スイの魔法

白神 怜司

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【Web オリジナル】 地下都市と『紅炎の魔女』

〈リヴァーステイル島〉への旅立ち

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遅くなって申し訳ありません。
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 夜明けから程なく、早起きの民家がようやく夜の眠りから目を覚まして暖を取り始めた頃。ガルソ王都内を歩く四人の男女の姿があった。
 スイとリュカ、そしてユーリとタータニアだ。

「良かったの? 何も言わずに出て来て」

「えぇ。ネルさんの為にもその方が良いでしょうし」

 ユーリの問いかけにスイが苦笑を貼り付けて答えた。



 ――昨夜の出来事。
 例えどんな事情がありノルーシャの希望があったとしても、自分の母とも呼べる存在を目の前で消されてしまったネルティエにとってみれば、今はスイの姿を見るのも苦痛に感じるだろう。ルスティアとは昨夜の内に会話をしたが、ネルティエはあの後、すぐに自室に篭もってしまった。
 それも無理からぬ話だとスイも理解している。その上、近い内に『螺旋の魔女』の死去については発表しなくてはならないだろう。
 ブレイニル帝国との同盟関係を築いたおかげで、『螺旋の魔女』のネームバリューを失ったとしても他国からの侵略を受ける可能性は低い。例えネルティエが傷心していようと発表せざるを得ない。
 そこに自分がいるのもスイにとっては些か気まずいものがある。

 昨夜の段階で、ルスティアには〈フォルタ〉に向かうという旨を伝えてある。

 ――「そうだね。今優先すべきは『紅炎こうえんの魔女』かもしれない。ネルの事は大丈夫。僕の方でも何とか支えてみるよ」

 自分にとっても親しい存在であったノルーシャを失ったが、ルスティアは国の暗部にいたおかげか感情の制御にも問題はなさそうな様子であった。



 ――――そんな二人の姿を思い出しながら、スイは拳を握り締めた。
 迷って立ち止まっていても『魔女』の『狂化』は止まってなどくれない。

 ノルーシャとマリステイスから聞かされた『魔女』の末路は確かにスイにとっても衝撃的な話であった。だからこそ、自分がやらなくてはならないのだとスイは気持ちを奮い立たせる。
 この三年間で成長したのは伸びた背丈だけではない。心もまた大きく成長させるには十分な時間だったと言えるだろう。

 スイは顔をあげると、リュカに向かって振り返った。

「リュカさん、〈フォルタ〉へはどうやって行くのが一番早いんですか?」

「あ、はいです! えっと、〈フォルタ〉があるのは〈リヴァーステイル島〉と呼ばれる島なのですよ。そこに行くには私が使って来た【転移魔法陣】を使えば行けるです」

 リュカもまた昨夜の一件を思い出していたのか表情は硬い。

「それってつまり、【施陣せじん魔法】の一つと考えれば良いのかしら?」

 二人の微妙な空気に気付いたのか、スイとリュカの後方をターアニアと共に歩いていたユーリが、一行の中では最年長者として気を遣って助け舟を出した。

「はいです。
 昔、眠りに就く『紅炎こうえんの魔女』様がノルーシャ様のもとへと繋ぐ為に、『断崖の魔女』様にお願いしたと聞いたです」

 スイのまだ知らない、『断崖の魔女』の正体――アンビー・ニュタル。
 彼女はかつての『魔女』達とも興味本位から接触し、おかげでそれぞれの『魔女』を繋ぐ役割を担ってきた存在だ。マリステイスをモデルにした、対『狂化魔女』用の戦闘兵器として造られた『銀の人形』――アーシャの製作者であり、現在はアーシャと【魔法解除ディスペルマジック】の所有者――ミルテアと共に動いている。
 そんな真実を未だ知らないままであるスイは、アーシャを預かっているというメルメルの言葉を思い出し、今頃アーシャは何をしているのだろうかと思いを馳せる。

「『断崖の魔女』ね……。ほんの数年前までは『魔女』が全員存命だなんて聞いたら自分の耳を疑ったものだけどね。
 ねぇリュカさん。『紅炎こうえんの魔女』様についてお話を伺っても良いかしら?」

「はいですよ!」

 ユーリに言われて嬉しそうに笑みを浮かべたリュカがユーリに歩調を合わせて歩き出した。
 リュカのヒノカ自慢に始まった空間に爪弾きにされる形となったタータニアは、自然とスイに追いつくように歩調を速めて並んだ。

(……ちょっと大人っぽくはなった、のかな……?)

 タータニアが不意に自分の身体に視線を向けて確認する。
 かつてスイと共に行動した三年前に比べて、身体つきは徐々に大人のそれへと変化の兆しを見せている。しかし比較対象がアリルタであった為に、その実感は薄いタータニアである。
 もともと線が細いタータニアは、年頃の女の子にしては比較的に線が細い。それもひとえに鍛錬によるものではあるのだが、アリルタを見ていたのではそれで納得出来るはずもない、というのが本音であった。

 それでも諦めてたまるかと言わんばかりに顔を左右に振ったタータニアが、ちらりとスイの横顔に視線を向けた。

 三年前に比べれば多少は背が伸びたらしい。それでも小柄には見えるのは、方向性は違えど何となく気持ちが分かってしまうタータニアは口にすまいと静かに誓う。
 銀髪は肩にかからない程度にまで伸びたのか、後ろで小さく縛られ、横顔から感じられる雰囲気も見違える程ではないと言える。
 そもそもスイは口数も多くはなく、普段は無表情気味であった。そんなスイの性格故か大人びた劇的な変化というものは見られない。

 しかし、背負った覚悟がある、とでも言うべきだろうか。以前とは違った少しばかりピリッと肌を刺すような雰囲気を僅かに感じ取ったタータニアは、つい昨夜の事を思い出して視線を前に戻した。

(……スイはまた、何かを背負わされた、のかな)

 思わずタータニアの脳裏にそんな考えが過ぎる。
 かつてエヴンシアへと連れて行く事になった際も、ブレイニル帝国によってリブテア大陸へと連れ去られた時も、スイは周囲に巻き込まれている。言うなれば被害者であったのだ。

 そんなスイが、今度は『魔女』の為に行かなくてはならない。
 自分の意志でそれを選んだのか、はたまた巻き込まれた故の行動なのか、タータニアには分かりかねる。

「どうしたの?」

「へ? あ、ううん、何でもないわ……。って、何笑ってるのよ」

 隣りを歩いていたスイに突然声をかけられ、慌てて思考の海から意識を引き上げたタータニアがスイの顔を見て眉を寄せた、くつくつと込み上がった笑いを我慢出来ないかのようにに肩を揺らして笑っているのだ。
 いきなり何事だと問い詰めたい気持ちに駆られるタータニアを見て、スイも自分が失礼だと気付いたのか、笑いを噛み殺しながら口を開いた。

「ご、ごめん。なんか初めて会った頃に比べてずいぶん女性らしくなったなぁって思ったら、急に可笑しくなっちゃって……」

「じょ、女性らしい……? そ、そう、かな……?」

 ボン、と顔が真っ赤に染めあげたタータニアが「女性らしい」と反芻しながら俯いた。どうやら最後の一文はタータニアの耳には届いていなかったらしい。
 加えて、スイが言ったのは口調に対してであるのだが、それはタータニアは知らない方が良いだろう。

 元々、初対面は男勝りの口調であり、一人称は「オレ」。
 そんなタータニアが、エヴンシア崩壊をきっかけに変わりつつあったのだ。ブレイニル帝国の〈帝都ガザントール〉からヴェルディアに戻る際に別れて以来、ようやくそれが板について来た所ではあるのだが、スイは彼女の騎士としての挟持や意地が関係しているとまでは未だ知らないままでいる。

 そんな二人のやり取りを見て、先ほどから「ヒノカ様は偉大なのです!」と息巻いて説明するリュカを横目に見つめていたユーリは小さく笑みを浮かべていた。







 ガルソ大陸を南東に向かって進む一行の道中は平和なものだった。
 最近世間を騒がせている魔獣との遭遇も、この大陸では比較的に少なく感じられると感想を漏らしたユーリへ、スイが声をかけた。

「魔獣の数は島や大陸によって違うんですか?」

「そうね。
 ヴェルディア大陸に寄ってたけど、あそこも今は魔獣問題で手が塞がっているわ。ブレイニル帝国としてもアルドヴァルドには早く仕掛けたい所なのだけど、魔獣対策で兵力が割かれてしまっているわね」

「そんなに多いんですか……」

 ヴェルに残して来た皆はどうしているのだろうか。そんな事を家族の姿を思い浮かべながらスイは心の中で呟いた。
 チェミの死から、飛び出すようにヴェルディア大陸を後にしてしまったのは間違いではない。そのおかげで『魔闘術』を体得しつつ現在に至るのだ。
 しかし、エイトスやシスター三人。それにクリスや他の子供達に、ヴェルディア魔法学園の仲間達。
 もしも学園に残っていれば、きっと今頃は八年生として生活していた。ウェインは十年生になり、ソフィアやクレディアはすでに卒業している年だ。
 もしもあのまま学園に残っていたならどうしていたのだろうか。つい詮無き事に思いを馳せながら、改めて三年の長さを噛み締めた。

 そんなスイの心配を察したのか、ユーリが口を開いた。

「ヴェルディアなら心配いらないわ。魔法学園と騎士団や魔法師団が動いているから、平和は保たれてると言っても良いわね」

「魔法学園が?」

「えぇ。それに、スイ君と同じ孤児の子が生徒会代表に選ばれたって聞いたわね。確かクリスって名前の子だったかしら」

「……クリスが?」

 チェミの死で塞ぎ込んでしまっていた姿が脳裏を過ぎる。
 あれからもう三年。確かにスイが生徒会代表になった四年生にはなっているはずだが、そこまでの魔力の才能があったのかと思わず驚きに目を瞠る。

(……クリス、無茶してなければ良いけど……)

 弟のような存在である、少しばかり気弱だったクリスの姿をつい思い返すスイであった。

「どちらにしても、ブレイニルからも戦力は送られているわ。それとタータニアさんは陛下から伺ってるかしら?
 〈ブレイニル大陸〉――エヴンシア辺りも今の所は安定してるみたいね」

「えぇ、一応は。母とも時折連絡は取っています」

 話の流れが及んだタータニアが淡々と答えると、リュカが僅かに所在なさげに頬を掻いている。その姿に気付いたスイがリュカの顔を覗き込みながら声をかけた。

「どうしたんです?」

「あ……、何でもないです。ただ、皆さん外の世界に詳しいんだなって思ったですよ……」

「外の世界に?」

「はいです。私は〈フォルタ〉から外に出たのは初めてなので、〈リヴァーステイル島〉の状況もよく解らないのですよ。ここの【転移魔法陣】は幸い〈フォルタ〉から繋がった祠の一角にあるのです。外に出る必要はなかったのです。
 だから、そんなに色々な大陸の話が出てきてちょっと驚いたのですよ。てっきり三人は子供の頃から一緒にいる家族なのかと思ったのです」

 確かに〈フォルタ〉ならばそれもあるだろうが、この三人は見事に生まれは違う大陸である。その繋がりに改めて驚かされると同時に、世間知らずな自分を恥じたのだろう。

「気にする事ないわ。これから知っていけば良いだけだもの。
 そういえば〈リヴァーステイル島〉って名前は初耳なのよね。スイ、どの辺りにあるの?」

「僕も聞いた事ないですね……」

 タータニアの問いにスイが答える。

 そもそも、世界地図と呼べるような代物は存在していない。名前が知られている島や大陸はあるが、それもあまりに離れていては知りようがないのだ。

 ――彼らは誰も知らないが、現在では〈リヴァーステイル島〉と呼ばれる島は|存在しない〈・・・・・〉。

 そもそも〈リヴァーステイル島〉は『エイネス』の時代に名付けられた名であり、『エイネス』から『ヘリン』に変わった頃ならば知る者がいない訳ではなかったが、『ヘリン』の最後に起こった〈魔導戦争〉によって、その名は世界から消失されているのだ。

 それを知らないスイらは首を傾げ、リュカもまた先ほど告げた通りに外の事情には明るくない。通じない理由はそこにあるのであった。

「まぁこれから行くのだし、気にする必要はないわ。
 ところでリュカちゃん。『紅炎こうえんの魔女』――ヒノカ様だったかしら。ヒノカ様の様子はどうなのかしら?」

 いつの間にやら「ちゃん」付けになっているユーリであったが、そんなユーリの問いかけにリュカが僅かに俯いた。

「……実は、私もまだよく分かってないのですよ」

 ゆっくりとリュカが説明を始めた――――。



――――



 地下都市〈フォルタ〉は山の中に自然に生まれた巨大な空洞を利用し、築かれた都市だ。
 鉱石を探していた〈フォルタ〉の民の先祖にあたる者達が、空洞の中に酸素と濃厚な魔素がある事に気付き、そのまま住み着いたのが発端であった。

 『大魔導時代』と呼ばれた『エイネス』の時代は魔獣の存在はもちろん、各地に築かれた多くの国々が戦争に加担し、争いの絶えない世界だといえるだろう。
 彼ら〈フォルタ〉の民はそんな外界に辟易とした思いを抱いていた。
 そんな中で見つけたその空間は、煩わしい外界からも離れられ、かつ農耕にも適した森が近く、鍛冶や【魔導具】の研究に専念したい者らが多かった〈フォルタ〉の民の祖先らにとって、その場所の発見は渡りに船であったと言えるだろう。



 そんな〈フォルタ〉の『巫女』であるリュカはその日、朝早くからヒノカの《声》に呼ばれて彼女の眠る社へと向かって駆けていた。

 地下都市の最深部に作られたヒノカの社は、先代の『紅炎こうえんの魔女』から力を受け継いだヒノカが自分を封印する為に築きあげた、白塗りの日本神殿にも似た造りをした社だ。
 絶壁となって深い闇に覆われた空洞の中にポツンと佇んでいる、『巫女』以外の立ち入りが禁じられた空間であった。
 底の見えない闇を、入り口から社に向かって伸びた道幅三メートル程度の道を進んだ先に広がる、半径んして五十メートル程度の切り立った崖の上に社は存在している。

 ヒノカは『銀の人形』であるアーシャと同じように、自分と繋がりのある『巫女』に向かって《声》を届ける事が出来る。
 リュカも毎日ヒノカのもとへと訪れていたが、この日は様子がおかしかった――。

 いつもであればリュカが社に到着して初めて声をかけられるのだが、その日は早朝のまだ早い時間にそれがわざわざ自室に届けられたのである。
 慌てて社へと向かったリュカは、ようやく社を目の前にした瞬間に瞠目した。

 荒々しく、変色した魔力の渦が社を覆うように黒々と舞い上がっていたのだ。

「……ッ! ヒノカ様!」

 慌てて社へと駆け寄ったリュカであったが、しかし次の瞬間。身体が何かに弾かれた。「きゃっ」と短い悲鳴をあげて後方に飛ばされ、尻餅をついたリュカにヒノカが声をかけた。

《リュカ、急いで『螺旋の魔女』――ノルーシャ様のもとへ向かい、『銀』を連れて来てもらえますか?》

「で、でもヒノカ様……ッ! これは……ッ!」

 いつもの穏やかな口調に比べ、僅かに切羽詰まった焦燥感に駆られるような口調でヒノカが告げる。その様子に驚きながらも、リュカは眼前に広がった光景に目を丸くしながらも、放ってはおけないと言わんばかりに声をあげたのだ。

 リュカを落ち着かせる為か、あるいはヒノカ自身が落ち着く為かは解らないが、一拍置いてヒノカが再びリュカへと答える。

《……大丈夫ですよ、リュカ。少しずつ感覚が短くなってはいますが、まだ大事には至っていません。社に結界を張り、急いで向かって下さい。結界の張り方は憶えていますね?》

 この場所に『結界』を張るのは『巫女』の役目だ。先代であるリュカの母から、それはもう耳にタコが出来るぐらい何度も口を酸っぱくして教えられた方法だ。
 リュカは小さな両手を胸の前できゅっと拳を作り、首を縦に振った。

「も、もちろん憶えているですよ!」

《でしたら、すぐに結界を張って出発するのです、リュカ。彼女のいる大陸とこの〈リヴァーステイル島〉を繋いだ【転移魔法陣】も、恐らくセツカ――つまりアナタのお母様が知っているはずです。
 大丈夫です、リュカ。今は一刻も早くここを離れてノルーシャ様のもとへ》

 不測の事態に陥りながらも、リュカは慌てて立ち上がり、封印を施して外へと向かって駆け出したのであった。




――――――




「――それでこの場所へと慌ててやって来たですよ」

「それってまさか、『狂化』……?」

「ノルーシャ様に訊いたら、まだしばらくは大丈夫って言ってたですけど多分『狂化』の予兆だそうなのです。心配なのです……」

 暗い影を表情に落としてリュカが語った内容に、三人はそれぞれに言葉を失った。

 ノルーシャが危惧していた『狂化』の予兆が、ヒノカには起こっているというのだ。このままもしも『狂化』が進行してしまえば、恐らくはヒノカを封じた封印も解けてしまうだろう。
 最悪の場合、『狂化』したヒノカと直接戦闘に発展しかねない状況だと言える。それはあまりにも危険過ぎる。

「急ぎたい所ね。まだ大丈夫だとノルーシャ様が仰ったのなら、そこまで焦る必要はないにしても。早く着くに越した事はないわ」

「そうですね……。ファラに頼んで乗せてもらいますか――」

「――そ、それはちょっと遠慮したい所なのです……! 少なくともあと二月程は余裕があると仰っていたのですよ!」

 すっかりファラの飛行によってトラウマを与えられたリュカに、事情を知らないユーリとタータニアの二人は首を傾げているのであった。





◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 一方、スイら一行のいるガルソ大陸より南に位置する、〈アルドヴァルド大陸〉の王都、アクアリル。湖上に造られた王都の中心にそびえ立った背の高い塔の一室で、一人の女性が笑みを浮かべた。

「……ククハハハッ、なるほど! 何故かような山中に膨大な魔力の反応があるのかと思いきや、引き篭もり共の巣窟があったとはのう」

 年の頃は二十代中盤程度の女性。
 明るく柔らかな茶色に染まったセミロング程度の長さの髪。額には青い宝石のついた銀色のサークレットをつけた女性が愉しげに声をあげた。
 リーネ・ノストラ。現アルドヴァルド王国公爵だ。

「どうなさいますか?」

「決まっておる。これ程の反応を見せておるのじゃ。覚醒が近いのじゃろう」

 女性――ノストラ公爵家、リーネ・ノストラは振り返らずに男に向かって答えた。

「世界を在るべき姿に変える、か。かの『狂王』が掲げた世迷い言は、図らずも我らと通じるやもしれぬのう」

「……ブレイニルの『狂王』、でございますか?」

「うむ。しかしやり方は正反対じゃ。目指す答えが一緒ならば一度相見えてみるのも一興かと思っておったが、もはや叶わぬ願いよの。まったくもって惜しい」

「我々は世界を救済するべく動いております故に。あのような者達とではあまりにもかけ離れているかと……」

 男はリーネの言葉は承服しかねるものがあったのか、控えめながらに反論を口にした。
 リーネに対して服従を示す立場である男が抱いているアリルタのイメージは、《野蛮な下種》といった印象である。崇高な目的を掲げて動いている自分達から見れば、権力に溺れたお山の大将といった所なのだろう。

 そんなアリルタと似ているなど、聞き捨てならないと言いたいのであるが、リーネはあっさりと告げる。

「なに、苛烈な手法を用いるという点では我らと彼奴らとは似ておるよ。
 目指すものが、その先に見据えた世界が違い過ぎるがの。世界が我らの崇高な目的を理解せぬ事など百も承知しておる。その為の七十年じゃったからの。
 どうやら老害共はそれをしたくはないと見えるが、それでは世界が歪む一方じゃ。ならば我らも沈黙を破れば良い」

 愉しげに笑みを深めたリーネが男へと振り返った。

「覚醒を早めろと伝えよ。狙いは赤――『紅炎こうえんの魔女』じゃ」

「……ハッ」

 男の姿を見送ったリーネは愉しげに笑みを浮かべながら、くつくつと込み上がる笑みを噛み殺しきれないまま頬を歪ませた。

「……クッハハハッ! 『ヘリン』を崩壊させて七十年、人にとってはあまりに長過ぎる時間。沈黙を続けるには些か長すぎる時間であったと言えるであろう。だが、ようやくだ。ようやく動き出す時が来たようじゃのう」

 誰もいない部屋の中で、リーネは高らかに続けた。

「世界の理を曲げるなど許さぬぞ、『魔女老害』共めが」
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次話 2/26 22時

ちょっとバタついているので、少し遅くなってしまいます。
申し訳ありません。

お読み下さり有難うございます。
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