生きるのが下手な僕たちは、それでも命を愛したい。

柚鷹けせら

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第6章 変遷する世界

183.マーヘ大陸へ(1)

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 翌日の昼を過ぎて、レイナルドさん、ミッシェルさん、エニスさん、そしてグランツェさんとモーガンさんの5人が船に戻って来た。
 師匠セルリーとエレインちゃんとは、しばしのお別れだけど、メッセンジャー、通信具、扉での転移といった具合に去年の出発時に比べると状況が全く変わってしまったので不安はない。
 気になることと言えば……。

「シューさんには通信具を渡せましたか?」

 マーヘ大陸に向けて出港準備中の船の中。
 打ち合わせを終えて一息ついていたレイナルドさんに声を掛けると「ああ」と短い返答の後に、彼にしては珍しい表情を浮かべた……ように見えた。
 ほんの一瞬のことだったから見間違えだと言われてしまうと否定のしようがない。
 でも、発言を迷うような、そんな――。

「渡したら驚いていた。他には気付かれるなと注意はしておいたが、おまえも渡す相手には気を付けろ」
「大丈夫です、しばらくは身内だけの秘密です」

 これに関しては他のメンバーにも繰り返し言い聞かされている。
 何せ俺個人の判断基準が怪しい自覚はある。
 周りの大事な人達にはなるべく迷惑を掛けたくないのが本心だから、その点に関しては信じてもらって大丈夫。

「マーヘ大陸を移動中でも通信具が使えますように……!」
「急にどうした」

 唐突に隣で祈り始めた俺に、レイナルドさんが目を瞬かせる。
 でも祈らずにはいられない。

「メッセンジャーの改良はすぐにでもしたかったことですけど、1対1の通信具はこの機会にどうしてもシューさんに渡したかったんです。ほとんど実証実験も出来ないままなのが不安で不安で……っ」
「なんであいつに」
「だってレイナルドさんと通信出来るようになったら、転移扉を使う時にシューさんにクランハウスまで来てもらえば会えるでしょう?」

 特定の相手がいない仲間には今後の出逢いを祈るとして、昨日まではレイナルドさんだけが大切な相手に会えなかった。でも通信具があれば彼も会えるようになる。

「せっかく使えるようになったんです、レイナルドさんも活用してください」
「……そうだな」
「わっぷ」

 わしゃわしゃと頭を撫でまわされた。
 急な行動に、でも「喜んでくれたのかな?」と期待して見上げたレイナルドさんの顔は、……また彼にしては珍しい表情を浮かべている。
 今度は見間違いじゃない。

「レ――」
「レイ」

 呼び掛けが被さって、レイナルドさんが反応したのはゲンジャルさんの方。

「どうした」
「いま公爵から騎士団長の方にメッセンジャーが……あぁ、すまん。話の途中だったか?」

 近くまで来てようやく俺の存在に気付いたのは、たぶんゲンジャルさんの位置からだと俺が完全にレイナルドさんの影に隠れていたせいだ。
 体格差は今更だけど少し悔しい。

「レン?」
「えっ」

 レイナルドとゲンジャル、二人から見下ろされていることに焦った。

「あ、はい、何でもないです。お仕事の話ですよね?」
「ああ。悪かったな」
「いえ」

 二人が話をしながら去っていくのを見送って、息を吐く。
 完全にタイミングを失ってしまった……。

「また今度聞けばいっか」

 あの表情の意味がひどく気になって、なるべく早めに確認しようと思った。




 夕方5時。
 ほとんど陽が沈んだ冬の海に、船はローザルゴーザから出港しマーヘ大陸を目指す。目的地は大陸東部のセイス国の港で所要時間は約80時間だと言うからオセアン大陸との距離に比べて約2倍。作戦決行の前日には予定の位置に陣取れるはずだ。
 船上では実戦に向けた訓練と、適度な食事、適度な休息、それから自動販売機を試験運転出来るまでに仕上げた。電気はもちろん魔石も術式も使わず、硬貨や薬瓶の重み、角度、幅を定めた通り道などを活用した三段ラックサイズの超アナログ自動販売機。鍵も、レイナルドさんからもらった術式を刻むことは出来たけど「ここまで術式無しで作ったんだから!」っていう製作班のこだわり(?)により、これもあっちの世界の、いわゆる錠前の絵を描いて、そこから想像で作ってもらった。鍵を回したらカチンて棒が開くやつ。
 棚に、ガラス張りの扉をくっつけて完成だ。
 横に使用済みの薬瓶を回収する箱を取り付けて、船にいる全員に使い方を説明した後に皆が当たり前に使う階段の側の廊下に設置が決まった。
 当初の予定通り品質保存の術式は瓶の方に刻んだ。
 銀貨専用、おつり不可という融通の利かなさだが、これで人目に触れず避妊薬が買えたり、病院や薬局に行くほどじゃないけど寝付きが悪いという人には良質な睡眠を取るためリラックス効果があるハーブティや匂袋を試してもらえたら嬉しい。商品は定期的に俺と、師匠セルリーが調薬したものを補充していく。通信具と転移扉はここでも活躍予定である。
 しばらくは試験的に中に入れる種類や本数を変えながらの運用だけど、どうなるかな。

「次はパンだな!」
「そんなに必要ですか……」
「必要だ」
「あったら嬉しいわね」

 お試し期間が始まったばかりなのに、前のめりに訴えて来るゲンジャルさん達。

「でも、いくら野営中でも夜中にパンなんて……」

 太るのでは、と出掛けた言葉が喉の途中で止まる。
 少人数で見張っている時こそ空腹は良くないのかもしれない。食事当番を担当することで夜の見張りを免除してもらっている身では経験が乏しくて判断出来ない問題だ。

「もしかして夜中の見張り中にお腹が空いたら携帯食で我慢してるとか……?」
「いや。腹減ったなぁって言いながら交代まで……いや、その後は寝るから結局は朝まで我慢か」
「我慢出来るなら良いけど、お腹が空き過ぎて寝れないとか」
「手近に生ってる実を食べてお腹壊したり、ね」
「花の蜜を吸おうとして、中で寝ていた虫型の魔物に襲われた事ならあるな」
「ええぇ……」

 ゲンジャルさん、ミッシェルさん、アッシュさん、ウォーカーさんという順で語られる思ってもみなかった経験談に、しかしグランツェパーティも頷いている。

「野営時の食事をレンが担当してくれるようになって、あのテントで過ごすようになってからはそんなこともなくなたが、普通はダンジョンに滞在すればするほど食生活が偏ったり、乏しくなるのが当たり前だからな」
「言われてみれば……」

 バルドルパーティも思い出したように頷いているが、なるほどあのテントの影響かと納得せざるを得ない。
 ……ってことはですよ?

「夕飯がお腹いっぱいに食べられるなら夜中のパンは不要なのでは」
「おまえのパンは別腹だろう」

 まさかのパンがデザート扱いだった。
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