生きるのが下手な僕たちは、それでも命を愛したい。

柚鷹けせら

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第9章 未来のために

265.セーズ(2)

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 出口付近で待機すること約10分。
 猿型の魔物の奇怪な声がだんだん小さくなっていくのを注意深く聞いているとウーガさんから「もう良さそうだよ」と声が掛かった。
 洞穴に身を隠したまま周囲を警戒していたウーガさんが、それでも注意深く姿を晒して外に出る。
 襲撃は、なし。

「おいでー」

 状況に反してのんびりした調子にこっちも力が抜けた。

「そんなだとまた怒られますよ」
「今更だね」

 良い笑顔に僧侶三人苦笑する。

「まず俺から行きますね」
「ええ」

 ウーガさんの手を借りて俺が外に出たら、今度はヒユナさんに手を伸ばす。そうしている内にあちらも終わったらしい魔豹ゲパールが颯爽と隣までやって来た。

「ぐるっ」
「雷神。師匠を乗せて下ろしてあげてくれる?」
「がう」

 任せろと言いたげな鳴き方に頬が緩んだ。
 師匠もこちらに移動してくるのを待ちながら周りを見ると、バルドルさん、エニスさん、クルトさん、ドーガさんが魔石やドロップ品を拾い集めていた。
 大地に伏している20余りの魔物の体はじょじょに黒い灰燼に変わり風に吹き消されるように小さくなっていく真っ最中だけれど、確かに猿型の魔物だと判った。
 長い手足。
 毛深い肢体。
 赤いお尻には長い尾。
 オセアン大陸で見た殺人猿ムルトルグノンほど凶悪な顔はしていないが、手足に標準装備の鋭い爪には、もう動かないと判っていてもゾォッとさせられた。

「これが岩猿ロッサンか……」
「魔石要る?」
「え」
「顕現したいのかと思って」

 クルトさんが3センチ弱の魔石を手の平に乗せて言う。
 さすが最難関の金級オーァルと言うべきか倒した魔物から採り除いた時点で魔石がこの大きさだということに驚く。うちの子たちに比べたら密度は緩すぎるけど、入口からこれだなんて、この先にはどんな魔物が現れるのか……。

「初めて見る魔物だったから観察していただけです。強かったですか?」
「数が多いから厄介なだけで危険はなかったよ。ギルドで購入した情報通りだった」

 良かった、と安堵の笑み。
 と、バルドルさん。

「もう魔物の気配もないしここで昼飯食ってから移動しよう」
「おう」
「はーい」

 朝早くにトゥルヌソルから移動して来たし、ここで食事を取るのは全員が賛成だ。

「えーと、最初の岩壁の反対側に魔力が豊富な川があって水分補給が可能。川の流れと反対側に進む……、水分補給が必要な人いる?」
「いる」
「私も補給したいです」

 ドーガさんとヒユナさん。

「じゃあそっちで飯にしよう。さすがに此処で食べるのはちょっとね」
「それもそうか」

 黒い灰燼になって消えるとは言え、まだ輪郭が残っている。
 あれを視界の端に追いやって、果たして美味しくご飯が食べられるかと言ったら無理だ。周囲への警戒は緩めることなく5分くらい岩壁に沿って歩いていくと、川だろう水の流れる音が聴こえて来た。
「セーズ」は春のダンジョンだそうで、まだ若い緑色と、小さな花があちこちに咲いている。

「見えた、あれが魔力水の流れる川だ」
「……周りにも魔物の気配無し。いいんじゃないか」
「よし。じゃあここで休憩だ」
「おー!」

 思い思いに腰を下ろし、バックパックから弁当を取り出す。もちろん朝一で準備したものだ。
 おにぎり、卵焼き、唐揚げ、ポテトサラダ。
 クルトさんとヒユナさんが手伝ってくれた。
 そのヒユナさんは、ドーガさんと川の水を汲んでいる。
 傍から見ているとお似合いだけど……揶揄うのはやめておこう。

「はぁ……美味しい」
「だねー」

 師匠とウーガさんからの幸せそうな声に、弁当を作ったメンバーとしてとても嬉しくなる。
 幸せな気持ちで空を仰いだら、綺麗な青色が広がっていた。相変わらず太陽のない空だけど青色が濃いのは外の世界で太陽が中天にあるからだろう。
 時計も方位磁石も当てにならず、影の向きや長さで時刻を知る術がないダンジョン。例外は俺がリーデン様からもらった神具『懐中時計』だけど、今のところはまだ出さないよう言われている。でも、30階層に到達した暁にはいよいよ出番かな。
 ちなみに懐中時計だけでなく応援領域クラウーズもなるべく封印。金級オーァルに相応しい実力をきちんと身に付けられるよう甘やかすなとはバルドルさんたちの言だ。

「お昼、足りなかった人いますか? 少しなら余分に用意していますよ」
「あー……あと一つ貰って良いか」
「もちろん。どうぞ」
「私ももう一個、小さめのがあれば欲しいわ」
「これくらいですかね」

 エニスさんと師匠におにぎりを一つずつ渡し、残った分は夕飯に回すことにする。
 それから15分くらい体を休めている間に、俺とヒユナさんは素材採取。もちろん師匠監督のもと水も花も葉っぱも、目につくものは片っ端から、ただし適量だけ。
 今回はマーヘ大陸のあれこれでかなりのお金が入ったので、一人一つずつ素材を持ち帰るための特殊な箱型魔道具を持って来られた。6帖間一部屋分くらいの拡張魔法陣付き収納ボックス。個人の魔力を登録し、しかもギルドでしか中身を開放出来ない仕組みだというアレだ。

「こういう花は、どんな薬になるんでしょうね」
「さぁ……でもさすが金級オーァルダンジョン、どの素材も魔力量が高いから完成品のランクは高くなるだろうな」
「それだけ作るのも大変ってことですね」
「そうそう」

 時間いっぱい採取を続け、足元に積んだ素材を収納ボックスにしまう。

「すげぇ楽しそうに採取してるし、今更だけど、ちゃんと体休められたのか?」

 護衛だというドーガさんの心配に、俺たちは顔を見合わせる。

「私たちは戦っていませんし、それを言うならドーガさんこそ休めていないのでは?」
「風神たちがいるから大丈夫ですよ?」
「がうっ」
「え……いや、護衛してても休めるし」

 そんなわけあるかって思うけど、いまは苦笑するに留めておく。クルトさん達が代わると言ったところで平気だって固辞するんだ。
「さすがイヌ科シアン」と訳知り顔で呟く師匠に、年長組が同意しているけど、バルドルさんの求愛行動も相当ですからね?
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