生きるのが下手な僕たちは、それでも命を愛したい。

柚鷹けせら

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第2章 新人冒険者の奮闘

56.置き土産

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 自宅の棚に本が増えて、それだけでも幸せな気分だったのに、セルリーの店を訪ねた夜から三日。
 迎えた依頼最終日の風の日に、俺は診療所の裏庭――薬草畑で信じられない光景を目にしていた。

「……三日前に見た時は、採取出来るようになるまであと一週間くらい掛かるかなって思ったんですけど……」
「三日前なら俺もそう思っていたかな……」

 隣でアーロが困ったように呟く。
 彼によると薬草畑の異変に気付いたのは昨日の朝の水やりの時で、まだ採取出来る状態ではなかったものの前日までは土ばかりだった畑が緑で半分以上埋まっていたという。
 ティモシー医師にも相談し、試しにパトゥリニヤを一株抜いて調査してみたところ、従来のものとの差異はない。一先ず様子見しようという結論に落ち着いたそうなのだが、昨日の夜中になって状況が一変した。
 ダンジョンから運ばれてくる患者もいなくなり、当直を残して他の面々が帰宅しようとしたところで、窓から見える裏の畑がうっすらと光っている事に気付き、確認してみたらこの状態。
 畑は緑で覆われていたのだ。

「もっさもさだぁ……」
「通常の倍以上の生い茂りようだよ」

 しかも通常の半分以下の日数で。
 これが異常でなくて何だろう。

「薬草として使えるんですか?」
「それが、使えるどころか効果がすごいんだ」
「すごいって……」
「品質、なのかな。薬草の状態が良いんだと思う。通常よりずっと少ない量で薬が作れるんだ。父さん……えっと、父が、この状態に気付いてから徹夜で研究してて、物によっては10分の1の量で充分なんだって」
「へぇ……!」
「そんな薬草がこの畑いっぱいにあるから『界渡りの祝日』が終わるまで充分に足りるって喜んでいるんだけど、異常なのは間違いないし、薬草は神力で育つことを考えると、……知り合ったばかりなのに図々しいって思うけどセルリーさんに相談しようかなって」
「それはいい考えだと思います」

 大きく頷いて同意する。
 けど、アーロは何か言いたそうな顔で俺を見ている。
 んー?

「他にも何かあるんですか?」
「……レンくん、応援領域持ちクラウージュなんだよね」
「そうです」

 トゥルヌソルではほとんど知れ渡っている事実なので昨日同様に肯定するが、アーロはますます何か言いたげな顔でこっちを見ている。

「あの……なにか?」
「えっ……と、いや、その……応援領域クラウーズって、人以外にも影響するのかな、って」
「人以外?」
「うん。例えば……土とか、草、とか……?」

 つまり畑の土や、薬草を応援したかってことだろうか?
 植物に声を掛けるのは、花が綺麗に咲いたり、実が甘くなる効果があるって地球にいた頃に聞いたことがあって、以来、自分でも意識的に話しかけるようにはなったと思うけど応援は……、応援?

「あ」
「するの?」
「ぁ、いえ。影響するかどうかはわかんないんですけど、3日前に薬草に「頑張って育つんだよ、不足が解消しますように」って……」

 ふとリーデンの声が甦る。
 願え、って。

(あぁこれはやっちゃったかな)

 背筋をたらりと流れ落ちる冷たい汗。
 応援領域クラウーズの影響かどうかはともかく、願ったのは間違いない。影響があるとしたらそちらの方だ。
 不安になって、畑を覆い尽くす薬草の一つに鑑定を掛ける。

『パトゥリニヤ:状態「極上」。薬草の一種で根の部分に鎮痛効果がある。通常は五本一束(相場:3ゴールド)で各ギルドが買い取っているが状態が良過ぎるため要注意。門外不出を推奨。採取する時は根から掘り起こすこと。』

 状態「極上」。

(極上って……!)

 状態が良いほど素材の必要量が減る、ということは判った。しかしそれで済む問題でもない。

「アーロさん……この薬草、ここの診療所以外では使わないようにしてもらう事って出来ますか? セルリーさんへの相談もちょっと待ってほしいです」
「畑のは診療所で使うのが前提だから……」

 言い掛けたアーロの表情が変わる。

「やっぱり応援領域クラウージュの……」

 うん、もうそういうことにしちゃおう。

「俺自身がまだよく判ってなくて、うっかりしちゃったんです。いろんな畑で同じことしてって言われても困りますし、出来るかも判らないので、秘密にして頂けると……!」
「わ、判った。じゃあ、申し訳ないけど祖父に一緒に説明をお願いしてもいいかな」
「もちろんです」

 診療所が忙しくなる前の、朝のひと騒動。
 ティモシー医師には「これだけの品質の薬草を独占してしまうのは心苦しいが、正直に言えば助かるよ」と慰められ、彼の息子でアーロの父である薬師ディビッドには「久々に研究が出来て楽しかった!」と感動されてしまった。
 鉄級最後の依頼。
 最終日。
 俺はとんでもない置き土産を残すことになってしまった。

 



 この5日間ですっかり馴染んだ、昼食も取れない忙しさにさえ離れ難さを感じながらの最後の挨拶を終えると、診療所の人たちは「またいつでもおいで」「むしろうちで働きなさいよ」って別れを惜しんでくれた。
 今後は銅級依頼を受けるようになるし、トゥルヌソルを離れる事もあるだろうけど、成人までダンジョンには付いて行けないから、一人で残される時には手伝いに来るのも良いなって思う。自分のランクより上の依頼は受けられないけど、下のランクは自由だから。

「さてと……」

 午後6時。
 首から下げたネームタグを取り出して準備し、依頼達成報告を待っている人の少ない列に並ぶ。冒険者も人なので可愛い子に「おかえりなさい」と言われる方が気分的に良いらしく、お年を召された職員の受付は空いている事が多い。長時間並びたくない俺は、必然的に限定された職員と顔を合わせる回数が増える。
 その最たる職員が、この人だ。
 動作がキリッとしていて、眼光が鋭いと思うこともあるけれど常に物腰が柔らかく、出来る執事ってこんな感じなのかな……と会う度に考えてしまう。
 白髪混じりの銀髪に揃えられている口髭。
 20回の鉄級依頼の内、15回以上の受理と達成処理でお世話になっている彼は、ロダンという名の、壮年男性だ。

「これが診療所所長のティモシー医師から頂いた完遂証明書です。手続きをお願いします」
「承知致しました、少しお待ちください」

 ロダンは上品に微笑む。
 彼も、今回が20回目だと気付いてくれているからだ。
 いつも通りの手続きをして、最後。

「『ソワサン・ディヌズフ診療所』より本日の報酬75ゴールド、5日間完遂ボーナス100ゴールド、そして特別報酬として300ゴールドをご用意しております」
「はい⁈」

 思い掛けない金額に声が裏返った。
 慌てて声を潜めるけど動揺は隠せない。

「と、特別って、え?」
「所長のティモシー医師からは「薬の売り上げに貢献。薬草の世話も完璧だった」と」
「あ……」

 あの畑の素材で、物によっては必要量が10分の1でいいなら売り上げが10倍になるってこと?
 そんな単純じゃないのかどうか、経理は経験がないので判らないが、必要経費が下がるのは何となく判る。
 だからって……。

「そんなに頂いても良いんでしょうか?」
「300ゴールドは特別報酬として出せる上限金額です。ティモシー医師からはもっと出したいという要望があったそうですよ」
「えぇ……」
「ギルドとしては受け取って頂けないと困ってしまうのですが」

 ニッコリと微笑まれては断るわけにもいかず、渋々サインをしていると頭上から笑う声が落ちて来る。

「?」
「失礼しました」

 こほん、と咳払いするロダン。

「レン様は『ソワサン・ディヌズフ診療所』の所長と良い関係を築かれたようですし、あの方はご自身の職務にとても真摯に向き合われている方です。我々冒険者ギルドとしては、この金額が正当なものであると保証致しますよ」
「……ありがとうございます」

 それ以外の言葉など言えるはずがない。
 こそばゆい気持ちで受け入れて、俺は最後までサインを書き切った。

「こちらは現金でご用意しますか? それとも口座へ?」
「75ゴールドを現金で、それ以外は口座にお願いします」
「承知致しました、ではこちらに口座を所有している紋をお願い致します」
「はい」

 いつも通りに僧侶のグローブで金額を承認し、現金は銀貨6枚と銅貨15枚で受け取る。

「続きまして銅級への昇級が可能ですが、如何致しますか?」
「昇級に必要なことって何ですか?」
「鉄から銅に関しては、ギルドマスター、またはサブマスターによる身分証紋の確認のみです。20件の鉄級依頼達成と、犯罪歴ゼロであれば問題なく昇級出来ますよ」
「ってことは、お二人のお時間がある時に予約を入れる感じですか?」
「それでも構いませんが、いまならサブマスターがすぐに対応出来るかと」

 サブマスターってことは、ララだ。

「休憩中とかじゃないんですか?」
「ええ」
「……じゃあ、お願いします」
「承知致しました、少しお待ちください」

 言い置いて席を立ったロダンは、その後、ララと一緒に戻って来る。
 彼女はとても嬉しそうに笑っていた。

「こんばんは、レンさん。いよいよ昇級ですね」
「はい。お願いしても良いでしょうか」
「もちろんです。タグの変更が必要になりますので席を移りましょう。こちらへどうぞ」

 案内されて、移動する。
 その前に改めてロダンに「ありがとうございました」と礼を言うと、まるでお手本みたいな綺麗なお辞儀をされた。

「次回は銅級依頼の受理が出来る日をお待ちしています」
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