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7.聖峰への旅路(1)
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ヴォカロ国を興す強大な力を心清らかなる乙女に授けた神竜が住まうと言われる聖峰は、この大陸のほぼ中央に位置する標高6,000メートル以上の世界で一番高い山だ。
半分より上は常に雲に覆われていて遠目では確認する事も出来ず、周囲に広がる森林帯はこの大陸の8割に及び、そののほとんどが未開の地だ。
人族の立ち入れない先には森人族や吸血族の隠里が点在していることをロシュに教えたのは当然ながら彼の二人の師だが、聖峰に近付くほど森人族や吸血族も進めなくなるそうだ。
「お酒に酔ったような感じになっちゃうのよね」
マリアンヌは頬に手を添えて困ったように言う。
「気付いたら森の入り口に戻っていたって話を聞いたことがあります……知らない内に全然違う場所に転移させられているなんて怖くないですかっ」
イライザが青い顔で腕を擦る。
「聖峰や森の不思議はこれまでにも色々と聞いて来たが、そうなるとおぞましい怪物の姿を、聖峰のどこで誰が確認したのかが気になるな」
「……聞いてみる?」
難しい顔で考え込むクロヴィスに、ロシュは後方を目線で示しながら訊ねた。
気配も何も感じないが、ほぼ間違いなく『影』が付いて来ていると思う。もちろんクロヴィスも察しているだろう。
王家が何者かに呪われたとして、まだ関連も判らない現状で兄王子フリードリヒが直接現地に赴いたわけがない。それを見たものは必ず別の誰かだし、王家に情報が届くまでに幾人も介している可能性だってある。
「……まぁ、現地で何の情報も得られなければ、な」
出来るだけ王家の関係者には借りを作りたくないというのがよく判る表情だった。
トトロアの街の西門を出てしばらくは畑の間の畦道をなぞるように歩き、しばらくして川に進路を阻まれたらその流れに逆らうように北上を開始。
3時間も歩くと森の入り口が見えて来た。
大陸の八割を覆う聖峰を囲う森の、入口だ。
「今日はここで休んで、明日の朝早めに出発。森に入ろう」
「ああ」
出発した時間が遅かったこともあり、既に陽は沈みかけている。
赤く染まった空には最初の月が昇っていた。
「そうね、では――」
ここで休憩と聞いたマリアンヌが腕を伸ばし、その手で左から右へ弧を描く。
途端、そこに現れたのは収納空間に入っていた木造平屋の一戸建てだ。トトロアの街で購入した東側の土地に、もともとあった建物を修繕・改造したものが、これである。
「薪を拾ってきます」
「俺は食事の準備をしておくよ」
「よろしく」
ウィンク付きで食事の準備を任せると言い切ったマリアンヌは、イライザと一緒に薪を集めに行くつもりだ。そんな二人を見送り、ロシュとクロヴィスは建物の中へ。
玄関から入ると、まずは壁際にベンチが設置された土間だ。
扉を閉めた時点でクロヴィスの守護結界が発動し、魔獣に襲われる心配がなくなるため、ここで装備を外すのがパーティ内の決まりだ。
剣を立てかけ、ブーツを脱ぐ。
傷や魔力を回復するポーションを入れたケースや、ナイフ・縄・袋・箱など狩猟と解体に必要な道具が纏まった容量拡張型ポーチが付いている腰ベルトを外すと体がとても軽くなったように感じる。
「装備の手入はしておこう」
秋用のマントを外したところでクロヴィスに声を掛けられ、素直に「ありがとう」と装備を渡す。
籠手、胸当て、佩楯。
足は膝下まで届くブーツで防御力を高めているし、なるべく軽くて良質な防具をクロヴィスが揃えてくれたとは言え、これらを外した後の解放感といったら控え目に言っても最高である。
「やっぱり身一つが一番楽だな」
「同感だ」
クロヴィスも笑う。
最も、それも絶対に安全だと信頼出来る屋内にいられるからこそで、普通の野営で装備を外すなんて真似は命知らずの愚か者がすることだ。
靴も脱ぎ、段差のある入り口から中へ入ると正面には脱衣所と洗い場付きの風呂、右側にはトイレ用の大きな箱が並んでいる。
箱仕様なのは野営時に使えるようリフォームした際の後付けだから、という理由と。
防音や乾燥機能など、前世の記憶を基にロシュがあれこれリクエストした結果、箱型にして魔術の有効範囲を区切るのが最も無駄が無いと判断されたためだ。
ロシュは風呂の箱部屋に入り、汚れた服を脱ぐと備え付けの籠にそれを入れ、シャワーで湯を浴び、拭いて、新しい部屋着に着替える。
「はぁ……生き返る」
この間、僅か5分。
本当なら風呂に浸かってのんびりしたいところだが夕飯の支度があるから今は我慢だ。
「クロヴィス、終わった」
「ああ」
「俺は夕飯の支度をするから、向こう行くよ」
「判った。なるべく早く終わらせて手伝うから」
「こっちは一人でも大丈夫。急がないでいいからね」
土間にいる師に声を掛け、箱型の部屋の間を通って向かった先はリビングだ。最初に目に入るのはマリアンヌがこだわったふかふかのクッション付ロングソファ。それから、クロヴィスこだわりの柔軟な枝と蔓で編まれた椅子。白と緑と茶色が主な部屋の内装はとても落ち着く雰囲気だ。
リビング左側のキッチンダイニングが、これからロシュが夕飯の支度をする場所で、反対左側は廊下を挟んで二つの寝室が並んでいる。
奥はマリアンヌとイライザの。
手前がロシュとクロヴィスの寝床。
そのため、この平屋一戸建てはリビング→寝室→風呂・トイレ→玄関→キッチンダイニング→リビングと言う具合にぐるぐる回れるようになっているのだ。
「さて、と。今夜は何を作ろうかな……」
ロシュが呟きながら覗き込むのは冷蔵庫。
これもロシュの前世の記憶を基にクロヴィスが作った魔導具だ。冷蔵庫だけではない。乾燥機能付き浴室やシャワー、給水・給湯具、洗濯具、水洗トイレ、暖冷房具、照明具、その他いろいろ……ロシュが「あったら便利」と言って語ったかつての道具をクロヴィスとイライザが試行錯誤し設計・組み立てた、ここにしかない魔導具だ。
半分より上は常に雲に覆われていて遠目では確認する事も出来ず、周囲に広がる森林帯はこの大陸の8割に及び、そののほとんどが未開の地だ。
人族の立ち入れない先には森人族や吸血族の隠里が点在していることをロシュに教えたのは当然ながら彼の二人の師だが、聖峰に近付くほど森人族や吸血族も進めなくなるそうだ。
「お酒に酔ったような感じになっちゃうのよね」
マリアンヌは頬に手を添えて困ったように言う。
「気付いたら森の入り口に戻っていたって話を聞いたことがあります……知らない内に全然違う場所に転移させられているなんて怖くないですかっ」
イライザが青い顔で腕を擦る。
「聖峰や森の不思議はこれまでにも色々と聞いて来たが、そうなるとおぞましい怪物の姿を、聖峰のどこで誰が確認したのかが気になるな」
「……聞いてみる?」
難しい顔で考え込むクロヴィスに、ロシュは後方を目線で示しながら訊ねた。
気配も何も感じないが、ほぼ間違いなく『影』が付いて来ていると思う。もちろんクロヴィスも察しているだろう。
王家が何者かに呪われたとして、まだ関連も判らない現状で兄王子フリードリヒが直接現地に赴いたわけがない。それを見たものは必ず別の誰かだし、王家に情報が届くまでに幾人も介している可能性だってある。
「……まぁ、現地で何の情報も得られなければ、な」
出来るだけ王家の関係者には借りを作りたくないというのがよく判る表情だった。
トトロアの街の西門を出てしばらくは畑の間の畦道をなぞるように歩き、しばらくして川に進路を阻まれたらその流れに逆らうように北上を開始。
3時間も歩くと森の入り口が見えて来た。
大陸の八割を覆う聖峰を囲う森の、入口だ。
「今日はここで休んで、明日の朝早めに出発。森に入ろう」
「ああ」
出発した時間が遅かったこともあり、既に陽は沈みかけている。
赤く染まった空には最初の月が昇っていた。
「そうね、では――」
ここで休憩と聞いたマリアンヌが腕を伸ばし、その手で左から右へ弧を描く。
途端、そこに現れたのは収納空間に入っていた木造平屋の一戸建てだ。トトロアの街で購入した東側の土地に、もともとあった建物を修繕・改造したものが、これである。
「薪を拾ってきます」
「俺は食事の準備をしておくよ」
「よろしく」
ウィンク付きで食事の準備を任せると言い切ったマリアンヌは、イライザと一緒に薪を集めに行くつもりだ。そんな二人を見送り、ロシュとクロヴィスは建物の中へ。
玄関から入ると、まずは壁際にベンチが設置された土間だ。
扉を閉めた時点でクロヴィスの守護結界が発動し、魔獣に襲われる心配がなくなるため、ここで装備を外すのがパーティ内の決まりだ。
剣を立てかけ、ブーツを脱ぐ。
傷や魔力を回復するポーションを入れたケースや、ナイフ・縄・袋・箱など狩猟と解体に必要な道具が纏まった容量拡張型ポーチが付いている腰ベルトを外すと体がとても軽くなったように感じる。
「装備の手入はしておこう」
秋用のマントを外したところでクロヴィスに声を掛けられ、素直に「ありがとう」と装備を渡す。
籠手、胸当て、佩楯。
足は膝下まで届くブーツで防御力を高めているし、なるべく軽くて良質な防具をクロヴィスが揃えてくれたとは言え、これらを外した後の解放感といったら控え目に言っても最高である。
「やっぱり身一つが一番楽だな」
「同感だ」
クロヴィスも笑う。
最も、それも絶対に安全だと信頼出来る屋内にいられるからこそで、普通の野営で装備を外すなんて真似は命知らずの愚か者がすることだ。
靴も脱ぎ、段差のある入り口から中へ入ると正面には脱衣所と洗い場付きの風呂、右側にはトイレ用の大きな箱が並んでいる。
箱仕様なのは野営時に使えるようリフォームした際の後付けだから、という理由と。
防音や乾燥機能など、前世の記憶を基にロシュがあれこれリクエストした結果、箱型にして魔術の有効範囲を区切るのが最も無駄が無いと判断されたためだ。
ロシュは風呂の箱部屋に入り、汚れた服を脱ぐと備え付けの籠にそれを入れ、シャワーで湯を浴び、拭いて、新しい部屋着に着替える。
「はぁ……生き返る」
この間、僅か5分。
本当なら風呂に浸かってのんびりしたいところだが夕飯の支度があるから今は我慢だ。
「クロヴィス、終わった」
「ああ」
「俺は夕飯の支度をするから、向こう行くよ」
「判った。なるべく早く終わらせて手伝うから」
「こっちは一人でも大丈夫。急がないでいいからね」
土間にいる師に声を掛け、箱型の部屋の間を通って向かった先はリビングだ。最初に目に入るのはマリアンヌがこだわったふかふかのクッション付ロングソファ。それから、クロヴィスこだわりの柔軟な枝と蔓で編まれた椅子。白と緑と茶色が主な部屋の内装はとても落ち着く雰囲気だ。
リビング左側のキッチンダイニングが、これからロシュが夕飯の支度をする場所で、反対左側は廊下を挟んで二つの寝室が並んでいる。
奥はマリアンヌとイライザの。
手前がロシュとクロヴィスの寝床。
そのため、この平屋一戸建てはリビング→寝室→風呂・トイレ→玄関→キッチンダイニング→リビングと言う具合にぐるぐる回れるようになっているのだ。
「さて、と。今夜は何を作ろうかな……」
ロシュが呟きながら覗き込むのは冷蔵庫。
これもロシュの前世の記憶を基にクロヴィスが作った魔導具だ。冷蔵庫だけではない。乾燥機能付き浴室やシャワー、給水・給湯具、洗濯具、水洗トイレ、暖冷房具、照明具、その他いろいろ……ロシュが「あったら便利」と言って語ったかつての道具をクロヴィスとイライザが試行錯誤し設計・組み立てた、ここにしかない魔導具だ。
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