくしてるから、私だけが特別ってわけじゃなくてね……」

 大塚さんは、好きな人の名前をせたまま、ぼくに恋の相談をするようになった。
 ぼくが相談に乗るって言ったんだから、責任もって聞かなくちゃって思うけど、半分くらいのろけが入ってる気がして、聞いてるうちに、ぼくの気分はどんどん沈んでく。
 『その人』について語る顔が赤いのを確認するたび、ぼくのライフがごっそり減っていく。

「その人って、なんていうか、おとなで。子どもっぽい私なんて、つりあわないなって思うの」

 おとなね。25歳は、そりゃおとなだ。
 年齢不詳(でも、確実に35歳は超えてる。じゃないと、教頭にはなれないと思う)のシスタークロエからすれば、“お子様”なんだろうけど。

「大塚さんは、おとなっぽく見えるよ」
 のろけを散々聞かされ、しらけた気持ちだったからか、すんなりそう言うことができた。
「ほんと?」
 うるんだ瞳に見つめられ、ぼくは耐えきれずに学級日誌に視線を落とした。
 学級日誌記入、二日目。今日はぼくがペンを握る。
「ポニーテールが、お姉さんっぽく見えるのかな」
 大塚さんは嬉しそうだ。
「好きなんだ、ポニーテール。背筋がしゃんとするし、涼しいし」
 ぼくも、大塚さんのポニーテール姿が好きだ。左右に揺れるさらさらした髪に、何度も触れたくなった。
 でも、佐々木先生は。
「二つ結びも、似合いそう」
 そう、佐々木先生は、二つ結びの女の子がタイプなんだ。
 こっそり教えて、告白の成功率を高める。
「似合うかな?」
「うん。似合うと思う」
 これは本心だ。印象は、ちょっと幼くなるかもしれないけど、きっと似合う。

 今日の英語の授業は、受動態を習いました。
 日誌に書く。
 主語+be動詞+過去分詞+by人(物)。byは省略できるぞ。
 佐々木先生の言葉がぐるぐる回る。
 何言ってるかほとんど頭に入ってこなくて、難しかったです、っと。

「甘いものとか」
「へ?」
「クッキーとか、作って渡してみたらどうかな。その、好きな人に」

 ぼくは大発見をした。
 なんと、大塚さんの顔を直接見なければ、ずいぶん楽に会話ができる。
 この調子だ。
 この調子で、さりげなく、大塚さんの背中を押す。

「喜んでくれるかな?」
「うん、ぼくなら、嬉しい」

 ぼくなら、泣いて喜ぶよ。

「じゃあ、がんばってみる」

 笑った顔が、またぼくの心を傷つけた。

 運命の日まで、残り、8日。
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