生きるのが下手な僕たちは、それでも命を愛したい。

柚鷹けせら

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第2章 新人冒険者の奮闘

50.世界の常識

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 帰宅して、夕飯の支度をしていると窓辺の風鈴がチリンと鳴る。

「はーい」

 鉄板をオーブンに移動している最中だったから声だけで応じて、すぐ。

「あぁ、料理中だったか」
「ですです、ちょっと待ってくださいね」

 手が空いて、顔を上げた。

「おかえりなさいリーデン様」
「ただいま。君もお帰りだレン」
「ただいまです」

 今日も一日お疲れ様の気持ちを込めて互いに言い合った後は、リーデンは着替えのために寝室へ。
 天界エデンのローブ姿のままここで過ごすのはリラックス出来なさそうだし、リーデンの私服姿を見てみたいと言う俺自身の欲求が抑えられずスキル「通販」で地球の成人男性向けの衣装を準備したら、彼は意外にすんなりと着替えてくれた。
 着心地も悪くなかったらしく、以降は着替えるのが日常になっている。

(たぶんルームウェアとか、動物の耳がついたもこもことかも、置いておいたら普通に着てくれるよね……)

 スキルで購入は出来るのだ。
 辛うじて俺の理性が「ダメだ」って言うから用意しないけども。

(普通のTシャツとスラックスでも見た目の破壊力がヤバいし……)

 結論、イケメンは何を着てもカッコいい。




 着替え終えたリーデンは、壁に掛けてある自分専用のエプロンを付けてキッチンに来る。

「手伝うぞ」
「サラダをお願いしてもいいですか?」
「ああ」

 手を洗い、冷蔵庫を開けてレタスとキュウリ、トマトを取り出すリーデン。あまりにも動きが滑らかで、私服のせいもあって神様だってことを忘れそうだ。

「オーブンには何を?」
「マカロニグラタンです。最近は寒くなってきましたから。あ、俺のは鶏肉も入れました」
「グラタンというと……表面の焼けた部分が美味しかったあれだな?」
「ですです。あ、サラダ用に茹で卵も用意したんですけど、今日はどうしますか?」
「……おまえのを一欠片だけ挑戦してみたい」
「はい」

 ものすごく真剣な顔で頑張る意欲を見せる姿が可愛くてこそばゆく思っていたら、リーデンの表情が少しだけ翳る。

「リーデン様?」
「……同僚に、肉を食べれないことを笑われた」
「えっ」
「奴はりにゅうしょくから始めろと言うんだが、りにゅうしょくとはなんだ」
「りにゅ……あ、離乳食か」
「?」
「赤ちゃんが固形物を食べれるように練習する前段階というか……とろとろのおかゆやペースト状にした野菜をーー」
「赤ん坊、だと?」

 あ。
 いや、でも言い出したのは同僚さんですよね?

「アレルギーが出ないか確認する意味もあったはず……?」
「神にアレルギーか」
「今まで食事を必要としてこなかったリーデン様が、食事するようになって嬉しくて揶揄っているのかも!」

 なんで俺が同僚さんのフォローをしているんだろうと疑問に思いつつもそう伝えれば、リーデンも怪訝そう。

「なぜあいつが嬉しいんだ」
「そのうち一緒にお酒を飲んだり食べたり出来るからじゃないですか?」
「俺が食事をするのはレンが一緒だからだぞ」

 うぐっ。
 心臓になんか落ちて来た。
 苦しい。
 爆発する。

「えっと……それは同僚さん本人にお願いします」
「それもそうか」
「はい……」
「レンの方は、今日は何か新しいことはあったか?」

 話題が変わってホッとするけども、件の同僚さんにはいつか物申したいところである。

「今日は最後の鉄級依頼を決めたんです。以前もお世話になった診療所のお手伝いで、風の日まで5日間通うことになりました」
「診療所の手伝いにしたのか」
「もうすぐ『界渡りの祝日』があるからトゥルヌソルに来る人の数が増えていて、ダンジョンに挑戦する冒険者も多いから大忙しです」
「なるほど」
「さっきなんて薬を作るための薬草の取り合いで喧嘩しているのを見てしまって……」

 薬師と錬金術師の話をすると、リーデンはレタスを千切りながら眉根を吊り上げた。

「くだらん」
「同感です」
「素材が不足するのも良いことではないが、……ああ、だが時期的にトゥルヌソルに集まり過ぎているだけなのか」
「不足しているのはトゥルヌソルだけなんですか?」
「この時期はどの大陸も同じだな。王都や、王都に準ずる大きな街では人が集まり過ぎて様々なものが不足している。かと言って、その周辺にだけ故意的に神力を増やすわけにはいかないからな」
「神力を増やす、ですか?」

 どうしてここで神力なんて言葉が出てくるのか判らなくて首を傾げたら、リーデンも察してくれたらしい。

「魔素と同じだ。魔素が濃いところに希少度の高いダンジョンが生成されるように、神力が濃い場所ほど希少度が高い回復関係の薬剤に必要な素材が生る」

 薬の材料になるってことは回復の力が宿っていて。
 回復は僧侶の専売特許で。
 僧侶がそれを使えるのは体内に神力があるからだと言うなら、主神が故意的に神力を増やせば薬草の生育を早めたり素材の品質を高める事も出来る……?
 違う。
 そういうわけにはいかないって、彼は言った。

「神力の濃い、薄いって、世界創造の時に何か事情があって差が出たんですか?」
「いいや。世界創造の際には神力も魔素も均さなければ美しい球体が完成しない」

 ロテュスは球体らしい。
 これって庶民が知ってて問題ない情報なんだろうか。どうか宗教裁判になんて掛けられませんように。

「ダンジョンの難易度って魔素の濃度で変わるんでしょう? 神力にしても、稀少度の高い素材ほど辺境の地にあるって……」
「それは別で考えなければダメだ」
「別、ですか」
「ダンジョンはともかく、神力は人々の営みによって増減する。増やす方向で尤も影響力が大きいのは僧侶の移動。減らす方向なら戦争だ」
「あぁそういう……」

 ぽむ、と思わず手を打った。

「ん?」
「ぁ、えっと……この世界って地球に似ているところが多いので忘れがちなんですけど、やっぱり異世界なんだな、って」
「そうか」

 リーデンはそう応じ、完成したサラダを食卓に運ぶと、そのまま食事のセッティングを始めながら話を続けてくれた。

「ロテュスが地球に似ているのは、あえて似せたからだな」
「! そうなんですか?」
「あぁ。……レンも、それで暮らしやすければ良いが」
「すごい暮らし易いです! 海外に移住した気分で、だから異世界だってたまに忘れそうになります。食べ物は美味しいし!」
「食べ物……そうか」

 食い意地が張っていると思われただろうか。小さく笑われて恥ずかしくなったけど、すぐに次の質問が飛んでくる。

「しかし地球に獣人族ビーストはいないだろう。異世界を忘れると言われるのは意外だな」
「それは俺が小さいからですよ」
「小さい?」
「尻尾があれば見えるけど、頭上の耳なんておれの身長じゃ滅多に見えません」
「……なるほど」

 チビだという点に納得されてちょっとイラッとするけど、もしかしてこれは気になっていたことを聞ける絶好の機会じゃなかろうか。
『虎の巻』にも載っていなかったことを!

「リーデン様、質問です」
「なんだ」
「地球で異世界を舞台にした小説とかだと、獣人族ビーストは尻尾も普通に見せているんですが、ロテュスの獣人族ビーストは隠してますよね? 何でですか?」

 質問している途中から怪訝な顔をしていたリーデンは、言い終えると非常に不可解という顔になった。

「尻尾だぞ。尻の尾だ。隠すだろう」
「そう、ですか?」
「種族によっては弱点になったり、感情を如実に語る部位だからな。大体、それを出して歩いていたら皆が半ケツを晒すことになる」
「ズボンに穴を開けるとか……」
「……?」

 あ、これは絶対に他所じゃ聞いちゃいけないことなんだなってリーデンの表情を見て理解した。

「この世界の常識をまた一つ学びました」
「外で今の質問はしないように」
「肝に銘じます」
「これも覚えておけ、尻尾が見たい、耳に触りたいは大人の誘い文句だ。寝室や人気のない場所に連れ込まれたくなければ決して言わないように」
「絶対に言いません‼︎」

 大声で言い返したらリーデンは声を上げて笑った。




 グラタンも完成し、二人で食卓について「いただきます」。
 熱くてはふはふするけど今夜も美味しく出来たと思う。

「どうですか?」
「美味い」
「よかった」

 最初は美味しいっていう感覚も分からなくて、もう一度口に入れたくなるとか、あの料理が忘れられないって言い回しだったことを思うと迷わず「美味しい」って言ってくれるようになったことがとても嬉しい。

「ゆで卵はどうでしょう」
「……食べれるな。口の中が、変な感じだが」
「拒否反応ですかっ?」
「いや……水が欲しくなる……?」
「……スープをどうぞ」

 なるほど黄身の部分って水分を持って行かれますもんね。今夜は野菜たっぷりコンソメスープだ。

「卵が大丈夫になったら料理の幅が広がります。また色々作りますね」
「ああ。楽しみだ」

 そう言ってもらえるのが嬉しいし、何を作ろうって考えられることが幸せだと思えた。
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