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[80]これから
しおりを挟む行きなさい、とお父様は私を送り出した。
『あとの面倒ごとはすべて私が引き受ける。お前は、愛する者と幸せになりなさい。彼の手を、決して離すな』
魔王であることが知れたヴィは、祝福の王太子から一転、命を狙われ、追われる罪人となってしまった。人々を殺戮し、国を滅ぼすとされる未来の危険因子は、存在するだけで、すでに罪人扱いなのだ。ヴィは、すぐにでも逃げ出さなければならなかった。
魔王を迎えるべく、魔界への扉が開かれていた。ヴィと私は、その扉へと飛び込んだ。ラミと、ラニ、それからティナも混乱に乗じて付いてきた。
それから2ヶ月。
魔界と人間界、2つの世界を繋ぐ道は、長らく閉じていた。だけど、魔王が現れたことで道は再び開かれた。望めば、いつでも人間界と行き来できる。ただし、私とヴィは身を隠す必要があったから、あれから人間界には一度も戻っていない。代わりに、ラミととラニが2つの世界を繋ぐ連絡係をしてくれている。お兄様やお父様との手紙のやり取りも可能というわけだ。
お兄様の手紙は、最近愚痴が増えてきたように思う。どうやらお兄様は、次の王太子になってくれ、と打診を受けているようだった。王家ではなく、一部の──といっても有力な──貴族たちからだ。冗談じゃない、とお兄様は言う。王なんて面倒なものにはなりたくない。アレクかジークを傀儡にして、裏で糸を引くくらいの立場にいるほうが楽……という事らしく、現在はその方向で調整を進めているという。
ちなみに、私は、魔王に誘拐されたことになっているので、魔王と駆け落ちした"罪人"という扱いにはなっていない。そのため、ディンバード家が、娘の私のことで断罪されることはない。そう聞いて、ほっとしている。
ルルは、裁判にかけられている。罪状は、公爵令嬢の殺人未遂。それから、名誉侵害(学園時代、彼女が私を貶めるために流した数々の噂について)、王子たちを犯罪(詳しい内容は不明)へと駆り立てた教唆の罪……等々色々あるようだけど───判決の見通しはあまり明るくない。それでも、死罪や無期懲役刑は免れるよう、嘆願書を出している。お兄様も、ルルの前世の知識は多方面に利用できるので、いつまでも罪人にしておくつもりはないと言っている。
過去の嫌な思い出が消えるわけじゃない。ルルに対しては今でも苦手意識があるし、今後はあまり関わりたくない。とは思っているけれど……
『ただ、愛されたかっただけなのに』
あれは、私の中でずっとくすぶっていた想いだった。愛情を求めて、あがいて、から回って、失敗して。ルルも私も、変わらない。少しのきっかけで、"ヒロイン"にも"悪役令嬢"にも変化する土台があった。そして、私にはヴィやお兄様がいて、ルルには誰もいなかった。私達の違いはそれだけだった。ずいぶん離れた場所に、それぞれ行き着いてしまったけれど………
魔界での生活は、思いのほか快適。城もあるし、街だってある。ここで生きる魔族たちは、見た目以外、人間とあまり大差ない。ただちょっと、好戦的な性格ではあるけれど……
少なくとも、魔界は絵本で語られるような、非近代的で、暗くて、ジメジメしてて、怖い場所、じゃない。
そして、今日。
私は、魔王の妻になる。
魔界の結婚式は、少し、いえ、かなり特殊で、魔王と魔族たちによる決闘大会から始まる。なんでも、魔王が最強であることを、まずは全体に知らしめるらしい。それから、最強の男が選んだ妻として、私が皆に紹介される。城の塔から、眼下に集まる魔族たちに向けて。その場で夫婦の誓いを立て、アットホームなパーティーへと突入。初夜へ……そして、初夜で使ったシーツが、翌日、城の壁に掲げられて儀式は終了。──ああ、なんて酷いしきたりなのかしら。特に、シーツのくだりは最悪。魔王の妻が、ヴァージンであることを示す、大事な手続きだというのはわかるのよ?それでも………
午前中の決闘を終えて戻ってきたヴィは、最強の名にふさわしく、無傷で、汗ひとつ流していなかった。黒い衣装の前ボタンをしめながら歩いてくるヴィは爽やかなものだ。
「待たせたかな?我が花嫁」
ハーフアップに整えられた長い黒髪が艶めく。彼の新しい姿には、ぜんぜん、慣れることができない。とにかく美しくて、日に何度もぼうっと見惚れてしまう。その時はもれなく息をするのを忘れているから、私、たぶんそのうち呼吸困難で死ぬと思うの。
「──ええ、待ちくたびれて退屈してたところよ」
方頬だけ引き上げるあの大好きなひねくれた笑みにくらっときながらも、なんとか口にした。
「なるほど、こうきたか」
ヴィは口元に手を当て、私をじっと見た。
黒いレース生地のマーメイドラインのドレス。ラミ監修だけあって素晴らしい出来栄えだけど、少し動いただけで色々と見えてしまいそうな心もとないデザイン。銀の髪もドレスの格好いい雰囲気に合わせて、まっすぐおろしたままだ。
「フィオリアらしくて好きだ」
ぽっと頬が熱くなる。
ヴィったら、恥ずかしがり屋のくせに、時々すごいことを平気な顔して言うのだもの。ずるいわ。
「"ゆるふわ"が好きな貴方には残念な格好だったかしら?」
「まさか」
ヴィは私の髪に手を通すと、顔を近づけ、息を吸い込んだ。香りを楽しむようにして、微笑む。当然、私は蛇に睨まれた蛙のように動けなない。彼の前では、私はか弱い獲物になり果てる。それも、自分から、喜んで。
「まっすぐな髪も、アイラインがくっきり引かれた気の強そうな瞳も、体の線がよく出るタイトなドレスも、どれもどんぴしゃで俺の好みだ」
「でも、男はみんな"ゆるふわ"が好きだって」
ヴィは目を回す。
「あー、あれ。アレクセイの好みに合わせて、そう言ってただけなんだけど」
アレクを呼ぶ声が刺々しかった。あんなことがあったのだから、当たり前……とも思ったけど、違う。今思えば、出会った当初から、ヴィはアレクに対して敵意むき出しだった。
「ねぇ、ヴィがいつまで経っても私を愛称で呼んでくれないのって、アレクが私を愛称で呼ぶから?」
「───そうだ」と、ヴィは慎重に認めた。
「俺はけっこう、嫉妬深いんだよ。狭量な男だって、嫌うか?」
「いいえ、むしろ逆」
首に抱きつくと、ヴィは難なく私を受け止めてくれる。そこには、絶対の安心感があった。もう大丈夫。私達を引き裂くものは何もない。
「大好きよ、ヴィ」
「たぶん、俺はそれ以上だけど」
「それは、どうかしら」
ひとしきり笑いあったあと、ふっと心に不安がよぎった。
「アシュリーのあの言葉……」
ルルの魂を救ったしわ寄せが、私の大切な人に……アシュリーはまるで呪いをかけるように、最後にそう言った。
「それに、予言のこともあるわ」
ヴィが魔族を率いて人々を殺戮し、人間の国を滅ぼすなんて想像はまったくつかないけれど、少なくとも、魔王が現れるという予言の一部は当たっているわけで………
「フィオリアの大切なものはぜんぶ、俺が護るよ。絶対に、手出しさせない。それにさ、俺たちは運命を変えたんだ。予言の結果だって、回避してみせる」
ヴィの赤い双眼は、強い決意に漲っていた。絶対という不確かな言葉も、彼の言葉なら、信じられる。大丈夫。私達はこの先もずっと、幸せでいられる。
城下から響いてくる歓声が大きくなった。お披露目の時がやってくる。
「ねぇ、ヴィ?」
「ん?」
「あり得ないと思うのだけど……」
「うん」
「────アレクの叫び声が聞こえる気がするわ」
それと、おそらく、ジークやグレイの声も。
ヴィは目を細め、にっこりと笑った。
「あいつらはお仕置きの途中だったから」
「………こちらに攫ってきたのね」
人間界は今頃、王子失踪で大混乱に陥っているでしょうね。ああ、お兄様の疲れたため息が聞こえるようだわ。
「それで、どんなお仕置きを?」
「とりあえず、強面の魔族の群れに放り込んである。アレクセイはあれでなかなか剣の腕が立つし、ジークは魔法使いだ。"対戦相手"が出来て、魔族の連中も嬉しそうだったよ」
「グレイは……?」
「悲鳴の大きさで、察してやってくれ」
………可哀相に。たぶん、気絶もできない状況なのでしょうね。──とってもいいお仕置き。もう二度と、私達に手を出そうなんて気が起きないように、こてんぱんに打ちのめさないとね。
「彼らの悲鳴で祝福されながら、夫婦の誓いを立てるのもオツなものだろう?」
「ええ、素敵」
ヴィが黒い手袋に包まれた手を差し伸べる。わぁ、と一段と大きな歓声が聞こえてきて、彼へと伸ばしかけた手が止まった。急に心配になってくる。
「───私、ちゃんとやっていけるかしら。魔王の妻なんて、大役………」
城下で待つ、何万もの魔族を、これからまとめてゆかねばならないのだ。人間とは、文化もしきたりも、何もかもが違う彼らを。
ヴィはぎゅっと、私の手を握った。
「大丈夫。とりあえず虚勢を張って演じていれば、真実はあとからついてくる」
「それって、貴方が"死神"を演じてきた上で得た教訓?」
「まぁね」
手を繋ぐ。地響きのような歓声に、全身が震えた。彼らの歓声に応えるべく、私達は光のもとへと一歩踏み出した。
《完》
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最後までご愛読いただき、ありがとうございました。7年後を舞台にした[続編]『パパに側室なんて許さない!』を現在連載中です。ぜひ、こちらもよろしくお願いします☆
Twitterにて関連情報発信中です!
@Alice_haibane
応援ありがとうございます!
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ヴィとフィオリアの初夜…番外編R18で読みたいです
まじですか……R18番外編[初夜]を短編で出す……アリですね!!!
感想ありがとうございます!(*^^*)
ヴィも、遂に観念したようですね。これからはフィオリアと共に生きるため、誠実に彼女に向き合っていくはずです。ただ、ルルはそれを許さないでしょう。確実に"邪魔"してきます。ルルのざまぁは、その事件の先に……ヴィとフィオリアが上手く立ち回れば、待っているかもしれません。
感想ありがとうございます☆
ヴィの正体、なぜフィオリアの前に死神と名乗って現れたのか、ルルの目的等々、これから色々と明らかになっていきます!
幸せに……なってほしいですね!
もう一つ、忘れてならないのが、"フィオリアの死に向けたカウントダウンが終わっていない"ということです。この点にも注目して、今後も楽しんでいただければ幸いです(^^)☆