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恋愛のバイブル

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「魔王様、聖女エミリアの懐柔は順調ですか?」

 ユグノーか。そういやこいつには、魅了の魔法に引っかかったフリをして、勇者より厄介ナ強さを持つ(ということにしている)聖女エミリアの弱点を聞き出す、とか適当な言い訳を伝えていたっけ。

「いや、それがなかなか手強くてな」

「なんと、女性と目を合わせるだけで相手を孕ませてしまうとまで謳われる魔王様をもってしても、難しい案件なのですか。今頃はかの聖女エミリアも魔王様にメロメロになって何でもかんでも喋っている頃かと思っておりましたが」

「メロメロってお前……というか、俺でも女を目線だけで孕ませることなんか出来んからな」

「できないのですか!?」

 こいつの俺への絶対的信頼はなんなの。
 
「しかし元老院の老たちが──」

 なるほど、あのじぃさんたちが元凶か。
 近々挨拶に出向かねばならんな。

「しかしこうなっては、改めて作戦を練る必要があるようですね」

「うむ」

「ではまず目標を設定しましょう」

「よし。まずはこれだ」

【~エミリーちゃんに名前で呼んでもらおう作戦~】

「えっ、そこからなのですか魔王様!?」

「そうなんだよ~。エミリーちゃん、俺のこと"魔王さん"としか呼んでくれないんだよね。俺、初対面のときちゃんと名乗ったのに」

『お、俺の名前はルキフェルっていうんだ。ルキって呼んでね』

 うむ、確かに名乗った。

「それは………まぁしかし、畏れ多くも魔王様のお名前ですからね。名前でお呼びするのは不敬ではないかと、遠慮しているのかもしれませんね」

「そう思う?」

「はい。わたしもお許しがあればぜひお名前でお呼びしたいものですが、いざお呼びするとなるとやはり尻込みしそうです」

「え、お前俺のこと名前で呼びたいの? 別に呼んでいいよ」

「えっ……………………ルキフェル、さま」

「なに、ユグノー」

「………(照れ)」

「………(照れ)」

「やめようか」

「はい」

「………」

「き、気を取り直しまして、作戦でございますが」

「うむ」

「と、その前に魔王様はこんなものをご存知ですか?」

 ユグノーが差し出したのは大量の本。
 パラパラとめくると、何やら人物画が躍動感たっぷりに描かれている。

「これは人間の少女の間で流行っている『少女漫画』というものです」

「しょうじょまんが」

「はい。おもに若い男女の恋愛模様について描かれる絵物語でございます」

「ほう。……しかし、これは面白いのか?」

 ちょっと見ただけでも吐き気がするほど甘い言葉がいくつも目につく。

「どうでしょう。しかし、少女たちの間で流行っているのは事実。彼女たちはこの『少女漫画』の主人公に自分をかさね、ヒーローと呼ばれるお相手の男性キャラとの恋愛を楽しむそうです。つまり、少女が憧れる恋愛がこのバイブルには詰まっている! かの聖女エミリアもちょうどこういった書物を好む若い娘。きっと『少女漫画』のヒーローなりシチュエーションに少なからず憧れがあるはず! であれば魔王様、この『少女漫画』をつかい、聖女エミリアの"理想のヒーロー"になるのです! 名前を呼んでもらうヒントも、きっとこの中に」

「おお、でかしたぞユグノー!」

「恐れ入ります」

「よし、んじゃさっそく読むぞ。お前はそっち半分担当な」

「えっ、わたしも読むのですか」

「当たり前だろ。明日までに間に合わせたいからな。これはと思った情報があればあとで教えてくれ。頼りにしてるぞ」

「わ、わかりました! このユグノー、魔王様に気に入っていただける情報を必ずや掴んでまいります!」

「では」

「はいッ」

「「いざ!」」
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